第1部 第2話 幽閉
「いったい何がどうなってるんだ…」
あの後、彼が混乱の余り抵抗する事を忘れて大人しく捕まった後の話であるが、
教会は複層構造のようで、下へと降りる階段を行くと、複数の地下牢らしき場所があった。
結局、何が何だか分からない内に無理矢理牢屋に閉じ込められてしまった。
「まず…は、状況を整理するしか無いか。」
彼は混乱していても仕方がないと思った。
今は現状を確認するしかやれる事が無いのだ。
「取り敢えず…俺はあの婆さんの言う世界とやらに来たんだろうな。
出来れば元の世界に帰れるか、聞きたかったんだが…
…しっかし、この世界の父っていっても、捕まったら何にも出来ねぇじゃねえか…」
ふつふつと湧いてくる怒りの感情。彼が最も嫌う感情である。
彼にとって怒りとは、優しさの対極に位置する感情の一つであると考えていた。
怒りは何も生まない。
何の価値も無い。
ただ心を平静に保とう。
繰り返す事三度、彼は完全に平静を取り戻した。
「…そもそも、コレは現実なのか?
ひょっとして、全部夢とかじゃ無いのか?」
彼は平静なれど、賢明では無かった。
必死に現実から目を背けようとしていた。
不気味な怪奇現象。
余りに突拍子の無い願い。
突然の幽閉。
どれもこれも彼が経験した事のないモノばかりであり、彼の知らぬ間に、彼の精神を限界まで削り取っていたのだ。
「あああああ!!!
何がどうなっている!此処は何処だ!誰かい無いのか!」
虚しく響く声。反響して彼の耳に届いた音は、その地下室を響き渡るのに十分な音量であった事を知らせる。
そして、誰もこの階層に居ないという事実を、冷たい静寂が突きつけてくる。
カッ!カッ!カッ!
突然耳に入ってきた音は、複数の足音であった。
その硬質な音は、軍靴を叩きつけるような恐ろしげな音であったが、今の彼の孤独な心にとって、他人が感じられる音というのはオシアスのようなものだった。
やがて、足音は牢屋の前で止まった。
鉄格子の向こうには、マントを羽織ったような人間が三名立っていた。
ロウソクの光量は凄まじく、個々の人間の特徴がはっきりと分かった。其々貧相な体付きであったが、髪は長く切り揃えており、マントの下から突き出た二本の足は、日を知らない白さを見せつけていた。
然れど顔立ちは、どれも違っていた。
中央の少し上等そうなマントを羽織った人は女性の様であるが、その左右に立って護衛のような様をしている二人は、男のような険しい顔をしていた。
すると真ん中の女性が一歩前に出て、胸に右で当てて大きく息を吸い込んだ。
「申し訳ありません!
天に仰ぎ見るべき天使様を、この様に扱ってしまい…
直ぐに部屋を準備させます!」
余りに大声で喋るので、驚いて返事もできなかった。
そうしてる間に彼女らは、足早にその場から立ち去ったのであった。
「………え?
俺このまま?」