五.賑わう街の中で
休日の午前、商店街のアーケードに足を踏み入れた律の耳にまず飛び込んでくるのは店主たちの威勢のいい声と、買い物客たちの笑い声だった。
八百屋の店先には朝採れの野菜が山のように積まれ、揚げ物屋からは油のはじける音と香ばしい匂いが誘うように漂ってくる。
ベビーカーを押す夫婦がゆっくりと歩き、ジャージ姿の学生たちはソフトクリームを片手に写真を撮り合っていた。
そんな商店街を覆うアーケードから差し込む柔らかな光の下、律はノートに記したパン屋の前で立ち止まった。
焼き立てパン特有の甘い香りが鼻の奥をくすぐる中、店頭に置かれた立て看板に目を移した律は黒のボードに貼られたチラシのフォントとノートの内容を何度も見比べ、「うんっ」と肯くと、足早に商店街を抜けた。
商店街を抜けると、すぐ近くのスーパーはさらに賑わっていた。
自動ドアがひっきりなしに開閉し、買い物カゴを持った人々が流れるように出入りする。
出入り口すぐ横の特売コーナーには人だかりができ、レジ前には長い列ができていたが、誰も急いでいる様子はなく、カートに乗った子どもたちは楽しそうに揺れていた。
休日らしい、どこかのんびりした時間が流れる中、スーパーに入った律は鮮魚コーナーの前で立ち止まった。
そこには多くの買い物客の目を惹く「大特価! 静岡産キハダマグロ 本日限り!」のポップ広告が平型冷蔵ショーケースの上に掲げられていた。
パン屋のチラシと同様に律はノートとポップ広告を慎重に見比べてた。
混み合う店内で一か所に一人で長く留まるという、明らかに周囲から浮いた行動を不審に思った店員が声を掛けようとしたが、それに気付いた律は素早くスーパーから立ち去った。
そのまま繁華街へ向かうと、街の空気は一気に華やいだ。
昼間でもネオンが存在感を放ち、カフェのテラス席は満席。
表通りにはブランド・ロゴが入ったお洒落なショッピング袋を提げた人々が通りを行き交い、ストリートミュージシャンが奏でる軽快なギター音が風に乗って遠くから届く。
信号待ちの人たちのざわめきが街全体のリズムのように響き、休日ならではの高揚感が空気を少しだけ熱くしていた。
だが、ここでも律は黙々と仮説を検証していた。
コンビニのショーウィンドウに貼られた新商品ポスターや居酒屋の軒先に下がった「準備中」の看板、
ドラッグストアの店頭に設置された電飾スタンド看板など、
使用されているフォントのズレとノートの記述を照らし合わせると、浮足立つ街のざわめきなどガン無視するように繁華街を通り過ぎた。
そして、繁華街の喧騒を抜けて大通りを渡ると、世界がふっと静かになる。
緑地公園の芝生の上にはレジャーシートが色とりどりに広がり、子どもたちの笑い声が遠くまで響く。
ジョギングする人、ベンチで本を読む人、犬と散歩する人…それぞれが思い思いの時間を過ごし、木々の間を抜ける風が心地よく、移り変わる季節の匂いがはっきりと感じられた。
喧騒と穏やかさが交互に現れ、場所ごとに違う表情を見せる休日の街。
そこでの検証をすべて終えた律は、その結果から導かれるように緑地公園奥に設けられたある古びた建物の前に立っていた。
(確か、ここは……)
そこは○○大学付属科学技術研究所だった。




