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廃嫡されちまったもんは仕方ない!  作者: 加上汐


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7/9

(7)フラグ、回収しちゃったじゃん。

 あの後、王城はてんやわんや大騒ぎだったらしい。

 そりゃまあ、王妃がドラゴンになって大暴れしたら大騒ぎにもなるよね。幸い死者は出ておらず、怪我人も軽傷者が何人かいたくらいで済んだらしい。え?それは俺が斬ってエミリーが凍らせた騎士?いいんだよ細かいことは!

 後始末はマデウスに任せたのでよくわからんが、一応俺が叱られることはないらしい。まあ、魔獣が出たらね。結果的に魔法兵がここにいても問題なくなる。


「で、怒らないならなんの用だよ」

 そして俺は三日くらい実家でダラダラしてたのだが、とうとうレアンに呼び出されてしまった。エミリーと一緒に。

 ブレスによる火事はレアンの部屋のあった王太子宮だけで収まりメインの建物は無事だったらしく、本日呼び出されたのは王城の別の建物の応接間みたいなところだ。王城って広いもんな。無駄にあるなと思っていた建物が役に立つ時がくるとは。

「勲章でもくれてやろうかと思ってな」

 レアンはドラゴンにビビり倒してた時とは違い、偉そうにソファにひっくり返っていた。俺もソファに座ってエミリーと茶を飲んでいる。

「勲章?お前にくれてやる権利あるの?国王どうなったん?」

「そろそろ連絡が行ってるから戻ってくるんじゃないのか。アイツもエレノールを殺したがってたから喜んで勲章の一つや二つくれるだろう」

「金になるならいいけどさあ。俺いま無職だし」

 実家の脛を、齧ってます!辺境騎士団兵の時の給料、マジで最低限だったから俺。お小遣いくらいしかもらってねえ。金がない、本当に。レアンのヒモにでもなろっかな。

 あっ、でも国王が戻ってきたらレアンってどうなるんだ?普通にクソ邪魔だろ。なんたって人間の方のエレノールを殺したのはレアンだし。

 今度はこの二人で殺し合うのかな。王族って殺伐としすぎじゃね?

「レアン、俺はレアンの味方だからな。帰ってくる前に国王殺っとく?」

「……お前、エレノールの言ってた通りなのか?」

「え?何が?」

「『体験』を消す魔法についてだよ。転生者がこんなに暴力思考なことあるか……?」

 はい?

 レアンの口から「転生者」という言葉が出るとは思わなかったので一瞬何も言い返せなかったが、すぐにわかった。

「ああ!やっぱりレアンもか!エレノールが言ってたもんな、体験消したらやっぱ前世の人格生えるんだ!」

「現代人でそれやってんのかよ!倫理観どうなってんだよ!」

「辺境で魔獣殺してたらこうなるって誰でも。へへへ」

「褒めてねえよ!」

 鼻の下を擦るとレアンに突っ込まれた。はい、わかってます。

 エミリーだけがなんの話をしているかわからないという顔をしていた。あれ、エレノールはエミリーがこの魔法を考案したと言ってたけど、わからないもんなのか?

「まあいい、お前がそうなら話は早い。もう一人呼ぶから待て」

 レアンがそう言って手をパンパンと叩いて鳴らすと、俺たちが入ってきたのとは別のドアから誰かが入ってきた。うん?見覚えがある――。


「ダミアン?!」


 思わず立ち上がってしまった。

「アドラス、久しいな。元気そうで何よりだ」

「ダミアンも元気そうじゃん。生きてたんだ」

「こっちの台詞だよ」

 元宰相の息子、三馬鹿の頭脳派ポジションのダミアンはクイっと眼鏡を押し上げる。まあ、確かに辺境に行かされた俺が一番死亡率高いか。ダミアンって平民になったって話だったしな。

「あれ、なんでダミアンがここにいるんだ?平民になったんだろ?」

「フフ……この私を舐めるなよ。平民に落とされたところで痛くも痒くもないわ!今や王室御用達のヨロズヤ商会をどうぞよろしくお願いいたします!」

「王室御用達商会!?」

 なんか商会を作ってたらしい。いや待て、ヨロズヤ?

「萬屋?!」

「やっぱりアドラス貴様も転生者だな!そうです、現代知識チートで成り上がり!これぞ王道!」

「えーっスゲー!いいなーッ!」

 ダミアンも転生前人格になってるらしい。現代知識チート羨ましすぎる、主人公じゃん!俺もやりたかった!まあやれる知識ないけど!

「お前もドラゴンぶっ倒しただろうが!十分チートだわ!俺なんか監禁されてたんだぞ!?」

 キャッキャとはしゃいでたらレアンも立ち上がって俺を指差した。まあ、確かに。辺境最強剣士の俺はチートなのかも。

「でもエレノール刺したじゃん。あれはレアンにしかできなかっただろ」

「ああ、ついに殺ったんだろ?あのナイフの使い心地はどうだった?星つけるならいくつだ?」

「殺人レビューさせるな!」

 どうやらレアンが隠し持っていたナイフはダミアンが用意したものらしい。王室御用達になってから、こっそりサポートしてたのだろう。


「あの」

 盛り上がっている俺らに静かに声がかかった。エミリーだ。

「皆さんは……本当に人格が変わったのですね?何もなくなったのではなく、他の人になったということですか」

 三人でエミリーを振り向き、レアンが咳払いをする。ああ、レアンがエミリーも呼んだのはこの話を聞きたかったからなんだろう。あと関係者のダミアンも呼びつけた理由も。同窓会じゃなかったか~。

「まあ、その通りだ。ダミアンも座れ、多分長い話になる」

「そうみたいだな」

 各々着席し、エミリーに視線を向ける。この魔法を解説してくれる人は、多分この世にエミリーしかいないのだ。

「さて、最初に前提情報の共有といこう。俺はレアン・ド・リサンドルとして生きた記憶があるが、ある時を境にレアンの人格は消えた。今の俺は現代日本に生きていた人格がメインだ」

「同じく」

「私もです」

 俺とダミアンも頷く。うん、同じタイミングで魔法を使われたっぽいな。

「現代日本とはなんですか?」

 だが、エミリーが引っ掛かったのはそこだった。確かに転生者じゃなければ現代日本なんてワード聞いたことないだろうな。

「えーと、この世界とは別の世界のことだよ」

 俺の説明にも「別の世界……?」といまいち納得がいっていないみたいだった。異世界という概念、この世界にはないっぽいしな。

「とりあえず、別人として生きた記憶があると思ってもらえばいいだろう。君もそういう理解なのだろう?」

「はい」

 レアンの言葉に、エミリーは頷く。

「そしてこの状態は、『体験を消す魔法』のせいだとエレノールが言っていたな。あいつの想定とは別の状態だと思われるが」

「はい」

「『体験を消す魔法』は、君が考案したとエレノールが言っていた。それは事実か?」

「はい」

 あの時のエレノールのセリフは揺さぶりのためかと思ったが、本当だったらしい。

「君が我々の『体験』を消したのか?」

 俺も最初はそう思ったが、それはない。辺境に来たばかりのころ、彼女は否定していたし、エレノールもエミリーが魔法を使ったとは言っていなかった。

「それは違います。私が考案したのは、あくまで『自身の体験を消す魔法』であって、他人の魂に干渉するものではありませんでした」

 人形じみた表情で、エミリーはまっすぐにレアンを見つめていた。

「私は、自分の『体験』を消しました。ですからエレノール様はこの魔法をご存じだったのです。そして、エレノール様はそれを『他者の体験を消す魔法』に改造したのでしょう」


 魔法とは、万物に干渉する力だ。

 一番簡単なのは、自分に干渉すること。肉体強化の魔法がメジャーなのは、単純に容易だからだ。

 難しいのは、自分以外のものに干渉すること。攻撃魔法がマイナーな理由の一端は、単純に難しいからだ。

 そして、最も困難かつ大きな代償が伴うのが、他人に干渉する魔法である。


「私は耐え難い苦痛を抱いて生きていました。ですから、『体験』を消すことで楽になりたかった。『体験』を消した私に、別人の人格や記憶が芽生えることはありませんでした。単純に、まっさらな第三者になったのです」

 淡々と語るエミリーに、ようやく腑に落ちた。

 エミリーはアドラスの言動に傷ついていなかったのではない。家族に蔑ろにされ平気だったわけではない。彼女は傷つき、疲れ果て、そして――「体験」を手放したのだ。

 エミリーの知るアドラスがいないように、アドラスの知るエミリーはもういないのだ。

「アドラス……」

「サッイテー……」

 レアンとダミアンが養豚場の豚を見る目で見つめてくる。俺もそう思います!なんも言えねえよ!

 しかしエミリーはもう「体験」を消している。「記憶」からアドラスがカスなことを知ってはいたが、実体験ほど深く傷つき憎悪しているというわけではなさそうだった。

「そこから考えるに、エレノール様もレアン殿下をまっさらにしたかったのでしょう。そして、自分の思うがままのレアン殿下を作りたかったのだと推察します」

「それは合っているだろうな」

 レアンが肯定するが、マジ?お前そんなヤバ女に五年近く監禁されてたの?よく正気でいられたね?

「俺が狂った――前世を思い出したのは、ミレイユが死んだ瞬間だ。エレノールは俺の目の前でミレイユの首を落としたのだ。ミレイユはずっと命乞いをしていた――エレノールのことを、姉と呼んで」

 え、エグい……。俺は親父の顔面パンチで前世を思い出したが、目の前で惚れた女が斬首された瞬間に前世を思い出すのはもはやトラウマだろ。

 だからか?レアンがミレイユの仇を討つために耐え忍んでいたのは。今のレアンがミレイユに惚れているわけではないだろうし、生まれ直した瞬間の(トラウマ)をどうにかするためにエレノールを殺そうとしていたのかもしれない。

「つまり……ミレイユはエレノールの妹だったのか?」

 ダミアンが疑問を呈す。それに答えたのはエミリーだった。

「おそらくですが、エレノール様の異母妹だったのでしょう。ヴァルモン公爵家の出身であれば、精神干渉の魔法の心得があったことにも頷けます」

「精神干渉の魔法……」

 そういや、ヴァルモン公爵家はそういうのが得意とかいう話だっけ。

「エレノール様は、ミレイユの死を以って魔法を完成させたのだと思われます。他人に干渉する魔法――それも『体験』をすべて消す魔法であれば、ミレイユの犠牲が必要でもおかしくはありません。レアン殿下だけではなく、アドラス様とダミアン様にも効果が及んだのは、お二人もミレイユの魔法の影響下にあったからなのでしょう」

 俺は王都に向かう途中のことを思い出した。

 あのとき、うっかりディアンナの首を折っちまったのかと思ったが――まさか、あいつは、俺に精神干渉魔法をかけ、そのせいで死んだのか?


「最初から全部エレノールの仕込みだったということか。胸糞の悪い話だ」

 ダミアンが全員の内心を代弁するかのように吐き捨てた。俺もエミリーと話をして想像がついていたが、ミレイユが異母妹だったとか、レアンの目の前でミレイユを殺したとか、本当に人をなんだと思ってるんだって感じだ。やっぱ魔王だったのかも。

「エミリー、君がエレノールの手先でないことは理解できた。俺たちが別人の記憶を思い出したのは、君やエレノールが想定していなかった挙動だな」

「無理やり干渉したため、何らかの防護機能が働いたのだと思われます」

「まあ、実証はできないからな。このまま闇に葬り去るしかない」

 そうね、ヴァルモン公爵家以外にそんなオソロシー魔法を使おうとするやつがいても嫌だし。伝えていかないことが一番だ。

「そういやヴァルモン公爵家って捕まったの?」

「今お前の弟が躍起になって捕まえてるよ」

 なかなか帰ってこないと思ったらそういうことになってたのか。騎士なのに警察みたいなことさせられて大変だ。いや、騎士って治安維持部隊だから当然だっけ?

 ちなみにマデウスの嫁はすでにブレイズ家の地下牢にぶち込まれている。実家でダラダラ脛かじりライフを支えてくれていたのは母上です。ありがとう母上。

「エレノールの両親はまだ逃げ回っているみたいだけどな。まあ、そろそろ捕まって――」


「殿下!大変です!」

 レアンがなんか言いかけたところで、扉がドンドンとノックされた。外で立っていた護衛騎士以外に、息の乱れた騎士が立っていた。

「まっ、街に、ドラゴンが……!」

「……」

 あーあ。フラグ、回収しちゃったじゃん。

 全員でレアンを見ると、レアンが「俺のせいじゃないだろ!?」と叫んだ。

「アドラス!エミリー!悪いが倒してきてくれ!褒賞は弾む!」

「よーし頑張っちゃうか!なっ、エミリー!」

「はい」

 エミリーも頷いてくれたので、急いで外に出る。ドラゴン退治、二回目があるとは。エレノールの親父だか母親だか知らんが、往生際が悪すぎる一族だぜ!勘弁してくれ!


 ちなみに二度あることは三度あったので、俺とエミリーは計三匹のドラゴンを倒すことになった。エレノール、エレノールの親父、そして三匹目はアレインだったらしい。悪役令嬢の義弟枠のあいつね。

 実はアレインもエレノールの異母弟で、ミレイユに心酔してたフリは俺たち三馬鹿を監視するためだったらしいんだよな。

 貴族っておっかねー!もう何も信じられなくなりそう!



「兄上が騎士団長になればいいのでは?」

 三匹目のドラゴンを倒した後、マデウスが死にそうな顔をして帰ってきた。そしてこんなことを言い出した。トチ狂ったか?

「無理だよ俺小隊も統率できなかったし。向いてない向いてない」

「今ッ!突き上げがすごいんですよッ!もーーッどいつもこいつも力しか見てない!脳筋の愚図どもめッ!」

 俺がドラゴン殺しまくったせいで、力こそすべて派閥のやつらが俺を騎士団長にしろと言ってきてるらしい。そのせいでフラストレーションが溜まっているのか、マデウスは机に拳を叩きつけて真っ二つにしていた。デジャヴ。モノに当たるのはよくないよ。

「そういやレアンも国王になれって言われて大変らしいぜ」

「ああ……陛下は逃げましたけど、レアン殿下がエレノールに立ち向かったという話になってますからね……」

「話っていうか、実際そうなんだけど」

「レアン殿下を王に……そういえば、ダミアン・ド・コルヴォーが戻ってきているらしいですね」

 あ、マデウスも知ってるんだ。

「商会を立ち上げて王室御用達にまでなったとか。そして、今ヴァルモンの凋落の隙を狙ってコルヴォー家が復権してきている……」

 元宰相家だから横のつながりもあるんだろう。……うん?

 何かひっかかったが、思い至る前にマデウスがゆらりと顔を上げて、俺を睨んだ。

「兄上、本気で騎士団長になりませんか?」

「その顔で言うことかよ!?」

「お飾りでいてくれればいいんです。私が実務を担いますから、勝手に剣を振ってドラゴンでもなんでも倒してください。兄上は今や救国の英雄ですから、騎士団以外からも絶対言われます。こんなくだらないことで精神を削るよりはこっちから大々的にアピールして名声を利用したほうがヴァルモンの排除と権力の拡大はやりやすい……」

 饒舌に語ってくるマデウス、精神大丈夫?それって俺がおいしいとこだけ持ってくやつになってない?

「マデウスはここまで頑張ってきたんだろ?お飾りとはいえ俺が団長って嫌じゃないか?」

「嫌だが!?」

「すみません」

「でもそっちのほうが楽!効率的!プライドなんか知るか!私は憤死も過労死もしたくないんだよ!なれ、騎士団長に!」

「あ、あーっす……」

 そういうことになった。

次回、最終回です。

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