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一.秩序の中心

 三島 律(三二歳)は、世界の乱れを決して許さない男だった。

 

 都内の大手IT企業でシステム開発に携わる律は毎朝、出勤前に机の上を整える。

 ペンは三本、長さ順に並べ、キャップの向きは北。

 付箋は角を机の縁と平行に揃え、マグカップの取っ手は必ず右斜め45度。

 このルーティンを終えると、ようやく律の一日は始まる。


 ビッシとスーツを着こなした律は、昨夜用意しておいたハンカチとポケットティッシュをそれぞれズボンの前と後ポケットに収め、次に正確無比なクオーツ腕時計を左手首に巻き付けた。


 そして、一人暮らしの律は「行ってきます」の言葉もなく、玄関でピカピカに磨き上げた本革のビジネスシューズを履くと、デジタル表示の腕時計に目を落とした。


(出発一分三〇秒前か)


 腕時計を見たまま立ち上がった律は心の中でカウントダウンを始めた。


(……出発一分前。……三〇秒前。……一〇、九、八、七、六、五、四)


 微動だにせずに腕時計見詰めていた律は、表示が「0」に切り替わると同時に弾き出されたように玄関を飛び出ると、一直線にマンションの階段を三階から一気に駆け下りた。

 どうして律がわざわざ階段を使うのかというと、それはエレベーターがタイミング悪く来ないことを想定してのことだった。


 マンションのエントランスから出た律は、ほぼ直角に右に曲がり、駅まで徒歩十五分の道のりを早足に進んだ。

 途中で一か所だけ信号機のある交差点に遭遇するが、青や黄の場合は歩行速度を上げて早めに渡り切り、赤の場合は社会人として当然、止まる。


 さぞかし信号待ちの律はイラ立っているに違いないと思われるだろうが、意外にも落ち着いて信号が青に変わるのを待っており、変わるや否や、ここでのタイムロスを補うかのように、競歩モードで駅に向かう。


 駅に着き、改札を抜けた律は一番ホームのいつもの位置に立った。

 そこは六両編成でやって来る電車の先頭車両から三番目の車両の中央ドアが止まる位置であり、黄色い点字タイルの線と律の靴底が完全に垂直に交わる場所でもあった。


 この場所に立つことに異常なこだわりを見せる律は足元に目をやった。


「ここがこの駅での最適解だ」

 

 満足気に小さく頷くその姿は、誰が見てもただの几帳面な変態であるが、律にとって「世界は乱れやすいが、正しく整えれば必ず秩序が見える場所」であり、彼はその秩序を正すことを常日頃から心がけている。

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