(8)魔法はないけど、忘れて。
というわけで、アドラス・ド・ブレイズ、騎士団長になりました。
レアンは国王になり、ダミアンもシレっと宰相になっていた。なんでだよ、平民になったんじゃなかったのかよ。全員廃嫡から奇跡の復活ってことになるが、ダミアンが一番怖い。まあ現代知識チート持ってるやつが宰相になるのは心強いかもしれないが。
「いやー、まさか国王になるとは……」
戴冠式の前日、レアンのお呼び出しの用件は飲み会だった。三馬鹿、あるいは転生同窓会だったので俺たち三人だけだ。乾杯したところでレアンがしみじみと言うのでつい尋ねてしまう。
「嫌がってなかった?なんでなったの?」
前国王がろくでもなかったのは事実なんだが。賄賂が横行し格差が拡大し治安が悪化し国の上層部が腐った原因の一つは確実にあの考えなしの国王だ。全部エレノールのせいにしようとしてたけど。
「ティニアンが殺されそうだったんだよ。俺が責任持って育てるには権力が必要だった」
そういやいたな。王子。むしろ殺されてなかったんだって感じだけど。そう思ったのが伝わったのか、レアンがジト目で睨んできた。
「エレノールの子だからって殺すなよ」
「いや俺は殺さねえよ!殺人鬼じゃないからな?!」
なんかレアンは俺のこと危険人物だと思ってるっぽいんだよな。ドラゴン殺したからか?
「そもそもティニアン王子は本当にお前の子なのか?レアン」
確かにそれは気になる。レアンは忌々しそうに舌打ちした。
「エレノールがほかの男とヤってなかったら俺の子だ」
「う、うわあ……」
「ご愁傷様です」
いくらエレノールが美人だったからって、うらやましいという気持ちは全然ない。むしろよくヤれたなって思う。俺なら絶対無理。
「でもティニアンが次の王様は無理だろ?再婚すんの?」
「嫌な話題持ってくるな馬鹿!俺は機嫌よく酔いたいんだよ!」
「アドラスはエミリー嬢がいるからって余裕だな」
ダミアンも普通に婚約なくなってるからね。そしてその人はヴァルモン派閥の粛清対象だったから、今はもういない。平民時代にいい人いなかったのかよ、とは思うけど。
しかし、エミリーかあ。
「エミリーはさあ、脈ナシじゃないか常識的に……」
二人が黙ってしまった。
そう、エミリーはアドラスと家族の仕打ちのせいで人格を抹消するところまで追いつめられている。その男と、まあ互いに実質別人になっているとはいえ、恋愛だのなんだの考えられるもんか?
「そこはなあ……。でも、ここまでついてきたんだろう?だったら脈アリよりのアリだと思う」
ダミアンが唸りながら答えた。そうなんだけど、確かについてきてくれたあたり普通に考えたらアリなんだけど、そもそも対象外な気がしないでもない!利用されてるだけなら喜んで利用されますし!
「今のお前がどう思われてるかだろう。それに五年あれば考えも変わるんじゃないか?」
「五年もエレノールを狙い続けてた奴が言う?!」
「説得力ないな」
「それとこれとは別だろうが!」
復讐されてるわけじゃないし、そうかも。いや、どうかな?
「エミリーが辺境に来た理由、俺の経過観察のための可能性がまた浮上してきたしさ……」
あの『体験を消す魔法』を知っていたなら、俺の人格が狂ったと聞いて責任を感じたのかもしれない。もしくはマッド魔術師の可能性はまだある。あの刀とか、ウォーターカッターとか、新しい魔法を考えてるとき楽しそうなんだもんな。
「だとしてお前はどうなんだよ」
「お、俺ぇ?」
「そうだそうだ、エミリー嬢に惚れてんだろ。ここでガツンと決めろ!当たって砕けろ!」
酔いが回ってきたらしいダミアンが腕をぶん回す。こいつ、酒弱いな。
「一緒にドラゴンに立ち向かってくれるくらいには好かれてるんだと思うぞ。玉砕したらまた飲もう!」
「いいねえ、またいい酒持ってきてやる!こっちの酒はいまいちだが、ヨロズヤ商会の酒は一級品だぞ!」
「水飲めお前ら」
レアンも声がデカくなってきた。異世界酒はほとんど薄いから、ダミアンが持ってきた度数が高い酒を急に飲んで回ってんじゃないのか。まったく、明日の戴冠式大丈夫かよ。二日酔いのむくんだ顔を全国民に向ける気か。
水の入ったグラスを持たせると、「なんだあ、また乾杯か~?」とレアンがグラスを掲げた。
「リサンドル王国の発展に!」
レアンが叫ぶ。
「アドラスの恋路に」
ダミアンもへらへら笑っている。
「……ティニアン王子の未来に」
俺も水の入ったグラスを持って、がちゃんと音を鳴らした。
「かんぱ~い!」
チンッ、とグラスがぶつかり合って軽い音が立つ。
戴冠式の後の夜会――パーティーというものに出るのは五年ぶりだろう。あの、婚約破棄騒動以来である。
「ようやくゆっくりできるな」
さっきまで、死ぬほど挨拶回りをさせられていたのだ。何せ俺は正式に王国騎士団長になってしまった。
マデウスも引き続き副団長として実務を一手に担ってくれているが、お飾りはお飾りなりに顔を売るべきなのである。あるいは、ヴァルモン配下にいた家とかに変なことを考えてねーだろうなと定期的に言葉を交わし圧をかける必要がある。暴力振るわなくてもそれくらいならできるぜ!
「おつかれさまでした」
「エミリーも、ついてもらって悪いな」
エミリーの実家であるシャルヴェ家は、ヴァルモンの失権に伴って没落した家の一つだ。だがエミリーは実家と縁を切っていたし、ドラゴン殺しのおかげで勲章をもらい今は騎士としての身分を得ている。魔法兵で初なんじゃないかな。
で、なぜかマデウスが王国騎士団に席を用意してくれていて、今もブレイズ伯爵邸に滞在している。今日の夜会で着ているドレスは、母上に手伝ってもらって準備したらしい。
そんなドレスを着て、俺の横に立つエミリー。
――完全に外堀が埋められている状態だ。
俺も薄々気づいてはいたよ!?母上の態度、かなりそんな感じだったし。いやいや俺がやらかしたことご理解いただいてないんでしょうかと思ったけど。母親って息子に甘い。
そして今日のパーティーでパートナーとしてエスコートしちゃったら、もう勘違いされるじゃんこんなの。流れでそうなってたけど、流されてよかったのか。本人の了解は取ってるけど。
エミリーのことを思うなら、ちゃんと話し合うべきだったのに。俺の馬鹿!ちょっと浮かれてたのは自分でもわかってます!やっぱアリなの!?明言するのが怖すぎる!幼馴染ラブコメの当事者ってこういう感じなの?!ホストとヒモとVTuberのリップサービスしかしたことないからわかんない!
いや幼馴染でもラブコメでもないんだけど。そうならばどれほどよかったでしょう、お前のせいだよアドラス。
脳みそに余裕が出てきてそんなことをぐるぐる考える俺をよそに、エミリーはシャンパングラスに入った酒に口をつけていた。辺境にはあまり酒がないし、二人で出かけるのも昼間のカフェばっかりだったから、エミリーが酒を飲んでるのは初めて見た。大丈夫だろうかとチラチラと視線を送ってしまう。
「どうしました?」
「いや……、顔が赤いから、大丈夫かと思って」
どれだけ魔獣に囲まれていても顔色一つ変えないエミリーがそんなだと、かなり心配になる。熱でもあるんじゃないかっていう。エミリーは瞬きをして、うっすら笑んだ。
「人が多いので、熱気に当てられたのかもしれません」
その台詞に、なんと返すべきかはわかる。躊躇しそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「夜風に当たりにいく?」
「いいですね」
酒で潤したはずなのに、口の中はもうカラカラだ。逆に、エミリーをエスコートする手袋の下はもう汗で湿ってきた。
ガツンと決めろ!当たって砕けろ!と脳内のレアンとダミアンがヤジを飛ばしてくる。うるせー黙ってろ。
現代日本と違って、王城のバルコニーから見える夜景は縦に広がってはいない。ただ、新しい国王の戴冠式とあって、城下町もお祭り騒ぎになっているようだった。無数のランプの光が並んでいて、人の騒ぎ声が聞こえるような気がしないでもない。いつもより明るい夜なのだろう。
それでも、喧噪はカーテンとガラスと夜空を隔てた向こう側だ。月が異様に明るく輝いていて、エミリーの白い肌に反射して光っている。
俺が立ちすくんでいると、エミリーもどこか所在なさげだった。二人で魔獣を探しているとき、あるいは街中のカフェで同じテーブルに着いているときとは違う沈黙が降りる。
「エミリー」
「アドラス様」
意を決して呼びかけた言葉は、二人同時だった。ぱちくりと瞬きをしたエミリーがまた何か言う前に、慌てて言葉を続ける。
「先にどうぞ」
「で、ですが」
「いいから」
エミリーは迷ったようだったが、小さくかぶりを振って顔を上げた。
「アドラス様。聞きたいことがあります」
「うん」
「……あなたの手紙を読んだときに、あなたは全てを知っているのかと思いました」
ああ、俺が「魔法でアドラスのことを忘れろ」とか言ったやつか。確かに、まさに体験を消したエミリーにそんな手紙を送るなんて、なんか意味があるのかと勘繰っても仕方がない。
「それと同時に、あなたに会ってみたいと思ったのです。私は、『体験』を消した日から、ずっとエレノール様に監視されていたので」
エレノール、束縛が激しすぎる女だな……。いや、これはそういう話ではないんだろうけど。
「エミリーはいつ、自分の『体験』を消したんだ?」
「あの日よりも半年ほど前です。以前から魔法は考案していたのですが、たまたまエレノール様に見つかり、魔法を使うことを強要されました」
「自分で消したんじゃないのか?!」
「自分で消しました。ですが、最後の踏ん切りがつかなかったといいますか、半ば脅される形で使うことになったのです。エレノール様は、私で魔法の効果を確かめたかったのでしょう」
エミリーが語るところによると、彼女はその後半年間自宅療養という名目で家に軟禁されていたらしい。実際、空っぽのエミリーは何をしようとも思わなかったそうだ。
つまりアドラスも半年間エミリーに会っていなかったはずだが、ミレイユに夢中で全く気づいていなかった。頭を抱えたくなる。
「レアン殿下に魔法を使ったことで、私は用済みになったのでしょう。エレノール様の監視がいなくなったところで、アドラス様の手紙が届いたのです」
「あれね……」
「そのときに気がつきました。私には両親も兄も妹も不要でした。人生で一度もあのような言葉をかけてくれる人はいなくて、それが悔しかった」
「体験」を消して、何もなくなったエミリーが初めて抱いた感情が俺の手紙のせいだったってこと!?待ってそんな大したことするつもりじゃなくってぇ!
「だからあなたに会いたかったんです。私に、ちゃんと向き合ってくれる人に」
エミリーの瞳がまっすぐに俺を見据える。
背中を丸めてうつむいていた彼女はもういない。誰からも省みられていなかった彼女はもう消えた。
アドラスが追い詰め、エレノールが凶器を握らせ、エミリー自身が胸を突いた。しかし殺人事件の被害者は死体のままではなく、こうして俺を見ている。
「過去の私ではなく、今の私を、あなたはよく知っているはずです」
それは、そうかもしれないけど。
「俺は……アドラスは、エミリーをおいて、幸せになってもいいのか」
ずっと辺境にいたのは罪を償うためだった。
まあ、エレノールに殺されないためというのもあるのだが。アドラスは許されないことをした。あの手紙を書いた以上、アドラスの中身が何であれ、やるべきことは一つだった。
「――私が、尋ねたかったことも同じです」
エミリーは静かに応えた。
「私がいなければ、アドラス・ド・ブレイズの人格が狂うことはなかった。私はあなたに罪悪感を抱いています」
「それは、エレノールのせいだ。ナイフを作っただけの奴が、そのナイフで殺された奴に罪悪感を抱く必要はないだろ」
「いいえ、あなたがあなただったからです。アドラス様みたいな人だったらどうでもよかったのに。こんなふうに思うことなんか、なかったのに……!」
声が震えて、大きくなる。息が詰まる。
「他でもないあなたが、私のせいで罪を科せられることが嫌だった!」
エミリーの手袋に包まれた手が、俺の胸倉を掴んだ。激情に潤んだ瞳が、睨み上げてくる。
「あなたはもう、エミリーのことなんか忘れてください。魔法はないけど、忘れて……」
夜風に冷やされたはずの白い頬が上気して、また真っ赤になっていた。涙が落ちる。一粒、二粒。
「……なんで、泣いているの」
呆然と呟いたのはエミリーで、俺は喉を震わせた。
「ちがう……泣いてない」
「擦らないで。会場に戻れなくなります」
「バルコニーから帰るからいい……」
くそ、礼服にはヒラヒラした飾りが死ぬほどあるのにハンカチがない。エミリーが掴んできたせいで緩んだスカーフを解いて涙をぬぐった。
「アドラス様……」
大の男が泣いているのにエミリーが困った顔をして見上げてくる。いや泣いてないんだけど。泣いてないです。鼻を啜る。
「辺境だとよかったよな」
鼻声のままだったので、マジの泣き言みたいで嫌になる。
「コンビ組んで、一緒にいられたのに。結婚が嫌だって言ったエミリーと一緒にいられた」
「でも、あなたは騎士団長になりました」
「そうだよ……。もう逃げらんねえ。廃嫡されたままでよかったのにさ。俺はアドラスだから、罪からも責任からも逃げらんねえよ」
まあ自分から首突っ込んだんだけどさ。国王が辺境に来たって、王都になんか行かず、そのままどっかの国に逃げ出してりゃこんなことにはならなくって、もしかするとエミリーと冒険者としてコンビを組み続けられたのかもしれないけど。
そうはなってないからさ。レアンのことも、マデウスのことも、エミリーのことも、アドラスのことも。『記憶』までなくしていないから。
「――でも、きみを対等な人として見るように頑張る。そしたら、まだ一緒にいてくれるか」
殺されたエミリーじゃなくて、俺の目の前にいるエミリーとして。
エミリーが、いなくなったアドラスじゃなくって、俺に会いに辺境に来たように。
俯いたらまた涙が零れそうだったが、俺よりも背の低いエミリーの顔を正面から見るためにはそうするしかなかった。
「頑張る、ですか」
「頑張ります……」
情けない宣言を繰り返されると据わりが悪くなる。俺だってね、もっとスマートにやれると思いましたよ!本命相手にこんなダメダメなことある?
エミリーは何回か目を瞬かせ、それから弾けるように笑った。
「あはは!」
腹を抱えて笑うエミリーを見たのは初めてだったので、一瞬幻覚かと思った。こんなにウケるとも思わなかったし。
目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら彼女は呟いた。
「素直な人。――あなたのことが好きです、私」
バクバクと心臓が高鳴っている。
手を取り、抱き寄せたエミリーの胸からも同じような音がした。熱い頬を合わせて、「俺も」と返すのが精一杯だった。
――正解はわからないままだ。
アドラスが幸せになっていいのかとか。エミリーと一緒にいたいだけで、彼女の一生を縛っていいのかとか。
でも、廃嫡になってからの奇跡の復活をしたわけだし。逆転のチャンスがあって、望んだのならば掴んでもいい。目の前の彼女とやり直してもいい。二人で決めたことなら、それでいいだろ。
罪と責任には諦めがつく。でも、彼女との時間を積み上げて、この言葉を引き出したのはアドラスじゃない。他でもない俺自身だ。
だったらもう、仕方ないと諦めることはできないんだから!
これにて完結です。
次話はおまけの人物紹介です。




