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 ぼくたちが入ったのは、従業員が店主しかいない小さな喫茶店だった。カウンター席しかないようであれば成り立ちそうだが、しかし店内にはテーブル席もあった。注文を聞きに来るのも店主であり、品物を運んでくるのももちろん店主である。


 店内には観葉植物がところどころに置いてあり、どこかに設置されてあるだろうスピーカーからはジャズが流れてきている。まさに喫茶店といった感じの非常に好感度のよいところだ。


 コーヒーの香り漂うそんな店内にいる客は、ぼくたちを含め三人だけだ。ぼくたち以外である残り一人の客はぼくたちと同じテーブルに着いていた。テーブルは店長から一番離れているところにあり、一度注文をしてしまえばそのあとに近づかれることはないらしい。つまり人に聞かれたくない話をするのにはうってつけということだ。


 ぼくの横に座っている彼の言葉を思い出しつつ、相席している目の前の女性を改めて観察する。不自然に茶色く染め上げられた長い髪。到底十代には見ることはできない派手な格好。その他諸々を見る限り、明らかにギャルである。もしかしたらぼくの偏見かもしれないが、しかしそれだけは断言できる。


 彼女は彼が作ったサイトを見て、ここに来たと言う。ぼくはそのサイトの存在を知らないが、おそらく彼がこの一ヶ月を掛けて作ったものなのだろう。だから、その全容をぼくはまだ知らない。


 横にいる彼がコーヒーを一口飲んでから、


「きみが『チルチルさん』なんだね」


 と確認をとった。チルチルというのがサイト上で使うハンドルネームだということは、機械に弱いぼくでも容易にわかった。もしそれが本名であれば、彼女の両親は一般人の思考の斜め上をいく人たちなのだろう。


「そうよ。じゃあ、あなたがあのサイトの管理人ね。思ったよりずっと若い……いや、幼いのね。私よりも年下でしょ?」


「僕はチルチルさんが何歳か知らないけど、でもまあ高確率で僕のほうが年下だね。むしろそうじゃなかったら、驚いてひっくり返るよ」


 彼にとっては冗談のつもりなのだろうが、傍から聞いてみればただの暴言にしか聞こえなかった。しかし彼女は眉一つ動かさない。クールな人なのだろうか。


「私は十七よ。高校にも行ってる」


「へえ。見た目より真面目なんだね。でも真面目に通ってるわけじゃないんだよね」


「まあ……、そろそろ出席日数が足りないかも」


 二人の会話は聞いていて、気持ち悪さが感じ取れた。会話は成り立っているようだけれど、相手を意識していない。それは彼女が彼に興味がないからなのだろうが、それでもこれから起こるなにかを気にする素振りくらいは見せるべきなんじゃないだろうか。そして彼も彼で、彼女を意識しているようではあるが、内心ではその先に起こることにしか興味がない。


 そんな二人がどうして世間話をしているのか、ぼくにはわからない。


 しかしぼくはあくまでも見学者という立場なので口を挟むことをしない。見て見ぬ振りをしながら、聞いて聞かぬ振りをする。


「ところでチルチルさんは僕のサイトをどうやって見つけたの? たまたまで見つかるようなサイトじゃないんだよ、あれは。やっぱり確固たる意志があったのかな」


「友達に面白いサイトがあるって聞いたからだったような気もするし、私が『そのこと』で頭がいっぱいになっていたせいだったような気もする」


「どっちもありえるね。それにどっちにしたところでチルチルさんの頭の中は『そのこと』でいっぱいだったんだよ。後者はもちろんのことだし、前者の場合も『そのこと』がなければ探そうとも思わなかったはずだからね」


 二人の会話に三度ほど登場した『そのこと』について気になったが、それは追々わかっていくことだろうと思ったため、今はなにも言わなかった。


「そうか。それならあのサイトは安泰だね」


「警察に見つかれば終わりじゃない。ちなみに私は何人目の依頼者なの?」


「チルチルさんは五人目だよ」


 彼はそう言ってコーヒーを飲んで、一息ついた。コーヒーには心を落ち着かせる作用があるとどこかで聞いたことがあるが、しかし彼がそのために飲んではいないだろう。たとえ依頼者が何人目であろうと、それが一人目だったところで彼が心を揺らすことはない。


 ぼくは彼がやろうとしていることを知っている。人を殺して、自分の価値を上げようという魂胆。彼の中では人を殺すことは罪ではないのだ。どちらかといえば、国民から愛される英雄になるための手段にしかすぎない。


 しかし彼は英雄になりたいわけじゃない。英雄と同等の価値になりたいと思っているのだ。一ヶ月前の話ではまだ、人を殺して自分の価値が上がるのか疑問に思っている節があったのだが、これまでに少なくとも四人は殺している彼にはもうそんな疑問はない。


 進み続けるだけだ。止まるつもりも当然ないだろう。あとは坂を転がる石のように、山に流れる川のように、誰かが、なにかが行く手を阻むまで人を殺し続ける。あるいは人が栄養を摂取するために食事をするように、自分の価値を高めるために殺していくのだろう。


 もうすでに四人は殺されているのは確実だ。彼女が五人目というのなら、その前に依頼をした者が四人いる。一人につき依頼が一人だとして四人。最低でも四人だ。それがどんなことか彼もわからないわけではない。


「五人目……。これから依頼する私が言うのもどうかと思うけど、あなた、異常よ」


「僕はそうは思わないけど? きみと同じで少し道を外した程度だと思ってる。ほんの少し危ない遊びに興味を持っただけだよ」


「その考え方が異常なのよ。普通はそうは思わない」


 異常というのなら、ぼくもまたそうなのかもしれない。彼の話に耳を傾けた時点で、ぼくの異常性は誰の目から見ても明らかだろう。普通なら――普通の思考の持ち主ならあの二人きりの教室を逃げ出したはずだ。


「そう? 僕はこれが普通だから、そうとしか思えないけどなぁ」


「まあいいわ。私だって人のことは言えないんだから。依頼はいつ実行されるの?」


 彼女は目の前に置かれている飲み掛けのアイスティーを、ストローでかき混ぜる。一応ストローはグラスの中に入っているけれど、彼女がそれを使うのはかき混ぜるときだけだ。飲むときはストローをグラスから取り出している。


「そうだね。都合がよければ今日でもいいよ。僕のほうは何も問題はない」


「今日……ね」


 彼女は少し考えているようだ。都合を考えているのかどうかは、ぼくにはわからない。しかし見学者であるぼくの都合はまったくといって考慮されないということだけは理解できた。


「いいわ。今日で構わない。やるなら早い方がいいもの」


「そうだね。こういうのは早い方がいい。変な未練とか残されると困る」


「ところで、あなたの隣にいる子はなんなの?」


 ふいにぼくが話題になって驚いた。ただの置物くらいで思ってくれればよかったのだが、しかしそんなことは不可能だろうということはわかっていた。彼の計画は第三者に聞かれていいものではない。


 ぼくは何も答えなかった。


「ただの見学者……かな? いや、ぼくの助手みたいなものだよ。やっぱり一人よりは二人だからね。心配することはないよ、きみのことは決して口外しないから」


 彼の言葉に少し疑っているのか、彼女はぼくのことを凝視した。人から見られることになれていないぼくからしてみれば、その時間は拷問のようだった。あまりに強いその視線にぼくは応えなかった。目を合わせることもしない。


 しばらく時間が経ってようやく彼女から視線が途切れたのを感じた。彼女が諦めたのか、納得したのかわからないが、とにかくよかった。


「まあいいわ。それじゃあ、家の住所はあとでメールするから」


「わかったよ。チルチルさんはどうするの? ぼくたちと同行する? それとも終わるまでどこかで時間を潰す?」


「すぐ終わる?」


「たぶんね。そう時間は掛からないと思う」


「なら同行する。といっても私の家なんだけど。まあ、家の前で待ってる」


 そう言い残し、彼女は店から出ていった。ぼくと彼はその姿を目で追うこともしなかった。ただただ今まで彼女のいた目の前の席を目に映し続けた。ぼくの目には彼女の派手な姿は跡形もない。思い出すことすら困難に思えた。


 彼の目には彼女の姿はまだ映っているのだろうか。すでに映ってはおらず、その先にあるこれからのことを考えているのだろうか。

 彼のことだ。最初から彼女のことなど何とも思っていないだろうし、見てもいなかったはずだ。


「……ぼくは何も聞かされてないけど大丈夫?」


「大丈夫だよ。きみはあくまで見学者なんだから、何も心配することないよ」


「心配はしてないんだけど。何をするかくらい教えてくれる?」


 助手なんて言われてしまえば、彼女から以前のことを聞かれることもあるだろう。ぼくはそれに答えることはできない。サイトのことも、これまでの依頼者のことも知らない。


 なにより横にいる彼のことを知らないのだ。


 僕の質問に彼に的外れなことを言った。


「人を殺すんだよ。一ヶ月前に言った通りにね」


「それは知ってるよ。ぼくが聞きたいのは殺し方だよ。巻き添えをくらうのだけは嫌だ」


「殺し方――ね。爆殺とか大それたことはしないよ。そんなことしたら目立っちゃうからね。僕がなりたいのは英雄じゃない。どちらかといえば暗殺者なんだ」


「証拠を残したくないってこと?」


「そんな感じ。証拠を残さず、人を殺し続ける。ああ、でも依頼されるんだから殺し屋なのかもしれないね」


 そう言って彼ははにかんだ。その顔は目の前に自分の好物でも置かれた子供のようなあどけない笑顔だった。そのあまりにも無防備すぎる笑顔を見て、誰が最低でも四人は殺している人間だと思えるのだろうか。


 店内には入店時と変わらずジャズが流れ、店長はカウンターでグラスを拭いている。今までの話を聞いていた可能性はないとは言えない。しかし彼が気にしないということは大丈夫なのだ。それにぼくが心配することではない。


 ぼくよりも大きい窓ガラスを通して、すでに暗くなってしまった空を見る。街頭の明かりのためか、あまり綺麗に星を見ることはできなかった。

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