(5)たぶん指名手配されてるから。
この国は内乱できるくらいには外憂がない。てことはお隣と関係も悪くないので、何かあっても冒険者な身分を得て勝手に移住することは可能だろう。ガチで逃げるならもっと向こうの国に行ったほうがいいかもだけど。
ただ、どちらにせよ王都の状況は確認してからだ。炎上案件に頭を突っ込むようなもんだが、レアンが巻き込まれてるからな。
アドラスはレアンの側近の一人だった。あの時のアドラスが本気でレアンに忠誠を誓っていたかどうかは知らん。ミレイユというヒロインを巡るライバルでもあったんだし。
でも――エレノールに好き勝手されていい男ではない。国王はレアンの弟ってくらいであんまり関わりなかったけど、レアンはダチだからな。見捨てるのは寝覚めが悪い。
辺境から王都へは、馬で駆ければ一週間ちょっと。普通は馬車で移動するもんだが、今回は急ぐ必要があるわけで。
馬は団長の許可を得て――名目上は俺たちが勝手に盗んだことになっているが――拝借できたので、それぞれ手綱を握っていたんだが。
「待て!」
追っ手が来るのが早すぎるだろ。辺境騎士団を出て半日も経たないうちに追手がかかった。
国王に監視がくっついていたのか?いや、最初から俺の監視かも。立ち塞がる人影は三つ。フードをかぶって顔は見えないがどれも背が低い――声からしても女か?
残念ながら騎乗しながらの戦闘には慣れていないので、俺は降りて相手を見つめた。
「なんか用?」
「アドラス・ド・ブレイズ。辺境から逃げられると思うな」
やっぱ俺の監視かー。剣を構える。
「悪いが相手をしてる時間はないんだ。デートのお誘いはまた今度にしてくれ」
ただでさえ今は逃避行中なんだから!あっ、後ろでエミリーが呆れてる気がする!
「相変わらずだな!」
一人は剣士、一人は弓使い。もう一人は魔術師か?魔法兵待ってんのかよ、エレノールのやつ。辺境騎士団だから紛れ込ませられただけかもしれないが。
これ以上下がるわけにはいかないので、こちらから剣士に斬り込む。数回打ち合っただけで分かった。
――なんだ、実力を隠してたわけじゃなかったのか。
「甘いぞ、ディアンナ」
「……ッ!」
エミリーが魔法で突風を吹かせる。フードが煽られ、剣士の顔があらわになった。思った通りの顔がそこにあり、俺はため息をつきたくなった。エレノール、マジでしつこい。
「気づいて……っ」
「いや、お前がエレノールの手先ってのは今知ったけど。ハニトラされてたかー。実際一度はうまく行ってるからなあ」
ミレイユにメロメロ骨抜きにされたアドラスを見たら余裕だと思っただろう。しかし、刺客はディアンナだけではない。あとの二人はセシリアとマーガレットだろうな。返せよ俺のモテ期!モテてもしゃーないんだけども!
ひとまずディアンナをごり押して剣を弾き、その間に残りの二人はエミリーの氷魔法で凍らされていた。弓使いは魔法避けるの大変だろうし、魔術師もエミリーの魔法に対抗する腕はなかったっぽいな。
ディアンナを組み伏せて、俺は彼女の体をまさぐった。エッチなやつじゃないよ、他に武器がないか確認してるだけだよ。信じて。
「で、どうしよっかこれ……」
「斬り捨てればいいのでは?やりづらいなら凍らせておきます」
「えっ、エレノール様には言わないから!アドラス!殺さないで!」
じたばたと暴れながらディアンナが懇願してくる。いや、言うだろ。まあこいつらだけだとは思わないから、俺たちが辺境を出たことはそのうち伝わるだろうけども。
そうしてディアンナが俺を振り向いて目を合わせてきた瞬間、くらりと頭が揺れた。
「……あ?なんかやったか?」
ディアンナの首根っこをひっつかみ、指を喉まで回す。かはっ、とあえぐ音がした。
「ぁ、が……っ」
「精神干渉系の魔法だと思います」
「え、そんなんあるの?こえー」
「今までも彼女たちから軽いものをかけられていたと思いますよ。魔法の痕跡がありましたから」
「そうだったの!?言ってよ!」
「大事ではありませんでしたから。彼女、死にますよ」
「あ、やべ」
ディアンナの顔色がすごいことになってた。慌てて手を放そうとしたが、首が絞まっていたわけではなかった。ディアンナはもう息絶えていた。うっかり首折っちゃったか?
とはいえ、魔法をかけたってことは、向こうもそのつもりだったのだろう。しかしエレノールの手先のディアンナが精神干渉魔法を使ってきたってことは、ミレイユもそうだったんだろうな……。アドラスがちょっと不憫に思えてきたが、モラハラは本人の気質なのでやっぱりクソだな。うん。
とまあ、途中で襲撃に遭いつつ、一週間で王都に無事到着した。
ひとまず向かう先はアドラスの実家、ブレイズ伯爵家だ。
マデウスと母上とは一応手紙のやり取りはあるのだが、あんまり頻繁ではない。最近は年一の近況報告だけだし、それも半年以上前だ。今、ブレイズ家がどうなっているかはよくわからん。
ついでに言えば、マデウスの嫁はヴァルモンの派閥だ。うっかりアドラスが帰ってきましたよとは言えない。エレノールにバレたら死ぬ。なので顔を仮面で隠して道場破りのノリで突入することにした。仮面は露店で買った。
「たのもーーッ!!!!!」
「何奴!?」
「ここがかのブレイズ伯爵家であるな!?私は辺境最強の剣士!!ぜひ手合わせ願いたい!!!!」
ちなみに、この手の道場破りというか、挑戦者は、アドラスがいたころのブレイズ伯爵家では日常茶飯事だった。門番も心得ていて、道場破り用の、一番外の訓練所に案内してくれる。道場破り用ってなんだよな。
もちろん相手してくれるのは現当主であるマデウスではない。ツルッパゲ卿でもなかったが、見覚えのある騎士だった。一回負けたことある。ツルッパゲ卿より強いやつだったので、マデウスはちゃんと部下を使えてるっぽいな。今の状況だと喜んではいられないけど!
とはいえ、俺も辺境最強の剣士だ。一度負けた相手に二度負けるなどありえない。
ちなみに騎士団と言ってるけど、王国騎士団と違って辺境騎士団で騎士の称号を持っているのは貴族出身の上澄みだけだぜ!一兵卒からの叩き上げの俺は当然ない。魔法兵も騎士になれないのでエミリーも騎士ではない。
てなわけで、勝ちました。イエーイ。最強イエーイ。
「なかなかの強者とお見受けする。名前はなんだ?」
「ど、道場破りだ」
考えてなかったので適当に答えたら「ドドー・ジョ・ヤブリ殿か」と頷かれた。草。
「騎士団長殿にお会いすることはできるか?」
「騎士団長閣下はご多忙でな。だが、ドドー殿ほどの腕であれば歓迎されるだろう。しばし滞在されるがいい」
「かたじけない」
武士のノリで答え、エミリーは妻ということにして連れ込んだ。本当にあるんだ、ラブコメあるあるの女性を妻とか恋人とか偽るやつ。しかも実家で。
それはさておき。
一度敷地内に入ってしまえばあとは余裕よ。顔が見られると正体がバレるので、短期決戦だ。
「やっぱうちのセキュリティってガバガバだな」
夜を待ち、エミリーを連れてひょいひょい建物を登っていく。俺、当主の部屋がどこかくらいわかりますからね。余裕よ。
「アドラス様ほどこのお屋敷に詳しい方はそういないと思いますが」
「確かに。あ、まだ起きてそうだなマデウス」
寝室にはまだ明かりがついている。音を立てずにバルコニーに着地し、エミリーのウォーターカッターで窓を切る。割るより静かに済みます。強盗として生計立てれる。
準備が完了したら一気に突入だ。夫婦のお楽しみタイムだったらクソ気まずいが、運よくマデウスは一人だった。よかった、弟のセックス見る羽目にならなくて。
「な……っ!?」
「ようマデウス、久しぶり~」
声をあげさせないように速攻組み伏せ、口を塞ぐ。顔を覗き込むとマデウスは目を丸くしていた。
「お兄ちゃんでーす。本物だよ」
「ッ!――ッ!」
「あ、あんまりでかい声出さないで。俺たぶん指名手配されてるから、エレノールにバレたら殺される。おっけー?」
マデウスが頷くので解放してやる。少し咳き込んでからマデウスはこっちを睨んだ。
「辺境から来たとかいう食客、兄上でしたか……!」
「あ、聞いてた?」
「はい。で、何ですかいきなり襲撃してくるとか……」
お、マデウスは国王が辺境に来たことは知らないな。エレノールに信用されていないのかな。ヴァルモン派閥の中枢にはいないらしい。
「それなんだけど、今国王がどこにいるか知ってる?」
「っ!何か知ってるんですか?!」
「シッ、静かに」
国王が不在なのは把握してるか、さすがに。マデウスは一瞬いきり立ったが、はっと気づいたようだった。
「ま、まさか辺境騎士団に……」
「そのまさかだよ。国王が来ちゃって、とりあえずふんじばっておいたわ」
「陛下に何をしてんですかっ」
しょうがないじゃん、馬鹿なんだから。
「だってあいつ、辺境騎士団を使ってエレノールを討とうとしてたんだぜ?さすがに困る」
「まあ、それは……」
「エレノールも国王が辺境行くほど馬鹿だと思ってなかったかもだけど、そろそろバレてる。あいつ消されたらレアンが立つってマジか?」
「そこまでご存じですか。ええ、おそらくそうなります。レアン殿下もティニアン殿下が立つまでのつなぎだと思いますが」
ティニアン?ああ、エレノールの生んだ王子か。そうしたら完全にヴァルモン王朝完成ですね。王朝の使い方が正しいかは知らんが。あれも王族の血が入った公爵家だし、乗っ取りの正当性がないとは言えない。
「レアンはまだ塔にいるのか?」
「いえ、最近は塔から出ておられます。陛下の体調が思わしくないことが続いたので、王家の血統のためと議会で決議されまして」
「毒殺か」
「陛下も気づいて逃げたんでしょうね」
「哀れ~。じゃあレアンの居場所、教えて」
俺がストレートに切り込むと、マデウスはぐっと歯を食いしばった。
「レアン殿下を殺すつもりですか」
「えっ」
決死の覚悟というツラでそんなことを問われて、びっくりしてしまう。
「いやいやいやなんで俺がレアンを殺すんだよ!逆!助けるんだよ!」
「陛下から言われて来たのかと……」
「なんで俺があの馬鹿の言うこと聞かなきゃいけないんだよ。あれは団長にお任せしましたー。あ、俺もう辺境騎士団兵ですらないんだわ」
報連相は大事だからね。念のためお伝えしておくと、マデウスはぐう、と唸った。
「レアン殿下を助けるためとはいえ、一人で王城に殴り込みに行くのは死ぬのと同義です。陛下が辺境にいるのなら、我々が辺境にお迎えに上がり、大義名分を以ってエレノール妃を討つ……そのほうがいいのではないですか」
「お前、王国騎士団の何割を信用できんの?」
「……」
黙っちゃった。
「ついでに嫁を切り捨てることになるけど」
「あれはまあ、いいです」
「は、薄情~!」
「子供もいませんから」
いないんだ。俺、まだ伯父さんになれないんだ。結婚できないから伯父さんになることでしか子供にお年玉をあげられないのに。かわいいよね、親戚のガキ。お年玉で二万あげたら姉貴にキレられたけど。
まあそれはどうでもよくて、マデウスは肉親である親父も切り捨てたからね。結婚しただけの他人なんてどうでもいっか。
「まあまあ、お兄ちゃんが頑張ってエレノール殺してレアンを助けてくるからさ」
「……兄上がエレノール妃に私の裏切りをタレ込む心配だけはしなくていいか」
「そゆこと」
「でも、死ににいくのはどうかと思います」
「どうせエレノールにバレて殺されるか俺が殺すかなんだよ。じゃあ殺す。とっとと殺したほうが都合いいんだろ?なんか政治やばいらしいじゃん」
「そこだけ急にふわっとしてるなこの兄」
ごめん、政治わかんないんです。でも国が荒れてるな~ってのは思ったよ、王都に来るまで野盗にめっちゃ襲われたから!もしかしたら追手かもしれんが。どっちでも嫌だよこんな国。
「心配しなくても俺は死なないから大丈夫だよ。最強だし」
母上に言ったように言ってみると、マデウスは頭を抱えてしまった。
「またなんか言ってる……」
「あとエミリーもいるし」
「……、は?!」
気づいてなかったのかよ、バルコニーに潜んでもらっていたけども。




