誰にでも優しいくせに最愛の相手にだけ冷たい愚かな男
拙作『誰にでも優しいけどわたしにだけ冷たい団長様』に登場するセレナ・フェリチータさんのお話です
単体でもお読み頂けますが先に上記をお読み頂くとよりお楽しみ頂けると思います
愚かで目障りな男。それが、自分の所属する旅団の団長に対する、わたくしの評価だった。
男で、有能で、アンゼの婚約者で。わたくしの欲しいもの全部持っているくせに、愛するひとを大事に出来ない屑。大事にしないくせに、アンゼの婚約者の座にしがみ付く邪魔者。
妬ましくて、殺したいくらいに嫌いな男。
あの男からアンゼを奪い取れるなら、邪神に魂を売っても良いとすら思う。
戦場に立つたび、誰かあいつを殺してくれと思うのに、団長であるあいつは指揮官だから、危険な前線に立つことはない。むしろアンゼこそ、いつ死ぬとも知れぬ前線に立ち続けている。
アンゼが死ぬことなど、わたくしが絶対に許さないけれど。
幸いにも、わたくしは治癒魔法に適性があった。どんな怪我だろうが、魂が身体から抜ける前なら治して見せる。
アンゼは死なせない。だから、あの男をアンゼから引き離せさえすれば、わたくしが必ずアンゼを幸せにするのに。
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「わたくしは、どうして女に生まれたのかしら」
男に生まれていれば、既成事実を作って無理矢理婚約を破綻させることも出来たかもしれないのに、女に生まれたばかりにそれも叶わない。たとえ、先代のパウロ侯爵以上の功績を打ち立てたとして、わたくしでは王女の降嫁は望めないのだ。
「もう、殺すしかないかしら」
けれどあの愚かな男を殺したところで、アンゼとわたくしが結ばれることはないのだ。
「わたくしが、女でなければ良かったのに。それともこの国が、同性婚を認めてくれていれば」
「それは儂に法整備をしろと言うことかな」
わたくしのこれ見よがしなぼやきを聞いていた祖父が言う。宰相である祖父が権力を最大限発揮すれば、反対意見を叩き潰して同性婚を認める法を押し通すことも可能だろう。
「出来なくはないが、性急にことを運べば教会に睨まれる。穏便に実現しようとするなら、十年二十年掛かる計画が必要だ」
それでは遅い。
「現状、教会に睨まれるのは得策じゃない。十年二十年の計画に手を出すには、儂は老い過ぎている。お前の頼みでも、無理なものは出来ん」
ならばやはり、殺すしかないだろうか。
祖父が溜め息を吐き、かたわらに置いてあった書物を手に取る。
「ほれ」
差し出されたのは、裁判の判例集だった。過去の判例を、当時の時勢や状況を含めて詳細に記録した、裁判官の指針となる書物。全て集めると膨大な量になるそれのうち、一冊だ。
「判例集が、どうかなさいまして?」
「お前はもっと歴史を学べ」
わたくしに判例集を押し付けた祖父はむっつりと言ったあとで、ぼそりと付け足した。
「栞の頁だ」
言われて手元に目を落とせば、なるほど一枚の栞が挟まれている。栞に指をかけ、挟まれた頁を開いた。
判例集のなか、数えきれないほどある判例のなかの、ひとつ。ざっと斜め読みして目を見開き、食い入るように読み耽る。二度、三度と読み返して、顔を上げた。
「お祖父さま、これ」
「この国は、成文化されていない状況では判例を重視する。本気で実現したいことがあるなら、判例集には一通り目を通しておけ」
まあ、判例と同じ状況に持ち込めるかは、お前の努力と運次第だがな。
それでも、これは、あるはずのなかった道だ。溺れるわたくしの前に落とされた、一本の藁。だが、藁一本の希望でも、可能性があるならばこじ開けて実現させてやる。
いままでだって、そうして来たのだ。
「必ずや、証明して見せますわ、お祖父さま。わたくしのこの手で。あの、愚かな男ではなく、わたくしこそ、アンゼの運命であると!」
手にした藁を離すまいと、強く強く、判例集を抱き締めて言えば、祖父は、ふん、と鼻を鳴らした。
「これを機に、もう少し身染みて勉強してくれれば良いのだがな」
「憎まれ口を叩きながらも、なんだかんだ、わたくしを助けてくれるお祖父さまのこと、わたくし、敬愛しておりますわ」
「調子の好い」
顔を顰めて呟くと、祖父は、シッシと手を振った。
「判例はあれど夢物語だ。お前のような甘ったれに、実現出来るとは思えんな」
寸暇も惜しんで取り掛かれ、と言うことだろう。
「こちらは、お借りしても?」
「好きにしろ。そんなもん、なくとも頭に入っておるわ」
一冊一冊が辞書のように分厚い上に数十冊あって、さらに毎年増え続けている判例集が?
「……本当に、化け物ですわね」
「取り上げるぞ」
「褒め言葉でしてよ?尊敬しております、お祖父さま」
言い置いて、判例集を抱えたまま、祖父に背を向ける。
「では、ありがたくお借りして行きますわ。結果を、楽しみにお待ち下さいまし」
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それから、わたくしは、手にした藁を長者への道にすべく動き始めた。
と言っても、わたくし自身が泥臭く動き回るわけではない。フェリチータ侯爵家の娘として、ひとを使う術は幼少より叩き込まれて来たのだ。裏にも表にも、わたくしの手足も耳目も散りばめている。わたくしは、座って命じれば良いだけ。
ただ。
いくら、手足があろうと、耳目があろうと、詰む金があろうと。王さまが塀から落ちた卵を元に戻せぬように、ないものは手にすることも目に映すことも出来ない。あるか、ないかは、運次第。
そして、天はわたくしに味方した。
情報を得て、それだけはとわたくし自身が向かった先。目にした光景は。
「命懸けで、守り抜いたのね」
状況から言えば、わたくしにとっては限りなく、運が良かった。
けれど、とても、喜ばしいとは言えなかった。
「ごめんなさい、アンゼ」
最愛のひとへの謝罪が、口を突く。
アンゼのためなら悪魔にも、魂を売る覚悟だったけれど。
「わたくし、悪魔にはなれないみたい」
血に塗れたそれを拾い上げれば、雨でもないのにポタポタと、雫が落ちた。
「ごめんなさい」
もっと早く、情報を得ていれば。
もっと早く、駆け付けられていれば。
「助けられなくて、ごめんなさい」
わたくしは、治癒術師。最愛のひとを死なせないため死に物狂いで鍛えたから、どんな傷でも治すことが出来る。首がもげていようと、心臓が潰れていようとだ。ただし。
「間に合わなくて、ごめんなさい」
魂が、身体から離れる前に限って、だ。
拾い上げたそれを、抱き締める。
「命を、救えなくて、ごめんなさい」
その地を埋め尽くす死体。血に塗れ、まだ乾ききらない血の海に倒れ伏しているそれら。生々しく濡れた、新鮮な死者。
けれどただひとつとして、魂が残っているものはなかった。
無事だったのは、ひとつ──いや?
「これ、は」
最期まで、守ろうとしていたのだろう。わたくしが拾い上げたそれは、おそらく男女であろうふたつの遺体が、抱き込んでいたものだった。その、遺体に隠れてはいたが。
「まさか、ふたつも」
信じられない気持ちで、拾い上げる。
「まだ、温かい」
抱え込んだそれらに、顔を寄せる。
「命を懸けて、守られたのね。あなたたちは」
ああ、わたくしは、けれど。
「その覚悟、その献身、敬意を払いますわ。あなた方が守り抜いたものは、わたくしが引き取ります」
その、命を踏み台に、願いを遂げさせて貰う。
「今度はわたくしが守るわ。あなたたちを」
強く目を閉じ、振り向いた。
「人員は十分にいるわね。半数はわたくしと帰還、残り半数は、弔いとこの地の浄化を。せっかく得られた奇跡を、無駄には出来ない。帰還を急ぐわ」
指示を出し、振り返らずに歩き出した。
まだ温かい腕の中のものが、冷え切ってしまう前に戻らなければ。
ё ё ё ё ё ё
気忙しく逸る気持ちを押し込めて、帰路を急がせる。途中でアンゼに、見せたいものがあるからと訪問の許可を求める連絡を送った。色好い返事にひとまず安堵して、布に包み、籠に移したソレを見下ろす。
温めた方が良いのか、室温で良いのか、適温がわからない。冷やさない方が良いだろうと思うが、かと言って、温め過ぎて駄目にしてしまう可能性も無視出来ない。
結果として、人肌の温度ならばおそらく大丈夫だろうと、ずっと自分ごと毛布で包んで胸に抱えている。
わたくしのことを嫌う者に知られれば、嘲笑される姿だろう。けれどきっと、アンゼ、わたくしの愛するアンゼリカならば、笑ったりしない。むしろ、大変でしょう、休めるように交代しようかと、申し出てくれるのだろう。
「はやく、あいたいな」
ぽつりと漏れた言葉に、心なしか、コツリ、と腕の中から返事が返った気がした。
微笑んで、腕の中に語り掛ける。
「これから逢いに行くひとはね、とても素敵なひとなのよ。可愛くて、優しくて、賢くて、真面目で、頑張り屋のお姫さまなの。素敵でしょう?わたくし、そのひとが、アンゼリカが、だぁいすきなの。きっと、あなたたちも大好きになるわ」
布越しの、硬い感触に頬擦りする。
「必ずあなたたちのこと、大切にしてくれるわ。もちろんわたくしも、失われた命の分まであなたたちを大切にする。だから」
だから、どうか。
「安心して、生まれて来て良いのよ」
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アンゼ、ユリシス王国第一王女アンゼリカ・ユリウス姫は、わたくしの幼馴染みだ。幼い頃から長い時を共に過ごした相手なのに、嫌なところが思い付かないくらい、素敵なお姫さま。
『大喰い』と呼ばれる稀少な魔導を持つせいで、自分のことを出来損ないの王女と考えているようだけれど、わたくしから見ればアンゼは少しも出来損ないなどではない。
だって、民のために戦場に立ち、率先して前線で戦う覚悟と度胸のある王族が、どれだけいるだろう。幸いにも、今代の王家は子宝に恵まれているのだ。ひとりくらい、婚姻政策に与しない王女がいても、なんの問題もないはず。
妻、と言う役目さえ求めないならば、アンゼは素晴らしい才能の持ち主だ。美しく勇敢で、賢く優しい、戦うお姫さま。巧く宣伝して民を煽れば、たちまち人気になって、王家の人気に与するだろう。
だと言うのに、アンゼに用意された道は、功績への褒賞としての降嫁。
それでも相手が家を継ぐことのない立場で、まともな人間であったなら、きっとアンゼは幸せになれただろう。夫婦ふたり、穏やかで、幸せな暮らしを送れたはずだ。わたくしの知るなかで、いちばん素敵な女の子がアンゼだから。
けれどアンゼにあてがわれたのは、次期侯爵となる予定の屑男だった。マキシム・パウロ。パウロ侯爵家の次男で、今はユリシス王国悪魔対策軍で大佐の階級を得て、第三旅団団長の座にいる。
優秀かつ、誰にでも優しいと評判の男はしかし、婚約者であるアンゼリカにだけは冷たかった。
アンゼの悪評をばら撒き、会う度にひどい態度を取る。そのくせ、アンゼから婚約解消を申し入れられても、決して受け入れはしない。
恋は盲目の愚かな女たちは気付いていないようだが、その行動の本質は明らかだ。
おぞましいまでの、執着と、独占欲。それを愛と表現するならば、マキシム・パウロはおそらくこの世界で唯一、アンゼリカ・ユリウスだけを愛しているのだろう。アンゼ以外はどうでも良くて、だからこそ、アンゼ以外には優しく出来るのだ。
なんて、救い様のない屑。
わたくしの愛するアンゼを渡すなど、到底許せる相手でない。
けれど婚約は、すでに結ばれていて。功績への褒美である以上、破棄する権利は王家側にない。
せめて、と、アンゼを軍属にすることで、結婚を先伸ばしたが、王家なりパウロ家なりが、アンゼの意思を無視して結婚を強行すれば、わたくしに口を出す権利はない。
どうにかして、この、許し難い婚約を潰せないか。
いま、腕の中にあるのは、婚約を潰せるかもしれない、ほんの一縷の望みだ。
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アンゼは王女ながら、軍属であるからと軍の女子寮で生活している。悪魔対策軍内で、唯一女子しかいない魔導小隊である第三旅団第十三魔導小隊。わたくしもアンゼも所属するその小隊は、女子寮のなかの小さな一棟を貸切にしている。
夜遅く、帰り着いた女子寮。留まった馬車からわたくしが降り立つのと同時に、門の向こうで寮の扉が開いた。
扉から現れ、こちらを向いて微笑むのは、わたくしがこの世で最も愛するひと。
「やっぱり。おかえり、セレナ」
わたくしを待っていてくれたのだろう。だから馬車の音に気付いて、迎えに出てくれた。
寮の門を潜り抜け、愛しいひとへと歩み寄る。
「ただいま、わたくしの愛しいアンゼ」
「夜遅くまで出歩いて、疲れたでしょう?そんなに急いで見せたいものなの?」
ひんやりとしたアンゼの手が、わたくしの頬に触れる。『大喰い』の代償かアンゼは常に体温が低い。能力を使わなければ改善するだろうが、従軍を続ける限りは能力を使わないわけには行かない。
「ええ。一刻も早く見せたかったの。夜遅くまで待たせて、ごめんなさい」
「わたしは構わないけど、セレナが身体を壊さないか心配だよ。そんなに毛布にくるまって、具合が悪いのではない?」
大した説明もなく遅くまで待たされても文句ひとつ言わず、それどころか相手の心配をして見せる。こんなに心の広く優しい王女が、どうして出来損ないなものか。
彼女ならきっと、わたくしの腕の中のものの境遇を知れば、同情して大事にしてくれるだろう。
「毛布はわたくしのためじゃないの。だから大丈夫」
「その、抱えているのが見せたいもの?馬車でもずっと抱えていたの?」
そっとわたくしの背に手を添えて、アンゼが寮へと歩き出す。荷物を抱えたわたくしを、案じているのだろう。
「ええ。とても、大切なものだから」
「重たいもの?とりあえず、座れるところに行こうか」
「重たいけれど、良いの。わたくしが抱えたいの」
重たい。とても重たいものだ。重量と言うより、価値と懸けている期待が、とても重い。
わたくしの意思を酌んでか自分が持つとは申し出ず、代わりにアンゼは入り口からいちばん近い座れる場所、応接室を行き先に選んだ。位は兵長だが王女だ、個々人の部屋を除けばこの寮にアンゼが使っていけない場所はない。
アンゼの手をありがたく借りて、二人掛けのソファの片端へ腰掛ける。ぽんと隣を叩けば、アンゼは頷いて隣に座ってくれた。
「なにか飲み物を、」
「いいの」
アンゼの気遣いを断って、馬車からついて来ていた従者に目配せする。心得た従者は黙って、応接室からわたくしとアンゼ以外を追い払うと、扉を閉めて自分は扉に張り付くような位置へ立った。
「内緒の話なの?」
それだけが理由ではないけれど。
「ええ。危険に晒したくないから」
「危険?」
アンゼの美しい瞳が、わたくしの顔を覗き込む。瞳にはわたくしを案じる気持ちが、ありありと浮かんでいた。
「とても、希少なものだから」
「わたしに見せて大丈夫なの、それ」
アンゼに見せるために手に入れたのだ。
「アンゼに見て欲しいのよ」
告げて、包まっていた毛布を解き、抱えていた籠を取り出す。籠の中、中身を大事に包んでいた布も取り去れば。
「たまご?ずいぶん、大きい……」
思わず、と言ったように布の中から現れたものに片手を伸ばしかけたアンゼは、触れないままはたと手を止める。
「触って大丈夫?」
ほんの小さな気遣い。けれど、これもわたくしがアンゼを愛しく思う理由のひとつだ。アンゼを好きな理由なんて、数え切れないくらいあるけれど。
「大丈夫よ。なでてあげて」
微笑んで言えばアンゼは両手を伸ばしてソレをなでた。片手でなく両手なのは、ふたつだったからだろう。
「これ、なんの、」
アンゼが問おうとした、そのときだった。
バキンッ
なかなか盛大な音が、アンゼの触れる物体たちから発せられた。
自分が触って壊したかと、アンゼが青ざめるその前に、ズボッと二本、なにかがアンゼの顔向けて飛び出した。
「わわっ、え、なに??」
「「ケーン」」
まじまじと見つめ合う、ひとりと二羽。
「「キューン、ケーン」」
アンゼの顔に向けて必死に首を伸ばす健気な姿に、アンゼがそっと手を動かして枇杷の実ほどの頼りない頭に寄せる。二羽はすがるように、アンゼの手に頭を擦り寄せた。
「えっと……」
弱り果てた顔のアンゼがわたくしを見て、つられるように二羽もわたくしへ目を向けた。
ああ、
「無事、生まれて来てくれてありがとう」
つん、つん、と二羽の鼻先に指を当てる。
「「ケーン」」
二羽はわたくしの指にも擦り寄ったが、すぐにアンゼの手に擦り寄り先を戻す。
ちらりと目をやった従者は、抜かりなく取り出していた映像記録媒体を構えながら、頷いた。
既成事実がしっかり記録された、と言うこと。
奇跡的な成功を引き寄せるのは、九割九分九厘の努力と、一厘の幸運。努力ならばいくらでもわたくしが担うが、幸運をもたらすのはいつだって愛しの天使。
「セレナ?」
「アンゼにね、黄龍の卵を見せたかったの。孵っちゃたから、雛になったわね」
そう、黄龍の卵。この世界で神の使者と考えられている黄龍、その、卵だ。悪魔害で壊滅した群れが、命懸けで生き残らせた、たったふたつの命。
黄龍は殻を破っていちばんに見た魔力を持つ生き物を母、にばんめに見た魔力を持つ生き物を父と刷り込みを行う。この刷り込みは強固で変えることは出来ず、さらに、成龍になる前になんらかの理由で父母から引き離された場合、その雛はまともに育たないと言われている。
黄龍が雛から成龍になるまでにかかる時間は、およそ三十年ほど。魔力の豊富な黄龍は、人間と同じく悪魔に狙われやすく、親を失った黄龍の卵が人間に発見される例は、多くはないが存在する。
万一、黄龍に親として刷り込みがされた場合は、親となった人間同士で夫婦となり、黄龍の雛を正しく育てるべし、と言うのが教会の教え。たとえ、別に婚約者や伴侶がいても、同性同士であったとしても、だ。教会では、神の使者である黄龍は自ら親を選んで孵化すると考えられており、黄龍の親として選ばれた事実は、ほかのどんな法よりも優先されると定められているのだ。
事実、我が国ではかなり昔の話だが、黄龍の親になったために、特例として女性同士の婚姻が許されたことがある。祖父がわたくしに見せた判例集には、このことが載っていた。
つまり、わたくしとアンゼが黄龍の雛に親として刷り込みされれば、あの愚かな男との婚約を叩き潰して、わたくしとアンゼが婚姻出来る、と言うこと。
「黄龍?って、ええ??」
混乱の極みに落ち入りながらも、アンゼが黄龍の雛たちに触れる手は優しい。
黄龍は基本的に、人里から離れた場所、人間が住めないような場所に生息する。だからまず、黄龍を見付けるのが難関だった。
黄龍を見付けられても、とにかく長く生きる種族。折良く卵が生まれているとは限らない。さらに卵が生まれていたとして、産んだ親が手放すわけがないので、卵を手に入れるなどほぼ不可能だ。
その上、卵が手に入っても、無事黄龍が生まれるとも限らないのだ。調べた限り、人間に拾われた黄龍の卵は、半数以上が孵ることなく死んでいる。
そして幸運が重なって黄龍が孵ったとしても、わたくしとアンゼを親と刷り込み出来るかさえ、確実とは言えなかったのだ。
「悪魔に襲われた群れの、最後の生き残りよ」
アンゼが目を見開き、雛たちの顔に顔を寄せた。雛たちは嬉しそうに、アンゼの顔に頭を擦り寄せる。
実際は、黄龍の群れが見付かり、卵以外全滅で、アンゼに会うのを待っていたかのように孵って、にばんめにわたくしを見た。出来過ぎなくらい、完璧な流れだった。
「フェリチータ家で悪魔に襲われている群れがあるのを見付けて、急いで向かったけれど、相打ちで群れは全滅していたの。この子たちだけ庇われて生き残っていて、だから保護して、王族であるアンゼに、処遇を相談しようと思ったのだけれど……」
黄龍を保護している間、その国は栄えると言われている。王家は喜んで黄龍を保護するだろう。アンゼもそれはわかっているのか、ありがとうと言って。
「でも、雛が孵ったら」
さすが真面目な王女だけあって、ほとんど聞くことのないような教会の教えまで把握しているらしい。困ったようにわたくしを見る。
「アンゼがお母さん、わたくしがお父さんと思われちゃったわね」
「それは」
「その場合、同性でも結婚することになるわ。婚約者や伴侶がいようが、関係なく」
きっぱりと告げ、続ける。
「わたくしは、アンゼのこと大好きだし、この子たちも守りたいから歓迎するわ。でも、アンゼは巻き込んでしまって、」
「わたし、団長と結婚しなくて良いの……?」
魂が抜けたようにぼんやりした顔で、アンゼが呟く。
無意識か、アンゼは雛が顔だけ出した卵を抱き寄せる。卵はバキリと砕け、殻から解放された雛は、全身でアンゼにしがみ付いた。
「そうよ。アンゼは、団長じゃなく、わたくしの妻になるの」
「わたしが、セレナの、妻に」
「大事に、育てましょう?この子たちを。命懸けで守り抜いた、この子たちの本当の親に代わって」
ぽろり、とアンゼの頬を雫が伝った。黄龍の雛が、それを舐め取る。
「黄龍の、親よ。もう二度と、誰も、アンゼを責められはしないわ。歴史を掘り返しても、この国の王女が立てたこれ以上の功績はない。文句なしで、アンゼこそ最高の王女よ」
『大喰い』持ちの女性は、子供が産めない。王女として最大の役目である、血の継承が叶わない。それをアンゼは負い目とし、自分を出来損ないの王女と考えていた。
けれど、黄龍の親になれば、たとえ血を残せなくとも、歴史に深く刻まれる功績となる。黄龍は神の使者。その使者の代理親の地位を王女が与えられたのだ、王族の正統性を神に認められたと言っても過言ではない。国としては、願ってもない箔だろう。
いままでアンゼを見下して来た全員の、鼻が明かせるのだ。清々しいこと、この上ない。
その上、あの忌々しい愚かな男から、アンゼを掻っ攫えるのだから、わたくしとしては愉悦の極みである。
雛たちごと、アンゼを抱き寄せる。
言えるはずがないと思っていた言葉を、いまは堂々と口に出来る。
「愛しているわ、アンゼ。ねえ、わたくしと、結婚してちょうだい」
アンゼは泣き濡れた目でわたくしを見返し、頷いた。
ああ。
ねえ、誰にでも優しいくせに最愛の相手にだけ冷たい愚かな団長さま?お前が愚かなお陰で、わたくしは最愛の相手を手に入れられたわ。だから今だけは感謝してあげる。
精々、自分の愚かさを悔いて悔いて悔いて悔いて、のたうち回りなさいな。
アンゼは二度と、お前に渡しませんから。
わたくしは、腕の中の宝物みっつに頬擦りして、どんな手段をもってしても、最愛の妻と我が子らを守り抜くと心に誓った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
前作で想像にお任せと言ったのですが
続きを受信してしまったので
団長はどん底まで落ちて貰う方向になりました




