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あぶりだし

作者: 新月 るな

「好き」の一言だけがハガキいっぱいに拙い字で記入された、あぶり出しの年賀状をもらったことがある。差出人は不明。柚子の香りがした。私の名前を知っていて、わざと柚子を使って書いてくれたのだろうか。だってハガキをもらった当時、小学校で習ったあぶり出しに使う果汁は大抵みかんだった。柚子はみかんほど手軽に小学生が扱う果物じゃないと思う。

「柚葉、それ」

雄太と夫婦になって初めて迎える年末年始。年賀状を作成していた時だった。住所録にデータ漏れしているのが何人か散見されていたので過去の年賀ハガキを見たら分かるかなと、整理しているとあぶり出し年賀状が出てきたので眺めていたら雄太が訊いてきた。

「あ、これね。私ね、小学生の時からもらった年賀状は全部とっていて実家から新居にも持ってきちゃった。だって捨てられないんだもん。小学校の時、流行らなかった?あぶり出し」

「流行った、流行った」雄太が同意しながらあぶり出し年賀状を私の手からひらりと奪って眺めている。

「それでね、見てそれ。差出人が書いてないでしょ。わざとなのか、書き忘れたのかわかんないんだけど好きって書いてくれていたんだよ。かわいくない?」

「うん、まあ」

「恥ずかしかったのかな?しかもね、柚子で書いてくれているの。偶然かな?この頃って使う果物って普通、みかんじゃない?家にたまたまあるっていう果物でもないでしょ柚子ってさ。ほら、宛名は私の名前を書いてくれているし知っていて柚子使って書いてくれてたのかなって」

「そうだよ」

「やだ、雄太ったら。そうだよって雄太が書いたみたいじゃないの」

ケラケラ笑いながら、私は雄太の肩を叩いた。

「だって俺だもん書いたの」平然と彼はそういって「懐かしいなあ」なんてあぶり出し年賀状を嬉しそうに眺めている。

「え?え?は?なんで?」冗談なのか本気なのかわからず、間抜けな返事しかできない。

雄太とは地元は近いが、学区も違っていたし一緒の学校生活なんて送ったことはない。確かに地元の共通の友人を介しての飲み会がきっかけではあったが、いわゆる合コンで知り合って付き合い始めた後の結婚で何の冗談かと思う。

「くじら公園って覚えてる?」

雄太は思い出を噛みしめるかのように訊いてくる。

「うん。覚えているよ。私の実家から一番近くて一番大きい、くじらの遊具がある公園でしょ」

「そうそう。俺もよくあの公園で遊んでたんだよ小学生の時。五年生だったかな」

「ああ、他の学区の子とかいたかも結構」

「何回か一緒にドッジボールしたことがある」

「あ!あの時の男子グループ?」

くじら公園は遊具だけじゃなく広場も大きかったので、球技をしている人も多くて野球、サッカー、ドッジボールは毎日、誰かしらやっていた。あの頃、男女交えて遊んでいたのがドッジボール。当時小学五年生だった私達女子五人組は、今思えばとてもマセた子供で、他校のあの男子グループがかっこいいからドッジボールに混ぜてもらおうよ、とかキャーキャー騒いでいた記憶がある。

「柚葉達から混ぜてっていうから、男子みんなは照れながらもぶっきらぼうにじゃあ入れよって入れたことを思い出したよ」

「あったねーそんなこと。その中に雄太がいたんだね」

「そうそう。柚葉は運動音痴なのに逃げるのは早くてさ」

「あはは。よく覚えてるね。運動苦手だからもちろんボールに当たりたくなくて逃げる時はもう必死!死にたくない!って本気で思ってた」

「最初、柚葉を見たときにかわいいって単純に思った。子供ながらにタイプだったんだろうね」

「え、本当?」

そんなことを付き合っていた時に聞いたことがなかったので唖然としながらも顔が熱くなっていく。

「でもさ、小学五年生っていったら好きな子にどんな態度とっていいかわかんねーし、かわいいから付き合おうなんて言葉いえるわけないし、で」

「まあね・・・その年代って複雑だよね」

「その時、あぶり出しを学校で習って、あぶらないと書いてあることが見えないってのがいいじゃん。本人の手元にいくまで誰にも読まれないわけだし」

「そうだね」

「ゆずはって名前だけは当時知っていたんだ。他の女の子達がいつも呼んでたから。柚子で書いてみようって単純にその時思って」

「えー雄太、そんな情熱的だったのね」

「今もじゃない?」

「え?そうかな?」

「それでさ、柚子を家から一番近いスーパーに買いに行ったらないんだよ」

「あー柚子ってみかんより見かけないよね」

「自転車で何件かスーパーまわってようやく柚子見つけて」

「雄太・・・そんなに情熱的だったとは」

「だから今もじゃない?」

「え?そう?」

「本当はもっと書くはずだった」

「え、何を?」

「好きだから付き合ってくれとか、今度は二人で遊んでみたいとか」

「やっぱり情熱的・・」

「でも柚子ってみかんより濃くでるんだよ」

「へぇ!そうなの?」

「そう。試しに書いてあぶってみたら、柚子で書いた文字はみかんよりはっきりとでた」

「理科の実験みたいだね」

「もうそれ見て、恥ずかしくなってきちゃって。俺、何してるんだろうって」

「あはは。かわいいね。思春期の男の子ってかんじでドキドキする」

「恥ずかしすぎていきおいでハガキいっぱいに好きしか書けなかった」

「その方がよっぽど恥ずかしくない?」

「二文字が限界だったんだよ」

「へぇ。でも付き合ってくれ、より情熱的だけど」

「それで恥ずかしすぎるし、でも伝えたいしで、住所は知らなかったからいつものように皆でドッジボールした後のある日、家まで送っていくって勇気出して誘ってみた」

「あ、雪の日に送ってくれた男の子!あれ雄太だったんだね」

「そうそう、あれが俺。今思い出すなんて薄情だね柚葉は・・・」

「え、そうかな」

「それで家がわかったから、元旦に直接ポストに入れにいって」

「恥ずかしくて自分の名前を書かなかったの?」

「うん、まあそんなところ」

「やだー!本当、情熱的じゃない!私、惚れ直した!!」

「え、本当?」

「うん!雄太、大好き」

そういうと雄太が照れながらも、私の頭を撫でて抱きしめてくれた。

「でも、どうして付き合うようになってそれを教えてくれなかったの?」

「え、それは」

「何、恥ずかしかったの?」

「まあ」

「歯切れが悪いけど?」

「ごめん・・・忘れてた・・・」

「は?」

「いやだから忘れてたんだよ」

「何を」

「あぶり出し年賀状を出したこと」

「え、そんな情熱的なことやっといて?」

「うん・・・」

「私のことも忘れてたの!?」

「いや、まあ。飲み会で会ったときに、ああ、見たことあるような、かわいいな、タイプだな、くらいで」

「え、何それ」

「いや、ごめん。年賀状みて、思い出しました・・・」

「どっちが薄情よ!情熱的でも何でもなかったわ」

「ごめん、ごめん、そんな怒らないでよ」

「あー!ときめいて損した!!」

「でもよかったじゃん」

「は?何が?」

「誰がくれたのか、あぶり出しできて」

「・・・それ、うまくまとめたつもりなの?」

言いくるめられたけど、ほんのちょっぴりだけ、こうして偶然にも夫婦として一緒になった縁の糸をあぶり出せた気がした。


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