偽装の余白【第2章:栄光と沈黙】
遥の声が完全にかき消され、神谷の栄光が社会的に確定してしまう…
2025年9月28日、東京・六本木の美術館ホール。
装丁大賞の授賞式は、華やかな照明と拍手に包まれていた。
壇上に立つ神谷圭吾は、黒のスーツに身を包み、落ち着いた口調で語った。
「この作品は、私の中で長く温めてきた構想を形にしたものです。
余白とは、沈黙ではなく、語りかける空間だと私は思っています。」
会場は拍手に包まれた。審査員の一人はこう評した。
「神谷氏の装丁は、言葉のない詩だ。
まさに芸術の域に達している。」
その頃、遥は自室のベッドに座り、スマートフォンの画面を見つめていた。
授賞式のライブ配信。
神谷の言葉。審査員の称賛。
そのすべてが、遥の胸を締めつけた。
彼女は、文化祭で展示した自分の作品を見返した。
神谷の装丁と、寸分違わぬ構成。
それでも、誰も信じてくれなかった。
大学では、彼女の話題は避けられていた。
「まだ言ってるの?」という視線。
「もうやめたほうがいいよ」という忠告。
出版社からの再返信は、さらに冷たかった。
「弊社としては、著作権侵害の事実は確認できません。
今後のご連絡はご遠慮ください。」
遥は、声を上げることをやめた。
SNSのアカウントも削除した。
友人との連絡も絶った。
佐伯遥の日記(2025年9月30日)
|神谷圭吾が賞を取った。
|私の作品で。
|でも、誰もそれを知らない。
|私が言っても、誰も聞かない。
|作品は、私の命だった。
|それを奪われて、私は空っぽになった。
|もう、何も描けない。
|何も、語れない。
10月2日、遥は大学を欠席した。
その翌日、彼女の訃報が大学に届いた。
自宅で静かに命を絶ったという。
学内は一時騒然としたが、やがて沈黙に包まれた。
「繊細な子だったから」
「精神的に不安定だったのかも」
そんな言葉が、彼女の死を曖昧にしていった。
神谷は、訃報を聞いても何も語らなかった。
ただ、次の仕事に取りかかっていた。
(つづく)