偽装の余白【第1章:声なき告発】
著名な装丁家・神谷圭吾は、ある美術大学の文化祭で目にした学生・佐伯遥の作品に強く惹かれ、無断でそのデザインを自身の仕事に使用し、装丁大賞を受賞する。遥は盗用に気づき訴えるも、証拠不十分とされ、SNSで誹謗中傷を受け孤立。やがて精神的に追い詰められ、自ら命を絶つ。
週刊誌記者・三浦拓真は遥の死に疑問を抱き、調査を開始。文化祭の映像や証言をもとに神谷の盗用を突き止め、記事として告発。神谷は過去の疑惑も再燃し、業界から追放される。
遥の遺稿と作品は社会に再評価され、彼女の声はようやく記憶として残される。創作の尊厳と、奪われた声の重みを静かに問いかける社会派ミステリー。
2025年9月14日。
神保町の書店で、佐伯遥は偶然一冊の本を手に取った。
表紙を見た瞬間、息が止まった。
それは、文化祭で展示した自分の作品だった。
余白の取り方。
文字の配置。紙の質感。
すべてが一致していた。
だが、そこに彼女の名前はなかった。
代わりに、神谷圭吾の名が記されていた。
遥は震える手でスマートフォンを取り出し、表紙を撮影した。
文化祭での展示写真と並べて見比べる。違いはなかった。
翌日、大学の指導教員に相談した。
展示記録を確認してもらうが、「証拠としては弱い」と言われる。
神谷圭吾の名は業界では知られた存在。
軽々しく疑う空気は、遥をさらに孤立させた。
出版社にもメールを送った。返信は簡潔だった。
|「ご指摘の件につきましては、著作権上の問題は確認されておりません。」
遥は、SNSに投稿することを決意する。
文化祭での展示写真と、書店で撮影した表紙を並べて投稿した。
最初は共感の声もあった。
だが、すぐに風向きは変わった。
|「売名行為では?」
|「神谷先生に嫉妬してるだけ」
|「証拠が曖昧すぎる」
遥のアカウントには、罵倒と嘲笑が溢れた。
大学の友人たちも距離を置き始めた。
展示室で見た神谷の姿を思い出す。
スマートフォンを構えていた彼の目は、冷たく、何かを計算しているようだった。
佐伯遥の日記(2025年9月21日)
|私の声は、誰にも届かない。
|作品は、私の命だった。
|それを奪われて、私は何になればいいの?
|「証拠がない」と言われるたびに、私の存在が否定されていく。
|でも、私は確かに、あの作品を作った。
|それだけは、誰にも奪えない。
(つづく)