雪の降る世界
一面には真っ白な景色。辺りは雪が降り積もっていた。
始めてこんな風景を、見た。
ここは、どこなんだろう。
彼に連れられてやってきたのは、雪の積もった公園だった。
生前、都会に住んでいた私にとって、雪はとても珍しい存在だった。
「エイちゃん、そこ座って?」
ふいに天宮さんに声をかけられて、私はビクッとした。そして、指示された場所に座ったのだった。彼は唐突にスケッチブックを取り出した。顔を下に向け、スラスラと何かを描いている。顔を隠す前髪の間から、彼の表情がチラッと覗いている。長い睫毛が綺麗だった。
「…エイちゃん」
彼は顔を上げた。と、同時に私を真っ直ぐととらえた。そして、続けた。
「…この世界は、どう?」
私を真っ直ぐ見つめたまま、彼は私に問うた。私は、まだ答えられない。
「どうって、まだ何も…」
確かに、彼と出会って変わったことがたくさんあったけれど、まだ足りなかった。もっと、もっと変わった世界が見たい。私が生きたかった世界を見たい。そんな欲望が私の中に存在していた。
私の人生は終わってしまったけれど、彼の人生はまだ続いているのだから。彼の願いを叶えるために、私は天宮さんを楽しませなければ。そう思うのだ。
「そっか…まあ、これからゆっくり知っていけばいいよ。この世界のことは」
さっきから、彼の口からこの世界と私がいた世界は別物だというように、彼の口から紡がれる。…ここは、どこ?
いくら思い出そうとしても、こんな景色は私の中には記録されていなかった。見たことのない風景だったし、同時に憧れた。雪の中で、走り回ってみたかった。雪だるまを、作ってみたかった。
幼い頃の私の願いはたくさんあったけれど、どれも叶えられることはなかった。
だけど今になって、あの頃の私がしたかったことが目の前にある。この町に住んでいる人たちをうらやましく思う。私もこの町で過ごしてみたかったな、なんて思ってしまう。それだけ、私は雪の世界に憧れていた。見ることができて嬉しい。彼に感謝した。
「…あの、ここはどこなんですか」
そう尋ねると、彼は「寒いところだよ」と、クスッと笑って言った。
何も降っていなかった空から、白いものが降ってくる。雪が降っていた。
雪はあっという間に彼の肩に積もった。雪の積もることのない自分の肩が、もう私はしんでしまったのだ、ということを表していたかのように思えた。私はとても、かなしくなった。
雪はまだ降っていた。彼は引き続き、絵を描いていた。彼の絵はとても上手く、絵の中に吸い込まれてしまう錯覚に陥った。
すると、突然後ろから声をかけられた。
「シグレ…?」
振り向くと、知らない男の人がいて、彼の名前を呼んでいた。
私は何もわからず、その場に立ち尽くしていた。男の人は私に気づくことは、なかった。
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