誰かの囁き
「起きて」
その声を聞いた少年は目覚める。
誰が呼んだのだろう?
時計を見るとまだ午前四時だった。
十歳になったばかりの少年にとっては未知の時間だった。
お母さんもお父さんも起きていない時間。
冬だからだろう。
外はまだ真っ暗だった。
「良かった。起きてくれたね」
夢を見ていたのではないか。
そう思った少年の思いを打ち消すように再びの声。
「誰?」
思わず問いかける少年に対し、姿の見えない声の主は答えた。
「ごめんね。今はそれを伝えられない。だけど、助けてほしいの」
少年の心に奇妙な興奮が沸きあがり、胸が高鳴った。
これはまるで漫画やゲームの世界のようだ。
自分にしか聞こえない、姿の見えない相手が助けを求めてくるなんて。
「何をすればいいの?」
少年が問いかけると声の主が言った。
「助けてくれるの?」
「うん。だから教えて。何をすればいいの?」
「それじゃあ、まずは……」
冬空の川の中。
少年の身体は浮いていた。
誰も居ない時間。
誰も居ない空間で笑い声が響いていた。
「馬鹿な奴」
声の主は恐ろしい悪魔だった。
もう、数え切れないほどの数の命を奪っている、度し難い存在。
「何で姿形が見えない奴の言う事をすぐに信じるんだ」
悪魔の笑い声を知ってか知らずか、少年の身体は冬空の下で漂い続けていた。