壱
六月一二日。
梅雨に入っているはずなのだが、雨が降る気配がなく、むしろ快晴が続いている今日この頃に嫌気を感じつつも、ぼくは学校へ向かった。
天気予報で梅雨入りをしたと聞いたのはいつのことだったのかも定かではない。こうも雨が降らず快晴が続いていると、あれは天気予報ならではの誤報だったのかもしれない。機械や人間の力では天気を予想するのは不可能なのだ。ぼくや他の人たちはそうやって当たりもしない天気予報に踊らされ続ける一生を送るのだろう。そう考えるとひきこもりというのも悪くはない。
ぼくの通っている中学は県内屈指の進学校――ということはなく、普通の公立中学校だ。以前までは通学区というものが決まっていて、進学する中学校を選択する幅が狭かったのだけれど、今はそれが廃止され、公立でも好きな中学校に行けることになっている。それでぼくが中学校を選ぶということはなかった。
近いのが一番だと思う。
自分の靴箱まで辿り着き、ラブレターでも入ってないかなぁ、と思ってもないことを思いながら扉を開けた。中にはぼくの中履きが入っているだけで、他に変わったものは入っていなかった。
外履きから中履きに履き替え、外履きを靴箱にしまい、教室へ向かった。
教室へ着き、誰かに挨拶をすることもなく自分の席についた。ぼくの席は、窓際の一番後ろという好位置と言われる場所だ。先月行われた席替えのクジで引き当てたのだ。別にぼくはどの席でもよかったから、喜ぶこともなかったし、嬉しいと思うこともなかった。ただ新しい席が決まった、というだけだ。
鞄から教科書や筆記用具を取り出し、機械的に机の中にしまった。そして一時間目の数学に使う教科書とノートを机の中から取り出した。これはぼくの癖みたいなもので、教科書類を一度机にしまわないと気が済まないのだ。鞄の中にある教科書類が一度なくなることで、学校に来たんだ、と気持ちを切り替えるためでもあった。
一時間目の準備ができたぼくは教室を見渡した。誰もいなかった。室内に設置してある時計を確認すると午前七時前をその針は示していた。
今日は少し早く来てしまったようだ。
それにしても不用心な学校である。鍵をかけるということを知らないのだろうか。たしかに犯罪の少ない町ではあるが、それは町規模の話であって学校規模で考えれば、けして少なくないはずだ。
ぼくは再び周りを確認した。どの席にも教科書が詰まっていて、空の机というものが存在していなかった。持ち帰るのが面倒なのが多くで、盗られてもいいと置いて帰っているわけではないはずだ。しかしどうだろう。この際いたずらの一つや二つやってみるのも面白いのかもしれない。
そう思った矢先、一人の女子生徒が教室に入ってきた。時間を確認しても、まだあれから十五分ほどしか経っていない。こんな朝早くから学校に来るなんてモノ好きな人もいたものだ。
女子生徒は自分の机に鞄を置いたあと、ぼくのことをチラリと見た。自分より早く学校に来たモノ好きの顔でも拝もうというつもりなのだろう。そのまま席についてぼくのことを観察するのだろうか。
しかし女子生徒は意外なことに席につくことなく、ぼくに近づいてきた。もしかしたらぼくがいたずらをしようとしていたことを見透かしたのだろうか。だとしたら大した目の持ち主だ。彼女にはぜひ警察官になってもらいたい。そして間違いのない判決が下るようにしてもらいたいものだ。冤罪はみんな嫌いだ。
「おはよう」
女子生徒はぼくに挨拶した。
なんて礼儀正しい子なんだ。
彼女はそのままぼくの隣の席に座った。誰がどこに座ろうと構わないけれど、どうして席についたのだろう。
「……おはよう」
ぼくは少し遅れて挨拶を返した。
「あれ? もしかして私のこと覚えてないの?」
彼女はぼくの心を読んだかのようにそう言った。そしてそれは大正解だった。ぼくが挨拶を返すのが遅れたのは、彼女が誰なのか知らなかったからだ。知らない相手から挨拶されれば誰だって考えるはずだ。もしかしたら知り合いなのか、と。それに彼女によると『知らない』のではなく『覚えていない』とのことだった。
とりあえずぼくは頷いた。
「そっかぁ……。私は覚えてたんだけどな。先月まで席が隣同士だったのに」
「ごめん。記憶力には自信がないんだ」
記憶力には自信があったが、嘘をついた。わざわざ、いつか縁の切れるクラスメイトの顔を憶える必要はない、なんてことを言う必要はない。
「まあほとんど会話とかしなかったもんね。仕方ないといえば仕方ないよ」
彼女は身なりを整えて、まるで面接でも始めようとでも言わんばかりに姿勢も正した。
「私の名前は水面浮輪。よろしく」
どうやら自己紹介のようだった。彼女の言いぶりからすれば、たぶんこれも以前にぼくとやっているのだろう。
ぼくは彼女が差しだした手を握り、よろしく、と言った。握手をしてもぼくが以前にしたそれを思い出すことはなかった。浮輪ちゃんはとても嬉しそうに手を上下に振った。こんな握手をしたのはいつ以来だろう。少なくとも、中学生のぼくが考えるようなことではなかった。
「それで? 浮輪ちゃんはどうしてぼくに話しかけたの?」
ぼくは思ったことをそのまま言った。ぼくと浮輪ちゃんはそれほど仲が良いというわけではないとのことだった。考えてみれば先月の段階でそうだったのだから、席替えをしてからはもっと疎遠になっていたはずだ。たしかに教室内にいたのはぼくだけだったけれど、そんな相手に話しかけることが普通できるのだろうか。
「どうしてって、私たち友達じゃない」
それは初耳だった。初耳だと思いたい。
「もしかしてぼくと浮輪ちゃんは友達だったの?」
「だった、じゃないよ。今も友達じゃん」
ぼくとしては疑問が残っていたけれど、浮輪ちゃんに申し訳ない気がしたためこれ以上言及するのをやめた。ぼくと浮輪ちゃんが友達だからといって誰かに迷惑がかかるわけではない。ぼくとしては全然構わないし、彼女がそれでいいと言うのならそれでいいのだろう。
ぼくが考えていると浮輪ちゃんが、今度は私が質問していい? と訊いてきた。断る理由のないぼくは頷いた。
「いつもこんなに早く学校に来てるの?」
予想通りの質問で、ぼくは少し落ち込んだ。この質問をされるのは仕方のないことなのだけれども、ぼくはその予想を裏切って欲しいという期待感があった。それはやっぱり日常からの小さな脱却がしたかったのもそうだし、やっぱり『彼』の存在の影響だろう。
ぼくの心を抉り返すようなことを平気で言う彼。
「どうやって自分の価値を上げるの?」
ぼくは彼の誘いを受けて、とりあえずその内容を訊くことにした。
すでに空は赤くはなく、試合のために練習をしている運動部の掛け声が響いてきた。おそらくグラウンドを走っているのだろう。たまにグラウンドを見に行くとそんな光景が見られた。野球部もサッカー部も掛け声は同じなので、今どの部活が走っているのかは教室にいるぼくが知る術はなかった。
「人が人を殺すとどうなると思う?」
彼はぼくの質問に答える気があるのかないのかそう問い返してきた。今日初めて会った彼のことだけれど、きっと回りくどい言い方をしているのだろう。彼はきっとそういう話し方なのだ。
ぼくは彼の問いに、警察に捕まる、と答えた。
「そうだね。警察に捕まっちゃうよね」
当たり前の答えを言ったつもりだったので、当然彼から否定されることはなかった。
「じゃあ、人を二人殺すとどうなる?」
「警察に捕まる」
彼の素っ気ない問いに、ぼくも同様に素っ気なく答えた。
その後も彼の問いは続き、最終的には殺される人数は二十人まで増えた。ぼくはそれに対して全て『警察に捕まる』と事務的に答えた。
「結局なにが言いたいの? ぼくにはきみがなにを言いたいのかがわからないよ」
「そんなことはないよ。きみはわかってるはずだよ。僕からすればきみがどうしてそんなこと言うのかがわからないよ」
それこそ過大評価だ、とぼくは口には出さずに胸の内で留めた。ここでそんなことを言っても堂々巡りをするだけでなんの意味もない。
ぼくにとって彼は初対面の相手だけれど、彼の口振りからすると向こうはぼくのことをなんらかのカタチで知っているようだ。その『なんらかのカタチ』というのが、とても気になるところだ。友人の多い方ではないぼくだから、その線で知られるというのは奇跡的に近いためありえないと言い切れる。ならば普段から尾行でもされていたのだろうか。
「つまりだよ、僕が思うに、人を殺すことによって自分の価値が上がるんじゃないかな」
「……どうして?」
「だって僕が人を一人殺しても僕が罪を背負えばいいだけだよね? 二人殺したとしても僕が罪を背負う」
「何人殺したとしても、きみが罪を背負うのは当たり前だよ」
どんなに善良な人間も一度でも罪を犯せば、例外なく罪を背負わなければならない。ということをどこかで聞いたことがある。それがテレビ番組だったのか、それとも授業だったのかはわからない。でもたしかにそれを聞いたことがあった。ただぼくは『例外なく』という言葉がひっかかるけれど、世間でそう言われているのならそうなのだろう。ぼくがこの言葉を否定したところで、世間での評価が変わるわけではない。
「そういうことだよ」
「どういうこと?」
「今の法律では犯人だけが罪を負えばいいんだ。そうだね……、三人くらい殺せば死刑になるかな」
「ああ、そういうこと」
「お、わかってくれた」
つまり彼はこう言いたいのだ。
何人殺したところで、死刑になるのは一人。
それはその一人の命で、何人もの命と同等になるということだ。
三人殺せば、三人分の価値。
五人殺せば、五人分の価値。
十人殺せば、十人分の価値。
そういう風になるというのが彼の言いたいこと。彼はおそらく、いや確実に人を殺そうとしているのだろう。そして自分の命の価値を上げていくという算段だ。
でもどう考えても――。
「馬鹿げてるよ。子供でも考え付かないよ、こんなこと」
「でも僕は子供だ。むしろ子供だから考え付いたんだね。ほら、僕たちの年頃はなんていうか夢見がちだろ? 魔法が使えるかも、とか。もしかしたら宇宙人に会えるかも、とか馬鹿げたことを考える。それと同じ」
「でも実行するなんてことはしない。というかできないよね。あまりにも現実からかけ離れてる」
「僕のはそうでもないだろ? だって人なんてその辺にわんさかいるんだから、殺すのに困りはしない」
「殺される側は困るよ」
「死人に口なし」
彼は、人は殺されて当たり前と言わんばかりにそう言った。死んだ人間は語ることなどできない。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、どんなに悔しくても、死んでしまえばなにも語ることなどできない。
ぼくは溜息を吐いた。
「そんな人殺しをする計画を聞いて、ぼくが誘いに乗ると思うの?」
「思わない」
彼は即答して、肩を竦めた。
ぼくは彼のことがわからなくなってきた。
……いや、初対面なんだけれど。
「きみは誘いには乗らない。けど、興味を持つだろうね。そして忘れることがない。それは多分きみも以前に考えたことがあるからだ。同じことを、ね」
「あるかもしれない」
「ほらね」
でも、とぼくは少し強めに言った。
「ないかもしれない。ぼくは自分の考えをいちいち覚えているような人間じゃないし、そもそも記憶力のいい人間でもない。だからきみの言うことが正しいのかもしれないし、正しくないのかもしれない」
「どっちでもあって、どっちでもない。そういうこと?」
「うん。だけど、たしかに興味はある。面白そうだとも思う」
「それじゃあ――」
「一回見学をしたい。それから決めるよ」
ぼくは彼の言葉を遮ってそう言ったのだった。
もう一カ月前のことだ。今思うとその日は席替えのあった日で、それは目の前にいる浮輪ちゃんとの縁が切れかかった原因の日だった。席替えのあった日にぼくは彼と出会ったのだった。
名前も知らない。連絡先も知らない。音沙汰もない。彼から誘ってきたわりには、彼は彼自身の情報をなに一つ教えてはくれなかった。ぼくが訊かなかったせいだとも言えるけど。
そういえば彼はこの学校の生徒なのだろうか。けして大きくはないこの中学校で一カ月もの間見ることがなかったというのは、なかなか気になるところだ。ぼくが注意深く見ていないというのもあるけれど、それでも視界に入れば気付くと思う。
彼はなんていうか普通の人とは違うから。
「そうだよ。一番に教室にいたいからね。ぼくは何事も一番が好きなんだ」
ぼくはそう答えたけれど、浮輪ちゃんは「嘘だね」と一蹴した。
「なんでそうやって嘘をつけるの? もしかして将来の夢は詐欺師だったりする?」
「そんなことないよ。ぼくの夢は夢を見つけることなんだ」
「それも嘘。もう、嘘ばっかり! 私、嘘って大嫌いなの!」
ぼくが嘘ばかり言ったせいか、浮輪ちゃんの機嫌があまりよくない方向へ傾いているようだ。これ以上会話を続けていても、ぼくの口からは斜面を滑る水のように嘘が流れ出るだろう。そしてその度に浮輪ちゃんは機嫌を損ねていく。素晴らしいくらいの悪循環だ。
「わかったよ……。だったらこうしよう。ぼくが浮輪ちゃんの質問に答えるから嘘が出る。ならその反対、ぼくが浮輪ちゃんに質問をして、浮輪ちゃんがそれに答える。これならぼくから嘘が出ることはないよね」
ぼくはそう浮輪ちゃんに提案した。もちろんこの提案すら嘘であり、質問する側の前提である相手への興味がぼくには欠落している。いかなる答えが返ってこようと、ぼくにはそれがどうでもいいのである。
ただ問題なのは、浮輪ちゃんが異様なまでに嘘を見抜けることである。どこでそんな技術を習得したのか、ぼくには全く見当がつかないが、浮輪ちゃんはその技術を思う存分に発揮してくることは間違いない。たぶん相手が初対面であろうと、嘘を見抜き、どうして嘘をつくのか問い質すのだ。
そう考えるとなんだか少し浮輪ちゃんに対して興味が湧いてきた。浮輪ちゃんというよりは、彼女の持つその技術に対して興味がある。その技術が彼女の価値を上げる要因の一つだ。ならばその技術をぼくが会得すれば、ぼくの価値は上がるのだろうか? 彼があれほど気にしている人間の価値というものに影響を与えるものなら、ぜひとも手に入れてみたい。
浮輪ちゃんは顎に手を添え、可愛らしくぼくの提案のことで首を傾げていた。嘘だと見抜かないのだろうか? それともぼくの中で芽生えてきた興味が、ぼくの提案に真実性を与えたのだろうか? どちらにしても浮輪ちゃんのさじ加減次第である。ぼくが考えてもしょうがない。
よし、それでいこう、と手をポンと叩いて浮輪ちゃんはぼくの提案に乗った。
「なんでもかかってこい」
「それじゃあ、最初の質問。浮輪ちゃんの家族構成は?」
「おっと、そんなところに興味があるんだ。お母さんとお父さん、それに妹が二人の五人家族だよ」
別にどうでもよかった。
「次は……、浮輪ちゃんには大切な人いる? 好きな人でもいいけれど」
うひゃあ、と浮輪ちゃんは顔を赤くした。その赤色は一か月前に見た夕焼け空に似ていた。
「ドストレートっすね……。大切な人はやっぱり家族じゃないかな。喧嘩とかもするけど、楽しいこともあるし、一緒にいて安らぐこともあるし。それにどこを探しても、同じ家族はいないからね。かけがえのないもの、なのかな」
「好きな人は? それも家族?」
「いや、あの、それは、ちょっと、言いづらいよぉ……」
そう言われては仕方ない。無理に訊こうとは思っていない。そもそもどうでもいい。ただ浮輪ちゃんは青春しているんだな、と思った。
「じゃあ、次。浮輪ちゃんはどうしてぼくの嘘を見抜けるの? それは誰に対しても? それともぼくだけ?」
「えっと……、それは企業秘密なんだけど」
浮輪ちゃんの顔は赤くなくなっていた。一瞬、というわけではないけれど、しかしそれとほとんど変わらない速さだった。
「それじゃあ、好きな人を言うか、企業秘密を漏洩させるか二つに一つだとしたら、どっち?」
うわっ! と浮輪ちゃんは驚きながら、まるでそこに鬼がいるかのようにぼくの姿を見た。ぼくと違って感情表現が豊かだ。いや、これが普通なのかもしれない。
開けた窓から、賑やかな声が聞こえてくる。登校してくる生徒たちの声だ。笑い声やバカみたいに大きな声が聞こえてくる。
ぼくは腕時計で時間を確認した。教室に備え付けられている時計でもよかったのだが、驚いた表情をしている浮輪ちゃんを見逃したくなかったのだ。時計の針は、七時半を回ったところだった。
「浮輪ちゃん。どっちか答えるのが遅くなると教室に誰か来ちゃうよ?」
ぼくは浮輪ちゃんに追い打ちをかけた。
浮輪ちゃんは頭を抱え、唸っていた。花も恥じらう女子中学生の頭を抱えさせ、加えて唸らせてしまった。浮輪ちゃんはもの凄く悩んでいるようで、今にでも壁に頭を打ちつけに行きそうな勢いだった。
見ていて面白かったし、止める理由もない。むしろ悪化させたいと思うばかりだ。浮輪ちゃんの感情表現はいったいどこまでいくのだろうと、観察したくなった。
わかった、と浮輪ちゃんは呟いた。
「わかったの? なにが? 宇宙の答えが?」
「違うよ! 私が言うべきこと! ……まずどこから話すべきなのかなぁ」
「どっちか答えるだけなんだけど」
そこなのよ、と浮輪ちゃんは指摘した。どこ? とぼくは首を傾げた。
「好きな人と企業秘密のこと。どっちか選べって言ったでしょう。でも選べないの」
「選べないの?」
「うん……。選択肢が一つしかないの。好きな人を話すしかないんだよ。企業秘密、なんて言ったけど別に隠すこともないし、そうじゃないなぁ……隠せないことなのかな」
「浮輪ちゃんがなにを言いたいのかまったくわからないんだけど、これはぼくのせいなのかな」
違うよ、と浮輪ちゃんは首を横に振った。そして謝った。
「ごめん。私、嘘なんて見抜けないの。だから――ごめん」
「はあ……」
なにを言っているんだろう。ぼくの嘘を見抜いたのに見抜いてない? 見抜こうとして見抜いたわけじゃなく、見抜こうとも思わずに見抜いたってこと? それはそれで凄いような気がした。いや凄いと思う。
「勘だったの。きみってなんていうかすぐ嘘を言いそうだったし、というより嘘をつきながら生きてる感じ?」
「それでなんで謝ってるの? 嘘でも企業秘密をでっちあげればよかったのに」
ぼくの問いに浮輪ちゃんは納得のいく答えを返した。ぼくはそれを聞いて、なるほど、それじゃあしょうがない、と思った。誰もがぼくのようなわけではないのだ。ぼくと同じ性質を持った人間はきっと彼だけだけれど、それでも似たような人間は五万といる。たとえば、ぼくの前の席の名前の知らないクラスメイト。彼だってそう。ぼくと同じことをしたはずだ。それが他人を守るためであろうと、自分を守るためだろうと、それを口に出したという事実は同じだ。
だけどきっと浮輪ちゃんだけは違う。
たぶん世界を探しても、浮輪ちゃんほど純粋な子はいないんじゃないだろうか。純粋という言葉を使ってしまったが、浮輪ちゃんがはたしてその言葉に見合う人間なのかどうか友達紛いのぼくにはわからない。けれど浮輪ちゃんはそっち側だろう。ぼくとは違う。他の人とも違う。でも浮輪ちゃんに似ている人はいる。必ず。どこかに。
嘘は吐かれるのも、吐くのも嫌いだから――。
浮輪ちゃんはぼくとは正反対なんだろう。




