神の降臨
お金儲けは順調だった。
僕の媚薬屋はあくまでもカップルや夫婦の夜を盛り上げるために開かれていて、来店していただいたお客様になんの変哲もない水を飲んでもらい、僕がその場で時限式の発情状態にするということで成果を上げていた。
内容が内容なので人伝いには伝わりづらく、しかしそれは確実に口コミとなって世間に広がって、僕のお店は常に客の絶えない人気店へと変わっていった。
「また来ちゃいましたよ、イリーネさん」
常連と化した客は多い。
今日も仕事終わりに夫婦で訪れてきた客が、無料同然で手に入れた水に20000ギールを払いにやってきた。
この店主は僕の奴隷であるイリーネということになっていて、僕はほとんど顔を出さないお手伝いさんだ。
「いつもご贔屓にありがとうございます。では、日時と薬の強さをお決めになってください」
僕のチートは、その場で条件設定をすれば、任意の相手を任意の相手に対して自由に発情させることができ、さらにはその感度まで操作することができる。
この付加効果がとても強烈なのだ。
レベルは四段階で、弱、中、強、悶絶とあり、弱はむしろ感度が控えめになって、悶絶は叫ばずにはいられないほどの感度となる。
ごくまれに、裏メニューとして失神するレベルの感度アップを求めにやってくる客もいて、はっきり言ってしまえば脳や肉体に損傷を与えかねないほどなのだが、そこも本人たちの同意を経てから提供することにしている。
どうせ彼らの楽しみなど、体を無理やり追い込んでからさして美味くもない酒を浴びて相対的な幸福を得ることだけなのだ。
僕なら本物の天国を味あわせてあげることができる。
そう、死ぬほどの快楽をね。
仮にそれで死ぬことになっても、彼らにとっても他にはないチャンスなんだ。
幸せな死に方だろう。
「あの、すみません。私にも媚薬をいただけませんか」
「申し訳ございません。当店はお二人でのご来店がルールとなっておりまして」
「それが……」
客とイリーネがなにやら話している。
どれどれどんな客なんだろう。
と、カウンターを覗きにいこうとするまえに、イリーネが僕のところにやってきた。
「どうしたんだい」
「それがですね、今、若い娘さんが一人でお店にいらっしゃいまして」
「若い娘さん?」
あまりそういう子に手が届かないよう、高い料金と二人限定という制約を設けてるんだけど。
どんな子なんだろう。
「その方が、その……」
言い淀むイリーネ。
最近は懐が豊かになった僕がそれなりの食事を与えているので年相応の美しさになり、困り顔もそこそこ様になっている。
「カナト様との夜を希望されているのですが」
「……は?」
僕は困惑した。
そもそも、僕の存在自体を知っている人がこの町には少ない。
関係を持った女性もまだいないし、どうなっているんだろう。
「おまたせしました」
僕は意を決してその少女と顔を合わせることにした。
するとそこにいたのは、艶やかな黒髪を腰あたりまで伸ばした美少女だった。
とても激しい夜なんて望みそうもない大人しそうな子だが、最近の異世界事情もわからないものだな。
「って君は……!?」
間違いない。
この子は過去二度もサブリミナルな出会いをもたらしたあの少女だ。
「覚えていただけたのですね。嬉しいです」
少女はつつましやかにお辞儀をする。
この大和撫子然とした態度、とても好ましい。
「わたくし、メレクと申します。前世よりカナト様のことをお慕いしておりました」
「……へ?」
う、うん?
待て待て。
どうして彼女がそれを知っている。
名前を知っているのはまあ、どこかから聞いてきたのだとしても。
「あの、今、前世って?」
「はい。わたしは以前、神の系譜におりまして。この度、人の身に収まるべく格落ちして参りました」
ああ、なるほど。
彼女は女神さまの知り合いなわけだ。
それなら僕が異世界に転生したことを知っていてもおかしくない。
ってこれなるほどで済ませていいものなのか!?
でも、僕なら理解してしまえるんだよな。
神だどうだなんて普通の人なら頭がおかしいと思うだろうが、僕は違う。
実際にその存在を知っているんだから。
彼女が元神なら、今までの奇怪な現象も納得できる。
「そういうことでしたか。えっと、こんなところで話すのもなんですから、どうぞ奥までお入りください」
「はい。喜んで」
屈託のない笑みで答えるメレク。
かわいい。
なぜ彼女が僕に惚れたのかはわからないけど。
これだけ可愛ければ関係ないよな。
「概ね事情は把握しました。して、その格落ちとは?」
僕はイリーネをカウンターへ締め出し、メレクと部屋で二人になる。
「そのままの意味です。神から人へ格を落としたのですよ。神のまま人間世界に接触すると、少なからず影響が出てしまいますので」
「ふむふむ。えっと、それで……」
重要なのはここから。
「僕のことが、好きだと?」
「はい。こうしてお顔を眺めているだけでも心がむずむずして気恥ずかしいくらいです」
け、健気だ。
いいぞ。
こういう少女性というかあどけなさがどストライクなんだ。
「それで、その、僕と熱い夜を過ごしたいと?」
イリーネがそう言っていたんだ。
ふふ、そんな大人しそうな顔をしてずいぶんと大胆な。
「あ、それは、えっと、カナト様をお呼び出しする過程で曲解されてしまったというか……」
「え…………あ、あーあ。そうだよね。なるほどね」
くそうなんだイリーネのやつ期待させやがって。
ものすごく恥ずかしいことを聞いてしまったじゃないか。
「ただ僕も、こんなお店をやってるくらいなんだ。どういう人間かは理解してもらえると思うけど」
「はい……存じております……」
そうだろうそうだろう。
素直にYESとは言えないが、心の奥底では望んでいるはずだ。
僕との熱い夜を。
「なら、こんな風になっても文句は言えないよね?」
僕は彼女の、幼いながらも豊かに実った果実を鷲掴みにする。
初対面の女の子。
たとえ好きと公言されていても、本来はできるはずもない所業。
だが、僕にはできる。
このチートがある僕になら。
このまま彼女を、意のままに。
「きゃっ」
メレクはその顔をめいいっぱいに紅潮させ、全身をビクンと震わせた。
それから後のことは、よく覚えていない。
ただ、事実として確認できたのは。
僕はその直後から丸一日寝込んだこと。
メレクがまたどこかへ行ってしまったこと。
そして、ユーガの町の半分が、きれいさっぱり吹き飛んでしまったということだった。