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後悔の闇


 僕はノルマを達成すべく、昼夜を問わず人を殺した。

 最初の内は昼間の雑踏に慣れず、酷い頭痛に悩まされたりもした。けれど、そんなことを言っていてはいつまで経っても終わらない。


 それに、僕は……闇に囚われるのが怖かったのかもしれない。闇は死神となった僕にとって落ち着く場所ではある。

 だがあの凍えるような冷えを思い出すたび、僕の全身に悪寒が走るのだ。あのままノルマを達成出来ずにいたら、きっとあの極寒を体感しながら永遠に闇に葬られるんだ、意識を伴ったまま。



 僕は一日十七人というノルマを欠かさずに行ってきた。何度も聞いた悲鳴、断末魔の絶叫。絶望し恐怖に歪んだ顔。見慣れた死に顔……。

 僕はいつからこんなにも残忍な性格になったのだろうか。生きていた時には考えられないほど、僕の心は悪に染まり、蝕まれ、挙句食い尽くされている。


 ……いや、人間誰しもが内包する心の闇が肥大し膨張しただけなのかもしれない。

 いつからか思っていたことだ。世の中腐ってる。真面目な人間が馬鹿を見る。人を殺した人間が、たかが数年の服役で再び太陽の下へ当たり前のように出てくる。

 犯罪は減らない。戦争も紛争も差別も……。


 僕はこう思うんだ。人が人である限り、決して悪は無くならないんだと。戦争も差別も、犯罪も。

 それは誰もが心に巣食わせている、負の感情が励起することによって引き起こされるものだ。

 完全なる善、光に愛された正義は、この世には存在しない。

 それを装うこと、正しく読んで字の如く、偽善だ。似非の正義が蔓延する世の中など、消えて無くなればいいとずっと思っていた。


 僕が今まで殺してきた人間は、その殆どが罪人だ。収監されている人間、一方的な暴力を振るう人間……。ニュースで見たことのある殺人犯で、運命の寿命が近い者はみんな迷わず殺した。

 運命の寿命が近い善者(に見える者)もノルマのために殺してきたが……基本は罪人というスタンスに則る。



 そうして四百九十九人殺してきた僕が、最終日。最後に闇から抜け出てきた場所……それは、僕自身が通っていた大学だった。

 今まで、まるで避けているかのようにエリアを外していた亀裂は、最後、よりにもよって通い慣れた学び舎を選択したのには何か意味があるのだろうか……。


 僕は見慣れたキャンパスを見渡した。丁寧に刈り込まれた芝生を切り出すかのように舗装された道。植木や花壇が目に優しい緑溢れる色彩の庭。

 茶色いレンガ調の校舎は四階建てで、見える景色は白黒でも、当時通っていた頃の色が、今でも鮮明に思い描ける。

 懐かしさを胸に僕は校舎へと続く道を歩く。すれ違ったり、所々にいる学生たちの顔には、見知った者もちらほらと……。

 ――――えっ!?

 すると広い大学の校庭を見渡す僕の眼窩が、設置されたベンチに座る、もう触れることすら叶わなくなった彼女……美月の姿を捉えた。

 僕は楽しそうな雰囲気を醸し出す美月へ近づいていく。嬉しさと死んでしまった申し訳なさから、足が震えているのが自分でも分かる。


 しかし喜びを感じたのも束の間。美月の隣に腰掛ける男を見た瞬間、僕は激しい嫉妬心に駆られた。


 ……あいつはたしか……美月に何度も交際を迫っていた男だ。学部は……そう、記憶違いでなければ法学部だった気がする。

 しつこく言い寄られている現場を、友達から見た事があると聞いたことがあった。美月は断ったと言っていたが……。

 まだ諦めていなかったのか。


 僕は二人のすぐ傍まで近寄ると、会話に耳を傾ける。盗み聞きみたいで後ろめたい気もするが……。

 そんな僕の思いも余所に、二人から聞こえた会話はまるで期待を裏切るものだった。


『今度どこ行く?』

『楽しければどこでも』


 二人の笑い声が僕の耳に木霊する。

 僕に向けていた時のような優しい笑顔……声。それが今は違う男に向けられている。

 最期、泣いていた声は、今も僕の耳に残ってる。悲しんでくれたんだと、僕はとても嬉しかった……なのに!



 聞こえてくる会話は、まるで好き合い付き合う恋人のようで……。



 僕の心に醜い嫉妬、憎悪、敵意と殺意など、ありとあらゆる負の感情が芽生え根を下ろす。

 自然と目の奥が熱くなり、二人のアストラル体と砂時計を映し出した。

 二人は話に夢中で僕の存在に気づかない。僕は砂時計を確認し、それぞれの運命の寿命を読み解く。男はまだ駄目なようだった。砂は半分以上も残っており、掟に逆らうことになる。

 そうして美月へ視線を移したその時、ちょうど美月のアストラル体と目が合った。驚愕の表情を浮かべる美月に気づいた男のアストラル体もまた、愕然とし驚愕の表情を浮かべる。

 僕は口から冷気を吐き出し、美月の胸元の砂時計を二つ見比べた。


 ……美月は……殺せるようだ。

 実際の砂時計にすると残り十秒もないだろう。放っておいてもその内事故か何かでこの世を去る。

 …………なら、いっそ僕の手で殺してしまうのもありかもしれない……。



 僕の心は……人の幸せを願えないほどに黒ずみ、壊れてしまったようで――――。



 愛した女性を傷つけ壊す。その事に罪悪感など、今の僕には微塵も感じられない。

 幸せを、その笑顔を。僕は今から奪うんだ……。

 そのことが嬉しい。死神としてのノルマ……これで達成される……。そう、最後は君だよ…………美月!


 僕は冷視で見つめた美月に向かって、鎌を大きく振り上げた。そしてそれを思いきり振り下ろす。すると――――。

 僅かな一瞬、男のアストラル体は美月を庇う様に覆い被さり、死神の鎌は二人を一気に切り裂いた。

 二人の断末魔の叫びが入り混じり、僕の耳に木霊する。


 ……不快だ……。まるで不協和音のような音……。聞くに堪えない声。


 僕は刹那はっとした。……寿命の近くない者を殺してしまった……。

 鎌の柄をとる僕の手が震える。……僕はこれからどうなる? 掟を破ったことになるのか? だが、五百人は達成できたんだ。クリアしたんだ。大丈夫だと思う……のだが。


 僕は窒息死したような、もがき苦しんだ二人の遺体を見た。すると周りにいた人間も異変に気づいたようで、死体を見た一人が悲鳴を上げると、まるで呼応する遠吠えのように、キャンパスは恐怖を孕んだ阿鼻叫喚の渦と化す。


 自分は何も悪くない。ノルマのためにやったんだ。

 僕は二人を見下ろしながらゆっくりと目を閉じた――――。



 再び目を開け気づいた時、僕は闇の中にいた。

 そこには、初めて来た時と同様、死神の頭蓋骨だけが仮面のように黒い空間に浮いている。

 僕はその何もない眼孔を真っ直ぐに見返し、それの言葉を待った。


『やっちまったな』


 聞こえた声は残念そうな嘆息だった。

 何がだ……? 僕はノルマを達成したはずだ。だから本当の死へ――――。


『お前、掟の四番まで破っちまったのか』


 掟の……四番? ……確か聞き取れなかった部分だ。


『四つ、“愛した者を決して殺してはならない”』


 ……愛した、者……?

 ちょっと待て! そんなことを今更言われても知らない!! ちゃんと五百人殺したじゃないか……僕を……解放してくれ――――。


『残念だなあ。お前は掟を破った。またノルマを一からやり直した後、その後然るべき場所へと送られる』


 然るべき……? ノルマを一から……? 冗談じゃない! また一ヶ月以内に五百人も殺さなくてはいけないのか!? あの声はもう聞きたくないんだ、どうにかしてくれ……。


『今回は倍数の千だ……まあ精々頑張りな』


 ……千、人。


『掟は一日に最低一人の制限以外は今まで通りだ。一日必ず殺さなくてよくなったからって、また破るなよ? 破ったら五百ずつ増えていくからな。ああ、それと、お前が闇から解放されることは……もうない。諦めるんだな』


 ……開放されることはない。髑髏の言葉は僕を絶望させた。言葉を失った僕を嘲笑うかのように、髑髏は歯を打ち鳴らしながら闇へと消えていく。

 これは夢ではない。僕は鎌を携えている。黒衣を纏い、闇の一点を見つめている。


 胸の奥から込み上げてくるのは絶望への悲しみと後悔。

 なぜ僕はあの時勢いのままに美月を殺してしまったんだろう……。他に人間は沢山いたのに。

 醜い感情のまま、冷静さを欠き、熱の衝動に駆られ殺してしまった結果がこれだ……。悔やんでも悔やみきれない。


 僕は声をあげて泣いた。流れるはずもない涙が頬を伝う感覚がある。

 激しい慟哭が寂寞とした闇の中、どこまでもどこまでも響いていく――――。



『心に色があるのなら…………僕の心は黒いだろう。限りなく黒に近く、闇色を纏った黒』



 然るべき場所がどこなのかは分からない。きっとここみたいに何もない、何も聞こえない空間だろう。

 もう、死という名の安寧は訪れない。訪れなくなってしまった……。


 だが僕は殺さなければならない。ノルマの先に、今よりもマシな安らぎがあると信じ――――狂気に彩られた鎌を振るって…………。



『死神の懺悔』をお読みいただき、ありがとうございました!

今作は後悔がテーマになっているお話です。相変わらず下手でチープで拙い文ですが……。

この作品は題名だけが最初思い浮かび、そして死神は人を殺めて後悔はないんだろうか? という疑問が発生し、勢いで書いたものでして……。

あまり深く考えず、閃きのままに書きました。結果、これです。

残念な感は否めませんが……やりきったつもり……です?


こんな拙作を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!

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