ゆきちゃんが鯛めしを食べる話
お正月の3日目になって、おせち料理もおもちもすっかり食べてしまったゆきちゃんに、おばあちゃんが言いました。
「ゆきちゃん、今日のお昼ごはんは、みんなで鯛めしを食べに行こうね」
ゆきちゃんは、鯛めしを食べるのははじめてでした。だから、ちょっとどきどきします。鯛めしって、おいしいのでしょうか?
お昼近くになって、ゆきちゃんは、おばあちゃんやおじいちゃん、お父さんお母さん、やすあきおじさん、やすあきおじさんの奥さんのかずみおばさん、たけひろおじさんと、鯛めしのお店に出かけました。
おじいちゃんが、「ここの鯛めしが一番おいしいんじゃ」と言ったのは、商店街の中の料亭です。おばあちゃんやお母さんと一緒に何回も来たことがある商店街でしたが、料亭に行くのははじめてです。
いつもにぎわっている商店街は、今日はなぜか歩いている人が少なくて、しんとしています。お正月だからか、お休みしているお店も多くて、シャッターがたくさんおりていました。お気に入りのおもちゃのお店も閉まっていたので、つまんないなとゆきちゃんは思いました。
商店街の真ん中あたりで、
「ここよ、ここよ」
と、先頭を歩いていたおばあちゃんが立ち止まりました。そこは何の看板も出ていなくて、小さな木の扉だけのお店です。ゆきちゃんは何だか変なお店だなあと思いましたが、
おばあちゃんは自信まんまんに扉を開けて、階段を登っていきます。だから、ゆきちゃんやみんなも、後をついていきました。
お店の中には4人がけのテーブルが3つほどと、カウンターの席があります。カウンターの向こうで、白い服の誰かが背中を向けてお料理を作っているようです。おだしの良い匂いと、包丁を使うトントンという軽い音が聞こえてきます。
「予約していた者ですけど」
とおばあちゃんが声をかけると、カウンターの中にいた人がくるりと振り向きました。そのとたん、ゆきちゃんは
「きゃあ!」
と悲鳴を上げます。
なぜなら、その人の顔は大きな歯をむきだし、黒い髪をたらし、角をはやした恐ろしい牛鬼だったのです。
ゆきちゃんはすっかりおどろいてしまいました。ところが、おばあちゃんたちはちっとも気にしていません。それどころか、牛鬼に「いつもありがとう」と言っています。
牛鬼は、ゆきちゃんに大きな声で言いました。
「ようこそ、ゆきちゃん。今日はおいしい鯛めしをたくさん食べておくれ」
ゆきちゃんはうなずきます。そして、みんなで席について、お料理ができあがるのを待ちました。
牛鬼は大きな包丁をふるいながら鯛をさばいていましたが、ふと、困ったようにこんなことを言います。
「しまった、じゃこ天がない」
そして、ゆきちゃんの方を向いて、お願いしました。
「ゆきちゃん、ちょっとじゃこ天をとってきてくれないか。商店街の中の『まつ屋』というお魚のお店にあるんだが」
「うん、いいよ」
ゆきちゃんはぴょんと立ち上がります。
「悪いね。『まつ屋』の主人には、牛鬼に頼まれたと言えばいいから。それと、お店の外で誰かに話しかけられても、返事をしてはいけないよ」
「わかった!」
ゆきちゃんは、1人で料亭の外に出ました。さっきまではまばらに歩いていた通行人が、今はもう1人もいません。ゆきちゃんは、大きなお風呂屋さんをお母さんと2人じめしている時みたいな気分になって、大きな声で歌を歌いながら歩きました。
『まつ屋』は、3軒となりにある、お魚や昆布を売っているお店です。中に入ると、かっぽう着を着た猿がお店番をしていました。
「いらっしゃい、ゆきちゃん」
猿はそうあいさつします。
「あのね、鯛めしのお店の牛鬼さんのおつかいで、じゃこ天をもらいにきたの」
「そうかい。じゃあ、とびっきり上等なじゃこ天をあげようね」
猿は、とても分厚くて、揚げたてほやほやの、香ばしい匂いのじゃこ天をくれました。
牛鬼の料亭に戻る時、ゆきちゃんの後ろで声がしました。
「ゆきちゃん、忘れ物だよ!」
ゆきちゃんは思わず、「えっ」と振り返ろうとしました。だけど、牛鬼の忠告を思い出して、踏みとどまります。忘れ物と言われたって、『まつ屋』には何も持っていっていないし、じゃこ天の袋はちゃんと握っています。
ゆきちゃんは駆けだして、料亭の中に飛び込みました。それから、扉からちょっとだけ顔を出して、外をのぞきました。
立っていたのは、小さなおじいさんです。ゆきちゃんの膝くらいの背丈しかないのに、顔中しわくちゃで、小さな目が黄色く光っています。
ゆきちゃんと目が合うと、おじいさんはにやりと笑って、ふっと消えてしまいました。
ゆきちゃんがじゃこ天を持って帰ると、牛鬼は「ありがとう!」とゆきちゃんにお礼を言いました。そして、鯛めし定食を作ってくれました。
鯛めしは、とれたてのぷりぷりした鯛のお刺身をほかほかの白ごはんにのせて、卵の黄身とつゆをかけて食べるのです。卵を混ぜたつゆにひたしたお刺身とごはんを一緒に口にほおばって、ゆきちゃんは
「おいしい!」
とおばあちゃんたちに言いました。ゆきちゃんがとってきた、できたてのじゃこ天も、ちゃんとみんなにふるまわれました。
ごちそうをすっかり食べ終わって、牛鬼にさよならを言って、料亭を出た時、おばあちゃんが声を上げました。
「あら! 私、お店を間違えていたみたい。本当は、もう5軒くらい向こうのお店だったのよ」
ゆきちゃんが後ろを振り返ると、そこはシャッターでしっかり閉ざされていていました。さっきまで出入りしていた扉は跡形もなく消えているのです。
ゆきちゃんは、おばあちゃんに言いました。
「いいの。牛鬼さんの鯛めしも、おいしかったんだもの!」