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牙を以て牙を制す  作者: makase


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1/1

1 他愛もない話

「貢物?」

「ええ。特に事前通達もなく」


 ヴァシュタルテは眉をひそめた。

 目の前の部下が持ち込んだ、不親切極まりない報告書に目をやる。通常、彼程の地位を持つ人物が受け取る報告書は、折れ目のひとつもなく、誤字脱字の見当たらない完璧に校正されたものである。しかしこの書類は手元へやって来るまで、相当たらい回しにされたのであろう。皺は寄り、端は破け、インクは滲み、およそ彼が目を通すような代物ではなかった。しかも執筆された文字は特有の癖字で走り書きされており、更には要領を得ない文章。報告書というよりもまるでメモ書きだ。すべてを読んだところで報告者が何を伝えたいのか理解できず、結果として三回も読み返す羽目となった。


「管轄は私ではないようだ。外交が受け持てばいい」

「国交を結んだ前例のない国は対応外だと」

「では、警備か」

「本来ならば。ですが貢物は()()()しまったのです。無いものは分からない。最初から存在しなかったのでは、と突き返され。となれば次は調査の担当ですが、こちらも担当外だと」

「消えた、とはなんだ」


 価値のない紙束は、粗雑に執務机の上に放り投げだされた。報告書の順序が崩れようが、二度と読み返すつもりが無いヴァシュタルテにとっては支障ない。彼は自分で物事を整理するよりも、秘書官にことのあらましを口頭で聞く方が早いと判断した。秘書官はひとつ背筋を伸ばす。


「数日前――鉄の国からの貢物が我が国へ運び込まれました。国境の付近まで馬車で運ばれ、そこから投げ入れられたと。警備隊によると、それは縄で厳重に縛られたヒト、だった模様」

「ヒト?」

「ええ。近くには鉄の国の封が施された手紙もございました。長ったらしい遠回しな文章で……嗚呼、先ほどの報告書の中盤に挟まっていたものがそれですよ。要は『国の王子をよこすから、今後ともよろしく』と。警備は一旦ヒトを放置して、仲間を連れて持ち場に戻ったらしいのです。すると、手紙と縄だけがその場に残されていた……と」


 聞かされた詳細は夢物語よりも愚かであった。ヴァシュタルテは鼻で笑う。


「鉄の国、などほとんど聞いたことのない小国が、今後ともよろしくと言ってきたところで何をよろしくするというのか」

 

 貢物を放置した判断については、迂闊だと言えるが強く責めるものではない。ヒトなどという弱い生き物一匹が迷い込んだところで、この国で何かを成すことなど不可能だからだ。加えて言えば友好国でもない弱小国からの一方的な贈与品を、粗末にしたところで、誰が何を咎めるでもない。

 「それで」ヴァシュタルテは肘置きに体重をかけ、眉を釣り上げた。


「――貴様はなぜ私にこの報告書を持ってきた? 責任の所在が分からぬ雑務を、押し付けられるがままに私の下へ持ち込んだのか」


 半端物であれば、すぐに膝を折ってしまいそうな低い声が、静かに木霊した。上長の対応に慣れたものである秘書官も、流石に気圧されたたらを踏んだ。ただ、この場で膝をついてしまえば彼は即座に今まで築いてきた職位を失うだろう。鳩尾に力を入れ、汗一つ垂らさず涼しい顔をして見せた。


「とんでもございません。閣下。貴方のお手を煩わせるわけがございません。情報だけ手に入れ、後はそのあたりに捨て置いてあった報告書を『拝借』させて頂いただけでございます」

「ほう?」

「何事も起こらなければそれでよし。万が一、ヒトが生き延びており、なんらかのいざこざを起こした場合、こちらとしては僥倖でございます。他部門に対し「事態に対する対応は不適切だった」と、その報告書を以て叱責できるでしょう」


 秘書官の提案に、ヴァシュタルテはなにも答えない。彼の蝋燭に照らされた青白い顔は恐怖を煽り、表情の一切浮かばない様は能面のようであった。やがて片手で追い払うように右手を振ったヴァシュタルテの命令を受け、秘書官は冷たく暗い執務室を真っ直ぐ後にした。


 さて、一人残された部屋の主は、乾いた空気に響き渡るように一つ指を鳴らした。すると、乱雑に散らかっていた報告書はひとまとまりにきっちりと揃い、宙に浮くと、部屋の奥に置かれた鋼鉄の金庫の下へ矢のように飛んでいった。待ち構える金庫は、獲物を前にした猛獣のように、両開きの扉を口のように大きく開けた。紙束はみるみると飲み込まれ、丸のみにした金庫は扉をすかさず閉じる。鈍く低い金属音を何重にも響かせながら内部の鍵を自発的に掛けると、やがて沈黙した。

 貧弱で軟弱なヒトがひとつ死に絶えたところで、知ったことではない。そのヒトが王子だったとして、記号にすらなりえないなんの意味も無い地位である。貢物の命が絶えたとて、鉄の国は抗議どころか安否を知る術もない。無用な生き物の行く末など、些末なことである。

 ヴァシュタルテは足を組み、革張りの椅子を軋ませながら、万年筆を手に取った。つまらない話に中断された仕事を再開すべくである。彼の頭からは、既に小国の貢物の情報は霞のように散っていった。

 

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