彼について
遅くなってしまいましたが!
ゆらゆら、ふわふわ、私は空中を彷徨うように。
「エイちゃん、朝だよ、起きて」
その声で、目が醒めた。もうずっと永い夢をみていたような気分だった。
「…おはようございます、今は何時ですか」
目の前には、知ってる男の人。昨日、知ったばかりの。彼は、天宮シグレさん。
「んー?8時かな?」
はやっ、と言葉が出そうになった。学生なのだろうか。
「学校か、仕事があるんですか」
見た目で考えると、彼は大学生くらいだと思う。背が高く、細くて、整った顔立ちをしている。
「…ちがうよ。僕は学生でもないし、仕事でもないよ。ただちょっと、出掛けようと思っただけ」
そう言った彼の表情は悲しそうで、私は訊いてはいけないことを訊いてしまったような、そんな後悔してしまった気分になった。
「そうですか…。なんか、すいません」
俯きがちにそう謝ってみると、彼はブフォッと吹き出した。
「クッ…、ああごめん。別に謝んないでよ」
そう言いながらも、彼は相変わらず顔を伏せて笑っている。腕で隠された顔の隙間から彼の顔が見える。クックックッ、と笑いをこらえているようだ。
「あの、どこに行くんですか」
仕切り直し、彼に尋ねる。
「ああ、そういえばそんな話だったね。あのね、絵を描きに行こうと思ってね」
彼は絵を描く人だったらしい。趣味、なのだろうか。それと、大事なことを聞いていない。
「えーと、どこに絵を描きに行くんですか」
絵を描く人だなんて珍しいな、と思う。まあ確かに、描きそうな外見をしているような気もする。見た目で決めつけるのは、良くないけど。
「うーんと、公園に散歩がてらちょっとね」
なんと行き先は公園だったらしい。起こしてきたから、海とかそんなところに行くのかと思ってしまった。
そして私は、この状態になってから、外の世界を見ていない。私がいた世界とこの世界は同じものなのか、どうかも全くわからない。信じることもできない。彼の言っていることが本当かさえも、わからない。私はまだ、天宮シグレという人を、信じることができないのだ。
「そうなんですか、じゃあ行きましょう」
この場所に来てしまったからには、彼の願ったことを叶えなくてはならない。彼によって私はここにくるハメになり、1週間を共にしなければならないのだから。叶うことなら、破棄してしまいたいぐらいだが、今更どうにもならないだろう。彼と一緒にいるだけで、私のつまらなかった日常も、変わってくれるといい。変わってもらわないと、私が困るのだ。
そんなことを思いながら、彼と共に家から出た。外には、見たことのない真っ白な風景が、広がっていたのだった。
企画の2日目は、「ロスト」です。こっちもだいぶ久しぶりに書きました。
今のところ「ロスト」の方は、1ヶ月に一回ぐらいのペースでやっていこうと考えています。不定期更新となりますが、気長にお付き合いください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。