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二. “乱れ”は偶然ではない

 律には奇妙な理論的思考があった。

 それは日常の些細な乱れを見つけるたびに「これは偶然ではない」と考える、一種の癖みたいなものだった。


 この彼独自の理論的思考が導くぶっ飛んだ結論の一例を挙げれば、

 会社のゴミ箱の蓋がわずかに開いていると、律は眉をひそめて蓋の角度を測るように見詰め、そっと呟いた。


「誰かが空気の流れを操作している……」


 同僚はただ誰かが(ふた)を閉め忘れただけだと言うが、律にとっては違う。

 世界は乱れやすく、その乱れには必ず“意図”がある。

 そして、その意図を読み解くのが自分の役目だと律は信じ切っていた。

 何の根拠もなく。


 この他にも、社内にある自販機の補充タイミングがいつもより早い日があれば、

「内部の人間が暗号で合図している」と、律は真顔でメモを取り、


 近所の猫が毎朝同じ時間に通ることにも、

「監視ルートの巡回だ。あの猫は末端のエージェントだな」と、その猫の行き先を真剣な眼差しで追って、すかさずメモる、

 といった具合に枚挙に(いとま)がない。


 このように彼の頭の中では、すべてが“整合性のある巨大な秩序”として結びついていく。

 厄介なのは、その論理は妙に筋が通っており、本人は至って冷静で理性的に主張していることだ。


 ただし、結論だけがどうしようもなくズレている。

 実に残念なヤツである。


 律は日課としてその日に起こった“乱れ”のメモをノートに書き溜めていた。

 なぜ、パソコンやスマホではなく、ノートというアナログ・ツールを使ってるのか?

 それはセンシティブな案件である“乱れ”をデジタル化した場合、どんなに細心の注意を払っていてもデータの漏洩流出は不可避だからだ。

 その点、ノートは盗難や紛失、火災といった物理的なリスクはあるものの、耐火金庫などの防犯・防災グッズ等の活用で十分回避できる。

 

 そして、肝心のノートの中身については以下のような内容が記されていた。


- 清掃員のモップの動き → 「情報伝達の儀式」

- スーパーの特売日 → 「群衆誘導の実験」

- 天気予報の外れ → 「上層部の調整ミス」

 等々。


 相変わらずズレている。


 もはや、独りエコーチェンバー状態に陥った律の目にはページをめくるたびに、社会は常に精密かつ厳格なルールで運営されているかのように映った。


 律は次第に、

「世界は高度に組織化された“秩序のネットワーク”によって管理されている」

という独自理論を構築するになった。


 常人の感覚なら、自分の関知できないところで得体の知らない何かに操られているような気味の悪さを感じるものだ。

 だが、律は(おそ)れるどころか、むしろ誇らしげに呟いた。


「……ようやく世界の本当の姿が見えてきたな」


 まるで万物の真理を垣間見たかのように彼の目は輝いていた。

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