(6)ヒーローにはタイムリミットがあるものだ。
実は、王城は俺の庭である。
何せ悪ガキ三人衆の一人として名を馳せていたアドラスなので、王城の隅から隅までの探検とか余裕でやっている。あ!知ってるこのマップ!前作でも探索したことある!って感じだ。いや、ラスボス戦で一番最初のダンジョンに戻ってくるやつかも。
なので、抜け道も当然知っているわけだ。レアンが教えてくれたので。先王もエレノールも、レアンが王家の秘密の抜け道を勝手にダチに教えるほど馬鹿だとは思わなかっただろうな。ははは。
「貴様!何者だ!」
……。なんで見張りが立ってるんだよ!秘密なんじゃないのかよ!?
びっくりしてる間にエミリーが見張りを凍らせてくれた。
「ぼうっとしないでください」
「ご、ごめん。この道バレてると思わなくて」
「陛下がお使いになられたのでは?」
「あー……」
ありそー。というかそれだ。王家の秘密の抜け道だもんな、そりゃ国王も知ってるわ。
「バレたしとっとと行くか」
「はい」
念のため見張ってただけっぽく、他の見張りはいなかったが、気づかれた可能性は全然ある。俺たちはダッシュで王城を駆け抜けた。
「なっ、何者だ!ぐっ!」
「おい!攻撃魔法を使う女が!」
「魔法兵か?!」
「魔法兵がなぜここに……!」
攻撃魔法の使い手の登場に、王城は大混乱だ。王国騎士団を凍らせるのは心苦しいが、弱っちい奴だけにしとけと言ったおかげか大して手間取らなくてよかった。エミリーが強くなりすぎた説はある。
ところでレアンはなんと、昔からレアンの部屋に割り当てられていた場所にいるらしかった。それって王太子の部屋だから、エレノールってば国王に喧嘩売りすぎだろ。舐められすぎてるアイツ。
まあ、居場所が知ってるところなのは助かる。最短経路で突っ切って、二階の窓をマデウスんとこと同じようにウォーターカッターしてもらってこんにちはした。
「よっ、レアン」
「……、アドラス?!」
ばっと振り向いたのは金髪の美男子。五年ぶりだから雰囲気は変わっているが、ツラの良さは変わっていない。ちょっとやつれた?ちゃんと飯食ってる?俺様感なくなってるな。
「お、お前は辺境に行ったんじゃ……」
「そうだよ。でもお前がエレノールにいいようにされてるって聞いたから」
エレノールの名前を出した瞬間、レアンの顔が歪んだ。精神干渉魔法なんてのがあるから心配していたが、今回のレアンは正気らしい。
「攫いに来たぜ、王子様」
「アドラス!我が友よ……!」
王族仕様の超豪華ベッドに座っていたレアンが立ち上がる。ちょっと無警戒じゃないかと思うが、正直都合がよかった。説得してる暇あんまないから!
――だが。
「ふふ……フフフ。誰が誰を攫うですって?」
ドバーンと突然ドアが吹き飛び、俺とレアンの間に立ちふさがった影があった。ドレス姿の美女――そう、エレノールである。
凛と背を伸ばして立つ姿に、ぞっとした。昔は感じなかったが、この女、かなりやる!魔獣と相対して鍛えられた第六感が俺にそう告げていた。ただの悪役令嬢じゃなかったのか?
「久しぶりだな、エレノール」
だが、顔に出すことはしない。以前のように声をかけると、エレノールは鼻を鳴らした。
「負け犬のアドラスに……エミリー、あなた、そんなに愚かだったかしら?残念だわ」
鋭い視線が俺だけではなくエミリーにも注がれる。まあ、エミリーはエレノールを裏切ったようなものだしな。俺は肩をすくめた。
「そりゃあこっちのセリフだぜ。あの腰抜け国王だけで満足してりゃいいのに、なんだってレアンに手を出した?」
実はこれ、結構気になっていたのだ。
だって、エレノールはもう王妃になっている。国王を追放なんかせず、最初っからちゃんと国王の子を産んでりゃ自動的に子供が王位に就くだろう。あいつが逃げ出すリスクなんてなかったはずだ。
俺の問いに、エレノールは蛇を思わせる瞳をすっと細めた。
「あんな男でわたくしが満足できると思って?わたくしが孕む種は最初からレアン・ド・リサンドルと決めていただけよ」
カツカツとヒールを鳴らし、エレノールはレアンに近づくと頬を撫でた。
……え、ええ~?つまり、エレノールってレアンに惚れてたの……?
「ようやく従順になってくれたのだもの。エミリー、あなたのおかげでね」
だが、次の爆弾発言で俺はついエミリーを振り向いた。エミリーのおかげでレアンが従順になったって、どういうことだ。
「エミリーのおかげ……?」
「あなたには効かなかったようだけど。エミリーの考案した、魂から体験を消す魔法よ」
……は?
体験を消す魔法――多分、俺が前世の人格に上書きされた原因だ。
それをエミリーが考案した?
そして、レアンも同じく体験を消されている?
脳みそが混乱すると、人間は動けなくなる。
エミリーがまだエレノールに従っているのか、体験を消したのはエミリーだったのか――そう疑ったのは事実だ。
そして、その隙に乗じて、エレノールは俺を殺そうと思ったのかもしれない。
それが実行されなかったのは――エレノールの背後から刃物を突き立てた者がいたからだ。
「が……ッ!あ、ぁ……?」
気づけば、ずるりと、糸が切れた人形のように、エレノールが倒れ伏していた。
そのおかげで、血まみれのナイフを持った手元がよく見えた。
今、この状況でエレノールを刺せるただ一人。
「ようやく隙を見せたな、エレノール」
レアンの声はぞっとするほど低かった。
アドラスの知っているレアンではない。
「な、なぜ……、レアン……」
「お前がミレイユを殺したからだよ」
ナイフを放り捨てたレアンがせせら笑った。やっぱりレアンではない。レアンはこんな笑い方をしない。
「俺が狂ったのはなあ、お前が俺の目の前でミレイユを殺したからだ!」
……なんか、愛憎ドロドロ劇場が始まってる?
知ってるやつの愛憎ドロドロ劇場ってわりと見てられないな。てかどうする?エレノール刺されたけど。この部屋の周りに騎士たちが集まってきてる気配もする。このままレアンを連れてとっとと逃げたほうがいいか?
「アドラス様」
「わかってるエミリー、退路を……」
「いえ、違います」
エミリーに声をかけられたが、彼女はただ前をまっすぐ見ていた。
「エレノール様は、死んでいません」
その言葉を聞き、俺は反射的に床を蹴っていた。手を赤く染めたままエレノールを見下ろすレアンを引き寄せて転がる。
それと、エレノールが起き上がるのはほとんど同時だった。
起き上がる、という表現は正しくなかったかもしれない。
ゴキゴキベキバキ、という、およそ人体から聞こえてはいけない音がしていた。うぞうぞと、背中の傷口から黒い靄があふれ出ていた。そこから、何かが生まれようとしてた。
「あ、アドラス、あれって……」
「魔獣だ……」
レアンに問われたからではない。
思わずそう呟いていた。
この時にはもう、吹っ飛ばされたドアの前まで騎士たちがたどり着いていたが、そいつらも呆然とエレノールの変貌を見つめるしかなかった。
美しい女の顔はもうない。蛹から羽化する蝶のように翼が生え、角が生え、絹のドレスではなく鱗のような硬い皮膚がそいつの体を覆っていた。鋭い牙とだらりと垂れた舌があり、息をするたびにちりちりと火の粉が舞っていた。
その生き物を一言で表すなら――竜だ。
「ぜ……、全員退却ーーッッ!!!」
俺はそう叫んでいた。
ドラゴン――魔獣の王。辺境でも滅多に出ない、最強格の魔獣だ。王国騎士団が敵うはずもない。
俺もレアンとエミリーを両脇に抱えてバルコニーから飛び降りた。「ぐえっ」という悲鳴がレアンから漏れる。
「どっ、どうなってんだよアドラス!」
「こっちが聞きたいわ!エミリー、エレノールってドラゴンだったのか?!」
なんか知ってそうなエミリーに聞くと、彼女は淡々と答えた。
「いえ、人間です。外法を使って魔獣の力を得たのだと思います」
「この世にはいろんな魔法があるなぁ!」
精神干渉といい、やりたい放題じゃねえか!思わず言うと、エミリーは首を横に振った。
「自分を変える力は誰にでもあります。他人に干渉するほうがずっと難しいのです」
「へ~。エレノールってそこまでして俺を殺したいんだ」
「殺したいのはレアン殿下だと思いますが」
「だってさ」
「なんでそんな余裕なのお前ら!あれなんとかできんの?!」
レアンが半泣きでドラゴンを指さす。レアンの部屋をぶっ壊しながら出てきたドラゴンはこちらを睨んでいる。口を開けてブレスの準備してる。
「エミリー、直撃やばい?」
「避けたほうが無難です」
「オッケー」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
さっきエレノールをぶっ刺したとは思えない怯え方をしているレアンを抱えたまま、ブレスが来るぎりぎりまで粘る。魔力が充填された瞬間、ブレスを避けるために地面を蹴った。
「ぎゃーー!」
「うるせえぞ馬鹿王子!」
「掠った!焦げたんだけど!」
「死んでねえんだから文句言うな!」
たしかにちょっと掠ったが、エミリーが氷魔法で相殺してくれたからそんな威力でもない。だがこの足手まといを抱えたままは戦いづらい。
「エミリー、レアンじゃなくてこっちにヘイト向けられる?」
「はい」
「よろしく。レアン、お前は適当に逃げて……、って、マデウス!」
さすがに王城にドラゴン登場!したら騎士団長が出て来ざるを得なかったらしい。マデウスがこっちにやってくるのが見えたので、これ幸いとレアンを預ける。
「兄上!これはいったいどういうことです!?」
「エレノールがドラゴンになった」
「は?!」
「倒してくる。お前はレアンを連れて逃げろ」
「兄上!!」
「アドラス!」
二人が呼んでくるが、ドラゴン退治が先だ。エミリーがなんとか攻撃をさばいてくれているが、決定打になっていない。むしろ押され気味だ。
幸い、マデウスはすぐに腹を決めたようでレアンを連れて逃げてくれた。他の騎士や貴族や使用人たちも逃げ始めているようで、周りを気にする必要はなさそうだ。王城はぶっ壊れるかもしれないが。
「ドラゴン殺すのはさすがに初めてだな。エミリーは経験ある?」
「ないです」
「じゃー、頑張るしかねえなあ」
剣を抜いて構える。さて、ドラゴン退治といきますか!
ドラゴンはクソ強く、辺境でもまれに出てくる魔獣だが、普通は辺境騎士団総出で対処に当たるものだ。ただ、こいつが厄介なのはドラゴンだけではなくほかの魔獣も引き連れてくるところなので、単品でお出しされてる今回はまだ難易度が低い。
「エレノールの仲間が魔獣になってたら面倒だったけど、それはないっぽいな?」
「魔獣になってもよいという人間はそういないと思います」
「でもほら、ここでエレノールが討伐されたらヴァルモンも終わりじゃん?」
「もとはエレノール様とはいえ今は魔獣ですから、意思の疎通はできないのでは?どちらにせよヴァルモンは終わりです」
「確かに」
エレノールにとって切り札だったかもしれないが、切った時点でもうヴァルモンは「魔獣に変化した王妃」を産んだ家になる。さすがに終わりだろう、魔獣で国を支配するとか考えてなければだけど。
まあ無理か。そこまで世紀末ではないと思う。そこまで行ったら悪役令嬢というか、魔王だ。
とりあえず肉体強化で跳び上がり、でけえ図体に切り掛かってみる。だが、硬い皮膚は剣を弾くばかりだ。闇雲にやっては先に武器がダメになりそうだ。
「駄目だわエミリー、刃が通らん!」
「足止めしてください、凍らせます」
「はいよ」
ブレスは連発できないっぽいが、鋭い爪を振りかぶられるとそれだけでも致命傷になる。だが、図体がでかいからか、かなり大振りで隙だらけだ。
なんだかちぐはぐに思えた。こういう強い魔獣というのは、たいてい頭がいい。フェイントを繰り出すとか、それくらいしてもいいものなのに、それがない。まるで戦い慣れていないかようだった。
いや、実際そうなのかもしれない。このドラゴンはたった今、エレノールから生まれたばかりなのだ。経験がゼロに等しい、赤ちゃんドラゴンといえる。
「氷よ!」
練り上げられたエミリーの魔力が、地面から凍らせる。俺はそれを避けたが、ドラゴンは避け切れなかった。足元からバキバキと凍っていく。
「ギャアアアア!」
空気を震わせる雄叫びを上げ、ドラゴンはめちゃくちゃに尻尾を振り回す。氷漬けにされたはずの脚も無理やりに動かしていた。クソッ、馬鹿力には通用しねえか!
「王城に放火ってやばいよな?!」
「すでにブレスで放火されてますが」
「一応正義の味方だからさあ……」
ちなみにブレスはエミリーが消してくれていたので延焼していない。ドラゴンが放火魔になってもいいが、俺たちは逮捕されるわけにはいかないのだ。
「うーん、刃が通りゃいいんだけどな。目でも狙うか」
こういう時に狙いやすいのが目だ。斬れば視界を奪えるし。
「エミリーはアレの準備しといて。どれくらいいる?」
「五分ほどかかります」
「早いな。了解」
お願いしている間に片目は潰したい。あと、そろそろもう一発ブレスが来そうだからそれも凌ぐ必要がある。
飛び上がってまた切りつける。空中で体勢を変えるために、魔法で作った足場を蹴った。これくらいはなんとか習得したが、苦労したんだぜ、二段ジャンプ。
「オラッ、死ね!」
俺はゲーム中お口が悪くなるタイプだったので、現実でも超悪い。狙いを定めた刺突は、瞬きよりも早かった。剣が深々と目に突き刺さり、ドラゴンが咆哮する。
もちろんこの一撃で死んでくれるわけがない。素早く剣を抜いて、暴れるドラゴンの背を走り抜けた。ついでに翼のやわらかそうなところを斬りつけると、ここはちゃんと斬れた。逃げられたら厄介だから飛べないようにしておくか。
「グギャアア!!」
翼にも神経が通っているのか、痛みにのたうち回るドラゴンはこちらに無事な瞳を向けた。がぱりと口を開けてブレスの予備動作に入るのがわかりやすすぎる。
「グアアアァアア!」
再び放たれたブレスを、さっきまでいたレアンの部屋のバルコニーまで跳んで躱す。追尾してきたので屋根までまた跳んだが、レアンの部屋は丸焦げになった。ごめん。
ブレスの継続時間はさっきと変わらなかったので、常に全力でやってるんだろう。やっぱり戦い慣れていない。後はとどめを刺す方法さえあれば――。
「アドラス様!」
エミリーの声が聞こえて、俺は一足で彼女の近くまで跳んだ。肉体強化してるから、世界記録の十倍は軽く出る。
「準備ができました!」
「サンキュー!」
エミリーが準備してくれていたのは、こういうとき――つまり、物理攻撃が通らないときのための武器だ。さっき彼女は魔法で他人に干渉するのは難しい、と言っていた。バフ的な魔法が存在しないのはそういうことなんだろう。
なので、エミリー自身の魔力で、刀を作ってもらっていたのだ。魔力を実体化したなんかすごいやつです。
たまにいるからね、物理攻撃が効かない魔獣。エミリーの超火力だと環境が破壊されるため、最終的にたどり着いたのがこれである。
日本刀なのはかっこいいからだよ。リクエストした。
うっすら透ける刀身が実体を保てるのはおよそ三分。ヒーローにはたいていタイムリミットがあるものだ。
「あとはよろしくお願いします」
「おうよ。任せろ」
エミリーもこれを作ったら結構魔力を消費するらしく、援護は望めない。でも問題ない、こいつは最強の刀なので。
――そして俺は、最強の剣士なので。
柄を握り、ドラゴンを見据える。射程距離に入れば、あとは一撃だ。
「くらえ、必殺――」
カッコつけて言ってみたが、現実に技名はない。アドリブだ。
「ドラゴンスレイヤーソードッ!!」
あっ待って、竜殺しならバルムンクとかのがよかったかも!日本刀だから天羽々斬とか!や、やり直しできない?無理かー。
でもまあ、竜は死ぬから。間違いではないよね。
ドスン、と音がして、ドラゴンの首が地に落ちる。
数秒後に地響きを立てて、山のような巨体が沈んだ。
エレノールは、死んだのだ。




