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暗闇の中で


 数分だろうか。いや、或いは数秒かも知れないし数年かも分からない。

 微睡む意識の中、僕は夢を見ていた。

 暗闇に浮かぶ白い顔。顔と言っても皮膚はなく肉もなく、それは病室のベッドの上で見たような髑髏(されこうべ)だった。

 カタカタと顎を打ち鳴らし、硬質な音を空間――――かどうかは分からないが――――闇の中に響かせながらそいつは言った。


『ノルマは五百だ。まあ頑張りな』


 見た目からは想像が付かないほど人間味を帯びた口調。意識が途切れる前に、最後に聞いた声と同じ音声だった。重低音の楽器のような声。まるで小さなホール内でその演奏を聞いているかのように頭に響く音。

 ……ノルマ?

 僕は何を言われているのか分からなかった。そして混乱する僕を余所に、頭だけを闇に浮かべた白骨は何やら説明をし出す。


『一つ、運命(さだめ)の寿命が近くない者は決して殺してはならない。二つ、最後の死者としか口を利いてはならない。三つ、一日に最低一人は殺さなければならない……』


 殺す? ――――物騒な話だ……一体何の説明だろうか。僕は息を引き取って、そして死んで……。無に帰ったのではないのか?

 もしくは死んだ後、天国や地獄に行くのではないのか? もしかすると、ここが天国あるいは地獄なのだろうか?

 頭の中をぐるぐると巡るのは、妙にリアリティのある夢への疑問と、目の前の髑髏の発する言葉への猜疑心だけ。

 尚も目の前の骸骨頭は説明を続けているが、僕の頭はそれを拒むように思考回路を断とうとする。が、脳内に直接響くようなその声に、僕の頭は否応なしに反応を示す。


『五つ、砂時計を逆さにしてはならない……』


 砂時計? 一体何のことだろう――――いや、そんなことより四つ目を聞き逃している。念のために聞いておいた方がいいのか、そう思えたのはいいものの口が開かない、声を発することが出来ない。


『そして六つ、ノルマは一月以内にクリアし次に回さなければならない』


 ……ノルマ……五百と言う数字はさっき聞いた。それに今の説明で殺す、死者と言う単語が出てきたな。これは一体――――。

 何故夢の中でまでも頭を使わなければならないのか。僕は死んだんだ。いい加減安らかに眠りたい。そう願う僕の心の声も、髑髏の声に簡単にかき消されてしまった。


『これらの掟を破る者、永久(とこしえ)の闇に囚われん』


 最後に光を失った眼窩を僕に向けた骸骨は、一瞬笑うように口元を歪めた――――気がした。そして歯を鳴らしながら黒闇に包まれるようにして、その姿を完全に消す。

 それと同時に、僕の意識は上から摘み上げられるかのようにして持ち上がり、僕は目を覚ました。

 が、覚醒したはずの僕の脳が認識した眼から受け取った風景は、先ほどの夢と同様、暗黒色をしている。カラーなんて何もない。モノクロだったならまだしも、完全なる闇。混沌だった。


 夢から覚めたのか、まだ夢の中なのか。その境界は曖昧なままだ。

 それにしてもギリシャ神話のカオスは、こういった場所に住んでいるのであろう。耳が痛くなりそうなほどの静寂に包まれたここは、まさに“らしい”場所と言える。

 普通の暗闇なら目が慣れるといったこともあるが、どういうわけか一向に目が慣れる気配すらない。時間の感覚と言うものは生きていた時に、なんとなくだが漠然と感じられたものだ。それは生の実感と言ってもいい。しかしこの場所――――どこだかは知らないが、時を肌で感じる感覚すら起こらない。


 呆然とどことも知れぬ空間のただ一点を見つめ、思慮を巡らす僕の右手に、突然何かを握り締めている感触が生まれたことに気付く。

 それは直径五センチ程の棒のような物で、手を上下にスライドさせると、その長さが意外に長いことが分かった。そして更に、僕が何かを纏っているであろう事を認識させる衣擦れの音――――。

 僕は空いている左手で、自分の身体に触れてみた。

 ――――ッ!?――――

 いつものように触れ、でもいつもとは違う感触が手から伝わってくると、僕は愕然とし思考が止まる。

 肉が、ない。普通に触れるとそこにあるはずの、肌が、皮膚がないのだ。視認しようにもこんな暗闇では自分の身体すら確認できない。

 僕は左手で至る所に触れてみた。腕、脚、腰、胸。その過程の中で分かった事が一つ、僕が着ているのはどうやらローブのようだ。長く大きな一枚布を、まるで民族衣装であるポンチョのように上から被っているらしい。頭にはパーカーのような感触もある。

 そうして確かめようと僕が頭に手を伸ばしたその時――――カチッ。という音が耳をつく。左手が当たったのは、顔だ。


 僕は思わず目を(みは)った。触れた手に肌の温もりは感じない。それどころか硬質な……まるで骨と骨を打ち鳴らすような音が空間に響く。

 頬を摩る手は、普通なら頬肉の触感を脳に伝えるだろうが、僕が知覚した事実はまるで違った。頬から下へ滑らす手。感じたのは、異様に出っ張った頬骨とその下の顎。そして、直に触れた歯列だった。

 僕は息を呑んだ。その音でさえも煩いくらいに耳に響く。

 いや、耳に聞こえてはいるが、耳自体はもうないのだろう。どうやら僕は、白骨と化しているらしい。見えるわけではないから確実なことは言えないが……状況証拠からしてそう言うことだ。


 すると、ふと脳裏に過ぎった、最期に出会った死神の言葉。『ようやく開放される。跡は頼んだぜ』

 もしかすると、僕はあの死神の後釜として選ばれ、転生してしまったのか? そして、ノルマ五百という数字。一日に最低一人。一月以内という言葉。

 ……冗談じゃない! 何で僕なんだ! こんなわけの分からない所に閉じ込められて、これから人の命を奪えだと? そんなこと出来るはずがない。

 叫んでも叫んでも、自分の声が反響するだけ。音という音は、自分以外からは何も聞こえない。


 死してなお絶望しなければならない状況に気が狂いそうになりながらも、僕は少し事の整理をしようと、自らを落ち着けようと腰を下ろすことにした。両手を後ろに付き足を投げ出して座ろうとしたが、どういう訳か右手に握られた棒は手に吸い付くようにして離れない。手を離そうとしてみるものの、やはり無理のようだ。


 仕方なく胡坐をかき、棒を肩と床(とりあえず足が接地していた面)の二点で支えるようにして置き、足に左手を添える。だがやはり肉の感触はない。摩ってみても、肉の上から触れられていた硬い骨の触感しか伝わってこない。

 僕は……死神となったのか。死神に見初められ、生命の営みを絶たれ、目標も夢も追うこと叶わないまま……。

 僕はさっきの『掟』をもう一度頭の中で反芻してみる。


 一つ、運命(さだめ)の寿命が近くない者は決して殺してはならない。

 二つ、最後の死者としか口を利いてはならない。

 三つ、一日に最低一人は殺さなければならない。

 四つ……ここは聞き逃したために分からない。講義の時は、講師の話を聞き逃しても友達や美月がノートをとっている為、後から見せてもらえるが……ここにはそんな人間誰もいない。……思いつくものとしたら……そうだな、殺す人数の制限、だろうか?

 五つ、砂時計を逆さにしてはならない。

 六つ、ノルマは一月以内にクリアし次に回さなければならない。


 これらから推測するに……まあ憶測の域は出ないが。導き出される答えとして、『死神は、その死神が最期に殺した(つまりはノルマを達成した時の)人物を後釜とし、何代にも渡ってサイクルを繰り返している』と言うことか。

 それにしても、運命の寿命と砂時計。これらが気に掛かる。そして最後、あの髑髏が口にした『掟を破る者、永久(とこしえ)の闇に囚われん』と言う言葉。

 ……掟を破ったらどうなるんだ? 永久に闇に囚われる? もしかして、ずっとこんなところに閉じ込められたまま、僕は死ぬことすら出来ないのか……。馬鹿馬鹿しい。

 僕は怒りを通り越して呆れ返った。自分が望んでこうなった訳じゃない。無理やり転生させられて、挙句掟を破ったらどうとか、勝手に決め付けるな。

 掟を守ると言うことは、人の命を奪うということだ。良心と理性のある人間にはそんなことは出来ない。れっきとした犯罪ではないか。


 僕は掟のことはひとまず忘れ、立ち上がり、出口を探すことにした。ここがどれだけ広いのかは分からない。しかし、じっとしていても何も始まらない。

 意気込み一歩踏み出す足は、まるで雨上がりの土壌のように柔らかく、スポンジを踏んで歩くかのように床に沈み込み、ゆっくりと跳ね返す。

 そんな不安定なものの上を素足で歩く、その感触の気持ち悪さに歩くことも躊躇われるが、出口を探すためだ、仕方がない。


 しかし歩けど歩けど、一向に出口など見当たらず……。それどころか、歩き出した位置から一歩も前へ進んでいないように思えた。

 僕はそのことに気付くと、一気に倦怠感が体中を駆け巡る。歩くことすら億劫になった。立ち止まり、僕は左手で頭を押さえ(かぶり)を振った。

 そのまま倒れるようにして仰向けに寝転がると、闇の暗幕を見上げながら僕は小さく笑声を漏らす。


 闇の中に乾いた声が響く。

 とてつもなく馬鹿げ理不尽な状況に、僕はただ、声を上げて笑うことしか出来なかった――――。



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