(3)美少女の笑顔は健康にいい。
辺境とは、魔獣と戦う最前線である。
ファンタジーあるあるの設定だ。この国の国境は魔獣が湧き出る森と接していて、辺境騎士団は常に魔獣とバトっている。そんな騎士団に一兵卒として放り込まれた俺は、日々魔獣との戦いに身を投じて――
――いなかった。
「おせえぞ新入り!」
「すみませんッ!」
「手入れがなってねえ!」
「すみませんッ!」
「飯がまずい!」
「すみませんッ!」
雑用係だよ、新入りなんてよぉ!
便所掃除から武器の手入れから飯作りまで全部やらされる!そのうえ訓練でゲロ吐くまで走らされて立てなくなるまで素振りさせられる!騎士団というか、軍隊である。
とはいえ人格否定ブートキャンプはなかったから、思ったよりマシだ。軍隊と言えば人格否定じゃない?(偏見)
上下関係がそこまで厳しくないのは貴族階級があるからかもな。俺がもうちょい聞き分けなかったらやばかったかもしれないけども。
それに元貴族というだけでやや配慮はされていた。腫物に触るような扱いというのが正しいが。
一応ローテーション組んで雑用やらされるんだが、俺と仲良くしようというやつはいなかった。部屋も一人部屋だし。実家の部屋の二十分の一くらいだけど。独房かよ。
そんな感じで、日々ゲロりながらぼっちライフを送っていたのだが。
「大丈夫ですか?」
今日も今日とて訓練場の片隅で屍になっていると、珍しく俺に声をかけてきた人物がいた。しかも女の子の声。思わず口元をぬぐって飛び起きると、目の前にいたのは美少女だった。
というか、元婚約者だった。
「え、エミリー?!」
「はい、エミリーです」
「な……なんでこんなとこに!?」
幻覚?ぼっちすぎる日々に縮んだ脳みそが見せた幻覚か?
「幻覚ではありません」
口に出てたらしい。
「私は今、辺境騎士団の上級魔法兵として雇用されていますので」
「な、なんでぇ……?俺を殴りに?どうぞ……」
今なら殴り放題です。頬を差し出すと、エミリーはうっすら微笑んだ。笑ってないやつ。
「あなたを殴るためではありませんが、あなたのせいでここにいます」
「ど、土下座したほうがいい?」
土下座文化あったっけ、この国。エミリーは小首を傾げたが、そのまま続けた。
「あなたの手紙を読んだので」
あ、アドラスはモラハラクソという手紙、読んだんだ。燃やされなかったらしい。
なんで手紙を読んだらこんなところに魔法兵としてやってくることになるのかは謎だし超気になるが、俺はこれから便所掃除だ。正直エミリーと話している時間はない。
「ご、ごめんエミリー、俺まだやることあって。殴るのは後でいいですか?」
「殴りませんが、今は都合が悪いんですね?夕食後に時間をいただけますか?」
「はい」
「では、またあとで」
そう言い残し、エミリーは颯爽と去っていった。え、ていうかエミリーあんなに背が高かったっけ?しゃべり方もあんなだっけ?
惚けてしまったが、惚けている時間はない。「新入りィ!何してる!」と怒鳴られ、俺は慌てて便所掃除に向かった。
騎士団の飯はまずいが、理由は二つある。食材が悪く、作る奴の腕が悪い。
ただ、夕食だけは別だ。朝昼は戦場での調理を学ぶために騎士団兵の新入りが作るが、夕食は食堂で本職の方が作ってくれるからだ。飯がまずいとやる気出ないからね。一食くらいはまともな飯を与えてくれてありがたい。
だが、俺はエミリーに会うため、食事を抜いて風呂場に向かった。風呂場はクソ混んでいるし下手な時間に行くと謎の騎士団内派閥により占拠されていて追い返されるのだが、夕食時が唯一空いているのだ。
時間をかけずに汗と泥とゲロと便所臭を抜くためには空いているときに行くしかない。エミリーに会うのに不潔で嫌われたら死ぬ。もともと嫌われていますけどね?!
エミリーは上級魔法兵と言っていたので、一般兵士とは別の食堂にいるのだろう。上級兵、とくに上級魔法兵はほとんど貴族だ。魔力がたくさんあるのは貴族だからな。宿舎も風呂も別だろう。特にエミリーはご令嬢だし。
「アドラス様」
夕食後に会うとは言っていたが、どこと指定されていなかったので、どうしようかと一般兵士用の食堂の外をうろついていたら、エミリーに声をかけられた。
「ど、どうも……」
き、気まずい。マジで合わせる顔なくて今どんな顔したらいいか分からないの。助けて。
「少し歩きませんか?」
「ハイ……」
言われるがままについていく。このまま暗がりに引きずり込まれて待ち構えていた屈強な男どもに袋叩きにされたらどうしよう。それか、攻撃魔法ぶっぱなされたら……。魔法で肉体強化して避ければいけるか?でも殴ってもいいって言っちゃったしな。避けるとアレかな。耐えられるかな。
「そんな身構えなくてもかまいませんよ。殴る気はありません」
「じゃあやっぱ魔法?!」
「魔法をあなたにぶっぱなす気もありません」
俺の命日ではないらしい。よかった。
エミリーは俺を振り向き、目を細めた。
「あなたの手紙を読んで、思ったのです。これは絶対にアドラス・ド・ブレイズが書ける手紙ではないと」
「まあ、親父に殴られて人格おかしくなっちゃったんで」
「そう聞きました。なので直接見に行こうとここに来たのです」
「……」
マジ?
エミリーってそういうタイプだったっけ?!行動力有り余ってない?!
「騎士団兵になれば結婚しなくていいですし、ちょうどいいかと思いまして」
「ちょうどはよくなくない?俺、シャルヴェ伯爵に殺されない?」
結局俺のせいでエミリーの人生めちゃくちゃになってるよ!シャルヴェ伯爵も激おこだろ!死んだ。
「私はもともと結婚願望がありませんから。アドラス様のような男に付き合わされたせいもありますが」
「すみません……」
「あなたが責任を感じるのは結構ですが、あなたに全く関係なく、魔法兵になるのは夢でした。あなたが嫌がるので研究をしているという言葉にとどめましたが、実は私、攻撃魔法が好きなので」
エミリー、俺の思ってたようなか弱い人ではなかったらしい。
「私のことを貶す人は人生に不要ということだったので、両親や兄や妹は不要と思いました。私は全部捨てて、好きでここにいます。楽しいですよ、魔法をぶっ放すの」
ドアマットヒロインだったのかよ、エミリー。そりゃ笑わんわ!そしてアドラスはそんなことにも気づいていなかったのかよ!
それにしても母上といい、たくましいな、みんな……。俺の手紙は完全におせっかいだったようだ。おせっかいであったほうがいいんだけどさあ。
実際、エミリーはかなり攻撃魔法に長けているらしかった。
森の中で派手な爆炎上げたり爆発させたりとかはできないから、使うのは水や氷の魔法がメインらしい。俺は攻撃魔法に適性がないのでいまいち詳しくはないが、まあそれはえらい威力なのだとか。氷に魔獣を閉じ込めるとか、水で地面をぬかるませて一網打尽にするとか。
俺も半年経てば小隊に配属されて前線で戦うことになったので、その威力を目の前で知ることは多々あった。いやー、攻撃魔法ってかっけーよな。ロマンだわロマン。一人で戦況を変える力があるのって英雄じゃん。俺も使いたかったわー。え?赤は中途半端だからやめとけ?だからロマンだって!
「おつかれー」
「おつかれさまです」
そしてなぜか、俺はその後エミリーと定期的に会っていた。
理由としては、エミリーもぼっちらしい。俺は小隊のメンツとちょっとだけ仲良くなっていたが、エミリーは上級魔法兵で、指示系統は指揮官の直下だ。つまり隊の仲間はいない。魔法兵にはほかに貴族家出身のご令嬢はおらず、貴族家出身の男性陣にはなぜか遠巻きにされているらしい。
「なぜなのでしょうか?」
「さあ?でも貴族の野郎が貴族の令嬢に近づくのって結婚目当てだからってことにならんか?」
「私と結婚してもメリットありませんから、勘違いされたくないのでしょうか」
「そ、そこまでは言ってない」
エミリーはマジで実家との縁を切っているらしい。なので結婚してもメリットがないと言い切るんだろう。
思い切るなあ、俺だってなんとなく実家とやり取りあるのに……。悪役令嬢断罪逆転物語でついでのように救われるだろうドアマットサブヒロインが、なんでか家出して魔法をぶっ放している。そういうパターンもあるのか。
「まあ、今更結婚して家庭に入りたくはないのでいいのですけど。女性の魔法兵にも遠巻きにされていて、友人ができないのは悲しいです」
「エミリー美人だし上品だから騎士団の叩き上げは近寄り難いんじゃないか?」
「もう少し下品になるべきと?」
「言い方。フランクというか、砕けた感じがあればいいってこと。まあ、エミリーはそのままで魅力的だから、今のままのエミリーが好きな人と付き合えればいいと思うけどな」
エミリーから薄幸そうな雰囲気は薄れ、クール系美少女になっている。負けヒロインも好きだけど、クール系美少女も全然好き。アドラスは惜しいことしたよ、ほんとに。
「今のままの私ですか。今の私、昔の私と結構違いますよね?アドラス様はそれでもいいんですか?」
「え?もちろんいいと思う。エミリーが変わったのは自分がやりたいことやれてるからみたいに思うしさ」
俺はエミリー全肯定botなので、全肯定します。するとエミリーが嬉しそうに笑ってくれる。くぅ〜!これこれ〜!美少女の笑顔は健康にいい。
「あれっ、アドラス!」
本日は騎士団がある街のカフェで会っていたのだが、テラス席に座る俺たちに声をかける者がいた。俺と同じ小隊の紅一点、ディアンナだ。
「こんなところで偶然……、って、シャルヴェ上級魔法兵殿?!」
「こんにちは」
ディアンナはわざとらしいくらいにエミリーに驚く。いやこれわざとだな。
対してエミリーは普通に挨拶をした。ディアンナがぺこぺこと頭を下げる。
「す、すみませんお邪魔してっ!あ、アドラス、シャルヴェ上級魔法兵殿と知り合いって本当だったんだね……っ!」
噂になってんのか?まあ、知り合いではある。しかしディアンナはこれまたわざとらしいくらい俺に近づいて耳打ちしてくる。
「あ、あんまり怒らせない方がいいよっ!じゃあねっ!」
「お、おいディアンナ……」
「失礼しましたっ!」
ディアンナは脱兎のごとく走り去る。俺はそれを見送り、エミリーに向き直り、肩をすくめた。
「ごめん、ディアンナ俺に惚れてるから敵意剥き出しだわ」
貴族相手ってわかってて喧嘩売るなんて胆力あるな。エミリーは基本エミリー上級魔法兵って呼ばれてるから、家名のシャルヴェを出してるのは当てつけだろう。
「わかりやすい人ですね」
「何がいいんだろうなー、俺の。顔か?」
「あなた、ずいぶん紳士的になりましたから、そういうところでは?」
「顔も内面もイケメンになったらモテるのは当たり前か……」
鼻曲がってもアドラスは結構イケてる面をしている。あとディアンナは平民だし、俺が辺境にいる理由を知らないんだろう。貴族なのは察してそうだから、玉の輿狙いか?潔くてよろしい。
「ああいう人が好みですか?」
「うーん。まあ、かわいいとは思う」
それこそ子うさぎみたいな女の子だ、ディアンナは。
……俺、女の子の悪口言えないんだよな。前世ホストだったからさ。お客の女の子の悪口言うと、箍が外れるというか、本気で嫌になる。だが言わなければギリギリ耐えられる。そういう感じ。
そんなに厄介な客はそういなかったし、そのうち超金持ちのお姉様のヒモになったからずっとホストやってたわけでもないが。
しかしディアンナは純情そうなところもあるし、遊び相手には向いてない。俺って結婚するには厄介な身分だからガチにはなれないんだよな。ごめんなディアンナ。色街のお姉さんしか相手できないんだわ。
「俺は結婚できる立場じゃないし、勘違いさせるのもよくないよな」
「そうですね」
「ちゃんと振らねえとなあ」
面倒だけど本当にちゃんとやっとかないと面倒なことになりかねない。俺、一応罰としてここにいるんで、よっぽどの理由がないと逃げ出すのはまずいのだ。反省してますムーブはしとかないと。地獄の果てまでエレノールが追いかけてきて殺されるかもしれん。
「不思議ですね。昔のあなたならあのような女性に鼻の下を伸ばしてデレデレしていたでしょうに」
「その節はご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。申し開きのしようもございません」
「謝ってほしいわけではありません。いまだに奇妙に思えるだけです。あなたが本当に狂ったということが」
エミリーの言葉を額面通り受け取っていいのかわからないが、確かに彼女は前世注入後の俺とアドラスとの差を一番感じる人物だろう。
「どうして狂ったのです?」
「親父に殴られたから」
「そうではなく。何か、魔法を使われて意志を捻じ曲げられているのではありませんか?」
怖いこと言うじゃん!
「そんな魔法あるの?」
「この世の万物に干渉するのが魔法です。非常に高度と考えられますが、ありえないこともないかと。あなたも魔法に長けた私であれば、嫌な記憶を消せるのではと提案していたでしょう?それと似たようなものです」
あの時の俺、魔法は万能だと思ってたから適当に書いたんだけど、あり得るんだ~。嫌なフラグ回収するな。
「でも俺は人格狂う前の記憶はちゃんとあるよ」
「人格……あなたは人格が狂ったと言いましたね。では人格だけ消す魔法ですか」
「か、可能かなぁ~?」
「そもそも人格が何によって形成されているか、というのを論じなくてはなりません。記憶なのか、体験なのか、素質なのか」
さすがエミリー、魔法に長けているだけあり詳しい話ができるらしい。
そう考えてみると、俺はアドラスの記憶はあるが、どこか他人事だ。失ったのであれば体験なのかもしれない。当事者意識というやつだろうか?
まあ、体験を失う魔法があったとして、前世が生えた理由はわからないが……。体験をデリートしたら魂みたいなもんからサルベージするとか、そういう仕組みなのか?人体。知らなかったぜ。
「でもそうすると、俺に魔法をかけたやつがいることになって怖いんですけど」
「心当たりは一つしかないのではありませんか?私ではないので」
これでエミリーが犯人だったら怖いよ。人格消失魔法の経過観察のために家出したの?ってことになるから。マッド魔術師のかた?
それはさておき、エミリーを犯人リストから消去すると、名前は一つしか残らない。
「まあ、エレノールだな……」
悪役令嬢様です。
さて、悪役令嬢ことエレノールだが、今は無事王太子妃の座に収まっている。
第一王子のレアンが廃嫡になり――噂によると王宮の塔に閉じ込められているらしい――第二王子が王太子になった。その妻だ。
エレノールの実家のヴァルモン家は今が一番ノリにノっていて、我がブレイズ家は一応無事だが、宰相コルドヴォー家は降爵された。今は伯爵家だし、ダミアンの親父は引退したし、ダミアンは平民になったらしい。
ついでに国王陛下の勢力を今ヴァルモン家が削ぎまくっているから、そのうち玉座でも交代劇が起きるだろう。
ちなみに悪役令嬢の義弟・アランの消息は一切聞こえて来ず、怖い。まさか、こ、殺されたのか……?姉に逆らうから……。
「恨まれてますね」
エミリーはそういうが、個人的な感想は以下。
「苦しんで死ぬ魔法じゃなくて、よかった~!」
「確かに、ヴァルモン家は精神干渉系の魔法に長けていると聞きます。やろうと思えばもっと悪辣な方法で意識をコントロールできたかもしれませんね」
「違法じゃない?それ」
「違法ですが、今やエレノール様は王太子妃。王妃になれば、どうなることやら……」
「……」
まって、これ、結構笑えない話なの?!
悪役令嬢断罪逆転物語だと、悪役令嬢ってだいたい悪く言われてても全然そんなことなくて、実家ごと断罪されるパターンでもだいたい冤罪で、悪役面してても実際は超慈悲深くて清廉潔白勧善懲悪ホワイト企業一家なんじゃないの?!ガチの悪役?!聞いてない!
「……、怖い話していい?」
「どうぞ」
「さ、最初からエレノールの策略だったりする?これ……」
誰かに聞かれたらヤバすぎるので超小声で尋ねると、エミリーは目を細めた。
「現状は、都合がよすぎますからね」
聞きたくなかった!!!!




