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四.日常に溶け込む暗号

 翌日、充血した目をこすりながら、律は普段通り定刻にはマンションを出たのだが、どうもいつものキレがないと感じた。

 足の運びは微妙にズレ、速度もイマイチ乗れていない。

 何より、信号機の切り替わりを見落とし、危うく車と接触しそうになる始末。

 

 会社でも誤字、脱字といった書類の不備を同僚から指摘され、週初めの定例会議に遅刻するなど、ケアレスミスを連発。

 マンションに戻れば、鍋の吹きこぼしやお湯の出しっ放しといった具合に、律の様子は明らかにおかしかった。

 このように「心、ここに在らず」の原因が例の「フォントのズレ」であることは律も自覚していたが、どうしようもなかった。


(まいったな。これではそのうち、取り返しのつかない大きなミスを犯すぞ……)


 普段の自分とは違うことに危機感を覚えた律は事故回避のために溜まっていた有給休暇の消化も兼ねて、体調不良を理由に三日ほど会社を休むことにした。


 ひとまず事故を回避した律は、この三日間ひたすら部屋にこもって「フォントのズレ」の解明に集中することにした。

 そして、あらゆる仮説を立てては思考実験を繰り返した結果、有給休暇最終日、律はついにある仮説を導き出した。


(仮にこのズレが何かの暗号の一部としたら、他にもあるということになるな……)


 律は薄っすら無精ひげが生えたアゴに手を当てて、さらに推論を重ねた。


(ということは、街中の広告以外にも社内のメールや書類にも捜索範囲を広げる必要があるな)


 これは中々厄介なことになってきたぞと、律は(ひる)むどころか、胸の奥から新たなる闘争心が沸き上がるのを感じた。


 それからというもの、律は違和感を感じたフォントを片っ端からスマホの写真に収め、帰宅すると、その日写した画像の整理に追われた。

 力業で膨大な量の画像を収集した律はよいよ暗号の解明に取り掛かった。


(まずは、何らしかの規則性を見つけ出してみよう)


 画像に映ったフォントのズレを一枚一枚丹念に調べていた律はあることに気付いた。

 それはズレの角度が方位を意味し、ある場所の位置を示しているとするなら、「このズレは秩序のネットワークからの“招待状”ではないのか?」と仮説を立てた。


 そして、律は休日に自分の立てた仮説を実証するため、フォントのズレが記す方位を書き溜めたノートとスマホの地図アプリを頼りに街に繰り出した。

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