お金儲けと謎の美少女
あれから僕は似たような手口でお金を稼ぎ続けた。
しかし、何度もあんな手間のかかることをやるのは疲れるし、金の貯まりも遅いので、そろそろ商売としてのシステムを完成させる必要がある。
僕は宿で朝食を済ませ、外へ出る。
朝から人の通りはそこそこあり、各家庭で夫を見送った妻たちが井戸端会議なんかもしている。
ときおり、僕の媚薬についてまことしやかに噂が流れているのを耳にするのだ。
こっちも順調みたいだな。
これから僕が向かうのは、商業組合と奴隷屋。
どちらも商売をするのに欠かせない。
商業組合の窓口まではやや距離がある。
相変わらず入り組んだ構造をしているなと思いながら歩いていると、曲がり角で人とぶつかった。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい」
最初にこの町に来た時は絶対にこうなることがわかっていたので気をつけていたのだが、半端に慣れてしまうとこんなものだ。
高い声に軽い衝撃。
小さい女の子かな、と思ったらその通りだった。
「痛っててて」
腰をさすりながら、プリーツスカートを押さえるようにペタン座りしている、黒髪ロングの大人しそうな少女。
まるで日本の女子高生みたいな格好をしているなーなんて思って見ていると、少女は地面に落ちていた食パンを咥えて、「いっけなーい遅刻遅刻☆」なんて言いながら走り去ってしまった。
「なんだあれ」
僕は呆気にとられながら本心をつい口に出す。
「なっ……なんだあれ!?」
直後、僕の脳がギュッと収縮したような妙な頭痛に襲われた。
いや違う、何かが違う。
待て待て。
おかしいだろ。
あれは古事記にも書かれているほど古くから親しまれている、少女漫画の王道出会いパターンを、何かちょっとおかしな方向に捻じ曲げた伝説の「曲がり角食パン効果」じゃないか。
なんで、そんなものがこの世界に?
だいたい、あの制服はこの土地の文化に明らかにそぐわない。
いやたしかにあっちの世界で漫画みたいに描かれている世界にそのまま住んでいるのだからそういう現象が起こっても不思議ではないのだが、あれはどう考えても不自然だろ。
黒髪の美少女。
高校生にしても小柄だったあの人物はいったい……。
すでに姿は見えない。
僕の中にはもやもやだけが残る。
しかし、気にしていたところでどうにかなるわけでもないからな。
あれだけ目立つんならまた会えるかもしれないし、僕は僕の仕事に戻ろう。
それから僕は商業組合に商いをしたい旨を話し、土地の割り振りをしてもらってから露店用の道具を貰った。
この後は奴隷屋だな。
奴隷屋は街案内をしてもらったときに見つけたもので、その名の通り奴隷を金で売っている。
戦闘用に使われる兵士奴隷と、性欲処理のために使われる性奴隷、料理や洗濯をする家事奴隷(巷では嫁奴隷などと呼ばれていることもあるのだとか)に、荷物運びなどをする労働奴隷がいる。
僕が欲しいのは労働力だ。
今までは僕自身が薬屋として売ってきたけど、効果が効果なだけに普段から人に追い回されるような生活になるのはゴメンだからね。
僕は奴隷屋に入ると、店主が手をこねながら迎えてくれた。
奴隷にも奴隷屋にもランクというものがあり、鉄の檻がズラッと並べられている状況を見ると、ここはそこまでお高いお店というわけでもなさそうだ。
内装からしてそれほどキレイな物を扱ってますといった感じでもないし。
「いらっしゃいませお客様。どのような奴隷をお求めでしょうか。よろしければ奥の方を案内させていただきますよ」
店主は上機嫌な様子だ。
やはりというか僕のこの身なりはそこそこに良いものなのだろう。
奥には赤いカーペットが敷かれていて、きっとそこには高級奴隷たちが並べられているはずだ。
しかし、僕の目的はあくまでもただの代理人。
安いのでいい。
「安い奴隷が一人欲しいんだ。言葉が話せるだけでいい。できれば女性がいいな。うさんくさそうな感じの、髪が黒くて長いような人」
僕が首を横に振ってそう言うと、店主は明らかに残念そうな顔をしたが、態度が改めて悪くなるということはなかった。
「ええと、黒髪のお安い女は……こちらになりますね。うさんくさそうという感じが私にはわかりませんので、どうかお客様の目で選んでください」
鉄格子の檻がズラッと並ぶ通路に通され、僕は良さそうな奴隷を見繕う。
奴隷はどれも大事な部分を布で隠しているだけで、ほとんど裸同然の姿だった。
中にはそこそこ顔の整った奴隷も居たのだが、どれも足が利きにくかったり傷が多かったりと安い理由がいくつかあるようだ。
初めて奴隷を間近に見る僕はしばらくその場を歩いて回った。
そして僕は、偶然にもものすごく可愛い黒髪の少女を見つけたのだ。
衣服もしっかりしていて、女子高生味を感じる。
肌には傷があるどころか雪のように白く澄んでいて、小柄なりにも肉付きの良い、しかしそれでいて大人しそうな感じの美少女。
それがなんと、0ギール!
タダ!
無料!
「ってうぁああああああああ!!!!」
僕は思わず尻もちをついた。
彼女は間違いなく、僕が今朝出会った少女だったのだ。
そのまま後ずさりし、僕は、一目散に店主のところへ向かった。
「店主さん! あれ! あれはなんですか!」
僕の必死の形相を見て店主も慌て始める。
「ど、どうかされましたか!?」
「あの向こうの一番端に居る女の子! 0ギールの子はいったいなんですか!」
「はて!? 0ギールですと!? そのような娘は置いてはおりませんが……なにせ金にならぬ者はメシ代を食うだけで邪魔ですからな。表記ミスでしょうか」
店主は走って先程の美少女がいた檻へと向かう。
僕もそれに続いた。
「お、おや……これは……」
店主は不思議そうに顔をかしげて檻を見つめる。
その、空虚を。
「あ、あれ?」
僕は目をゴシゴシして再度檻の中を見た。
しかし、その中には誰も居なかったのだ。
「おかしいですなぁ。この檻にはたしかに奴隷を入れておいたはずなのですが……」
どういうことなんだ。
なぜ誰も居ないんだ。
僕がさっき、いや今朝と合わせて、見たものはなんだったんだ。
もしかして、幽霊か!?
「檻に異常もありませんし、奴隷の紋章は誰も反応していない。うーむ。これは妙ですなぁ」
「あ、あの、すみません。僕の勘違いだったのかな」
僕も店主もしばらくだまりっきりだったが、なんと店主は飯代が浮いたとそれだけで済ませてしまった。
商品を失った以上、損失であることに変わりはないはずなんだけど、そこは奴隷屋のシステムの問題で色々とあるんだろうな。
先程の美少女が気になってしょうがない僕だが、今ここでこだわっても余計に変な人だと思われるだけだ。
ブンブン頭を振って気持ちをリセット。
まずはやらなきゃいけないことを済ませよう。
結局僕は、貞子みたいないかにも胡散臭そうな女性の奴隷を買った。
年齢は30の中ほどだろうか。
特に損傷もなく外見も悪くないが、年齢のせいで買い手がいないらしく、格安奴隷と一緒に置かれていた。
人一人が50000ギールで買えるのだ。
僕としてはバイトに金を払う感覚とはいえ、人身売買はやはりキレイとは言えないな。
彼女は名をイリーネと言うらしい。
ご主人様である側が新しく名前をつけることもできるらしいが、特に興味もないのでイリーネのまま呼ぶことにした。
「あの」
イリーネはやや低めの声で話しかけてきた。
体はガリガリにやせ細り、最低限の衣服を奴隷屋からおまけで付けられただけなので、その身なりは貧相極まりない。
「なぜ私を買ってくださったのでしょうか」
イリーネ曰く、自分はもう処分寸前だったのだとか。
「別に誰でも良かったんだ。僕の代わりに働いてくれればね。さすがに、そんなカッコでお店に居られても困るから、服も買わないといけないけど」
二人分の宿を取り、まずは体をキレイにしてもらって、ご飯を食べてもらった。
普段からパン切れと水しか与えられていなかったらしく、目の前の美味しそうなご飯を見て感動していたイリーネだったが、急にたくさんの栄養は受け付けなかったようで半分で断念していた。
「すみません。せっかくのお食事を」
「いいよ別に。さ、次は服だ。君にピッタリのを買わないと」
僕は服屋でローブを買った。
うさんくさい占い師のような、顔まで影で隠れてしまうようなタイプ。
そしてそれから、水と、グラスと、その他もろもろを購入。
“夜を楽しむ”媚薬屋として、僕の能力を金にするために。
初期投資としてはまずまずだろう。
僕は明日食べる分だけ残れば全財産を使い切ってしまってもいいと考えている。
媚薬と聞くと悪いことに使われるイメージだが、もちろんそれは使い方による。
夜の営みを盛り上げるための一つの道具として使用することも可能なんだ。
これからは夫婦やカップルなど、二人一組の状態で来てもらった男女を対象として、僕は快楽をばらまく。
麻薬売買と似たようなヤクザ営業だが、僕が生き残るためにはこれしかない。
チート以外に能がないからね、僕は。
それくらいの自覚はある。
無論、チートを使って金持ちを一方的に性奴隷にしてしまえば解決する話でもあるのだが、それはそれでその子に対する処理やその周囲への対処が面倒になる。
一番確実で堅実な方法がこれだと僕は考えた。
さて、明日からは荒稼ぎさせてもらうぞ。
この町を追い出されるまでね。