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 あのあと両親に父親は誰かと詰められましたが、第二王子様ですなどと答えられるわけもなく、少し猶予が欲しいことを伝えて学園へ戻ることにした。


「まずは、リオネルド様とちゃんとお話をしませんと」


 彼を探している途中で中庭の方からご本人の声が聴こえて来たので急いて振り返ると、女子生徒たちに囲まれた彼がそこに居た。

 いつもなら諦めて去って行くような場面だが今は状況が状況だ。一刻でも早く話がしたいと声を掛けようと口を開いたが……。


「ねぇ、リオネルド様。近頃オブライアンさんと随分と親しげになさっていらっしゃいますわよね」

「ええ。わたくしも気になっておりましたわ」

「もしかして、お二人はお付き合いなさっていらっしゃるとか?」


 突然出てきた私の名前に驚いて咄嗟に隠れてしまう。

 先ほどの問にリオネルド様は何とお答えになるのだろうか。緊張で胸が跳ねる。


「そんなふうに見える?」

「ええ。とても仲睦まじそうにみえましたわ」

「本当、妬けてしまうくらいに」

「ですが、オブライアンさんって所詮は子爵の……」

「……ねぇ。リオネルド様とはとても釣り合いませんわよね」

「ご本人もハッキリしない性格をなさっていらっしゃいますし」

「いつも、へらへらしていて本心では何を考えてらっしゃるのか」

「ああいう方ほど陰ではどんなことをなさっているのか分かったものではありませんわ」

「実際、いつの間にかリオネルド様と仲良くしていらっしゃいましたものね」


 くすくすと笑う女子生徒たちの言葉に顔が熱を持つのがわかる。

 ――恥ずかしい。逃げ出してしまいたいが、そんな場合ではないと自分のお腹に手を添える。


「別に彼女とは何でもないよ。他にも仲良くしている女の子はたくさんいるし、あんな地味な子が俺の本命だなんて本気で思ってるの?」


 ――あ、まずい。


 くらりと視界が揺れるが何とか持ちこたえる。

 大丈夫。冷静になるのよ。今、この場でリオネルド様が肯定するわけがない。

 彼は第二王子だ。子爵の娘なんかと特別な関係を持っているなんて言うはずがない。

 遊び回っていて悪名高い人だけれど、それはゲームの中の話であって、私にはいつだって優しかったし気遣ってくれていた。女子生徒たちに囲まれているところは度々見かけていたが特定の誰かと一緒にいるところなんか見たこと無かった。

 だから、これは私を庇うために言ってくれた言葉うそだ。


 ――私は、リオネルド様を信じる。


 ふっ、と息を吐くと踵を返した。


「……また後で会いに来ましょう」


 ◇


 放課後になり、意を決して私の方からリオネルド様に連絡を取ってみた。

 両親が私に与えてくれた時間は短く、出来れば今日中にリオネルド様とちゃんと話し合いたい。先ほどは思わず逃げてしまったが、そんな場合ではないと自分を叱咤する。

 今迄は彼からの連絡を待つだけで、こちらからは一度も連絡をしたことが無かったのだが緊急事態なのだと自分に言い聞かせ送ってみたところ直ぐに返事をいただいた。

 私はお腹に負担をかけないよう気を付けながら足早に指定の場所である中庭のガゼボへと向かう。


「すみません、お待たせいたしました!」

「ふふ。そんなに急がなくても大丈夫だよ」


 先にいらしたリオネルド様に謝罪すると彼は柔和に微笑みながら少し乱れてしまった私の髪の毛を整えてくださる。


「どうぞ座って。飲み物も買っておいたよ」

「あ、ありがとうございます」


 リオネルド様の向かいに座り、温かい飲み物を受け取る。


「ハチミツ入のローズヒップティー……私が好きなのを覚えていてくださったのですね」

「もちろん。君のことは何だって覚えているよ」

「……嬉しい。嬉しいです、本当に……」


 優しい言葉に胸がいっぱいになる。

 お腹に触れて息を吐き、大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「それで、話ってなにかな?」

「…………はい。実は」


「あそこにいらっしゃるのリオネルド様じゃありませんこと?」


 開いた口をそのままに声のした方へと視線を向ける。


「まあ本当ですわ。今日は予定があるからと先に帰ってしまわれましたのに!」

「まさかオブライアンさんとご一緒だなんて」

「彼女とは何もないようなことをおっしゃっていましたけれど、やはり親密なご関係なのでは?」

「先ほどは言いそびれましたが、わたくしお二人が深夜に逢瀬を重ねていらっしゃるとの噂を耳にしたことがありますの」

「深夜に逢瀬ですって!?」

「なんて、はしたない!」


 ここは比較的目立たない場所なのだが、タイミングが悪かったようだ。

 まさか取り巻きの女子生徒たちに見つかるなんて。どうしよう、場所を変えるべきなのかもしれない。けれど、このまま二人でこの場を離れるのは……。


「――話がないのなら、もう行ってもいいかな?」


 あれこれ考えていたせいで黙ってしまった私にリオネルド様の冷たい声が落ちてくる。


「え、あの……」


 いつもとはあまりにも違う声色に驚いているとリオネルド様は立ち上がり去って行こうとする。


「お、お待ち下さい! 大事なお話があるんです」

「……そう。で、なに?」

「ですが、その、人目のある場所でお話しするのは……」

「じゃあ、もういいよね」

「あの、何処か二人で静かに話せる場所に行きませんか」

「何でわざわざ? 別にここでも構わないでしょ」

「他の方には聞かれたくない話なのです。できれば誰もいない場所でリオネルド様と私の二人でちゃんとお話をしたいんです!」


「……今の聞こえまして?」

「わたくし達への当てつけかしら」

「お二人で、ですって」

「子爵の娘ごときが随分とまあ」

「調子に乗ってらっしゃいますわねぇ」


 頼むから今は口を挟まないで。


「お願いです、リオネルド様っ!」


 焦っていた私は思わず彼の服の裾を掴んでしまう。


 ――パシン。


「…………え?」


 手を、叩かれた? 誰に?

 感情が追いつかなくて混乱する。

 顔を上げて正面にいる彼の顔を見つめると酷く冷たい表情をしていた。


「……あ、」

「――なにか勘違いしてない? 俺が本気で君を相手にしてるとでも思った? 俺にとって君はただの遊び相手でしかないんだけれど」

「リオ、ネルドさま?」

「はぁ……大人しい子だから大目に見てたけど、こんなに調子に乗るなんてね。オブライアン子爵令嬢、もう少し弁えてくれないかな?」


 ひゅっと喉が鳴る。 


「なぁんだ。全部あの子の勘違いみたいですわよ」

「そうですわよね。リオネルド様があんな子を相手にするわけがありませんもの」

「一人で舞い上がって恥ずかしい方ですこと」

「ふふっ、おやめなさいな。お可哀想でしょう」

「さ、もう行きましょう」

「そうですわね」


 女子生徒たちの去って行く音が耳に届く。


 ――大丈夫。私はリオネルド様を信じている。

 そう自分に言い聞かせる。

 

「コレット、さっきのは」

「……わざと、ですよね? わ、私のことを庇ってくださったんですよね? 大丈夫です、わかっています嘘だって。本心ではないってこと、わかっています」


 へらりと笑うとリオネルド様が何処か痛々しそうな表情で私を見つめる。

 

「――コレット、今日の君は何だか様子がおかしい。もう帰って休んだ方がいい」


 送って行くよと言ってリオネルド様が立ち上がる。

 

「いえ、それよりも話を聞いてください!」

「明日にしよう。なにも今日に拘る必要なんてないよね」

「今日じゃないとダメなんです! お願いですから真面目に私の話を聞いてください!!」


 思わず声を荒げてしまった私にリオネルド様が呆れたように息を吐く。


「……コレット。君はそんなにも聞き分けがなく空気の読めない子だったかな?」

「……ぁ、」 

「さっきもそうだよ。俺たちの関係がバレたら面倒なことになる。君もそのくらいのことは理解出来ているよね? いつからそんな物分りの悪い子になったの?」

「リオ……っ、」

「俺は君のことを控えめでありながらも思慮深く賢い女性だと思っていたのだけれど、結局は他の女の子たちと変わらない面倒でつまらない子だったのかな」

「……っ、」

「はぁ……今日はもうここまでにしよう。話は明日聞くから、それでいいよね?」


 ――ああ、そうだった。

 わかってたはずなのに、知っていたはずなのに。彼の言う通りだ、私は何を勘違いしていたのだろうか。

 この方は遊びまくり浮気しまくり妊娠させては責任も取らずお金で解決するようなクズキャラだったではないか。


 ――私はリオネルド様になにを期待していたのだろう。

 上っ面しか見ていなかったくせに何を信じていたんだろう……。

 いや、違う。ただ私が彼を信じたかったのだ。彼の穏やかな眼差しや優しさ、私に向けてくれる気遣いを。


「わかっていたのに……ちゃんと知っていたのに……っ、私……わた、っ……」

「コレット、泣いて……?」

  

 触れてこようとするリオネルド様の手を思い切り振り払う。


「――もう、結構です……わかりましたから。ご安心ください、もう絶対に勘違いなんてしませんので……さようなら」

「コレット!」


 私を呼ぶリオネルド様を無視して、お腹を懸命に支えながら必死にこの場を離れた。


 ――もう二度と学園ここに帰ってくることはないと誓いながら。

 

 


  

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