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 ぱちりと目を開くと妙に見慣れた天井が飛び込んで来る。

 ここ最近どうにも調子の良くない日が多く、私は医務室で頻繁に休ませてもらっていた。


「あら。オブライアンさん、目が覚めたの?」

「は、はい!」

「もうお昼休みだけれど、どうする? 何か持ってきましょうか?」

「大丈夫です。その、あまり食欲もありませんし……」

「まあ、それは良くないわ。待ってて、何か食べやすい物を取ってくるから」

「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言うと先生はにこりと微笑んで出て行く。

 起き上がるべきかもう少し寝ていようか考えていると窓の外から賑やかな声が耳に入ってくる。

 何事だろうと窓の側まで行き様子を窺うと、たくさんの女子生徒に囲まれた第二王子がそこには居た。


「リオネルド様、放課後なにかご予定はありまして?」

「街に素敵なお店ができたらしいですわ! ご一緒に参りませんこと?」

「はあ? リオネルド様はお忙しい身ですのよ? そのような低俗な場所に行くような暇などあるわけございませんわ!」

「まあ! なんて失礼な物言いなのかしら!」

「ひどいですわ! ねぇ、リオネルド様?」


 話を振られたリオネルド様はゆっくりと首を傾けると感情の読めない笑みを浮かべる。


「んー? そうだねぇ……とりあえず喧嘩はやめようか。女の子が喧嘩しているところを見るのは好きじゃないんだよねぇ」


 その言葉に女子生徒たちの喧騒がピタリと止まる。


「も、申し訳ございません、リオネルド様!」

「はしたないところをお見せしてしまって……」

「お恥ずかしいですわ」


 女子生徒たちの反応にリオネルド様はただ微笑んでいるだけだ。

 ……しかしまあ、ほんっとうにおモテになるなぁあのお方は。柔らかな金糸雀カナリア色の髪に菫色の目。背が高く驚くほど脚が長い。均整の取れた華やかな肢体。

 品の良い声と洗練された仕草。何もかもが完璧で美しい男性ひとだ。

 

 ――はあ……とため息を吐いた時。


「大丈夫かい、コレット?」

「――リッ、リオネルド様!?」


 窓越しにリオネルド様がいらっしゃったことに驚きの声をあげてしまう。


「……い、いつの間に? 女の子たちは?」


 ビックリして早くなる胸に手を当てていると、リオネルド様は少し開けていた窓を全開にする。


「ん? ああ、彼女たちは何処かへ行ったみたいだよ。それよりも、また体調が悪いの?」

「いえ、少し休ませて貰っていただけですので問題ありません」

「そう? それならいいんだけど……。無理をしてはダメだよ?」

「はい。ご心配くださり、ありがとうございます」

「ところでさぁ」


 リオネルド様が手招きをするので素直に近付くと唇が美しく弧を描く。

 

「今日、いつもの場所で会える?」


 耳元で囁かれた言葉に私は頬を染めると静かに頷いた。


「本当? 嬉しいな。じゃあ、また夜にね」


 リオネルド様は、ひらりと手を振ると何処かへ行ってしまわれた。彼を見送ると私はベッドに戻り、横になると静かに目を閉じる。


 私、コレット・オブライアンには前世の記憶がある。前世の私は日本という国の平凡な女の子だった。だが、幼少期に見ず知らずの全裸の男性に追いかけ回されるという災難に見舞われてしまい、その時は何とか逃げ切ることができたけれど、おかげで男性が一切ダメになってしまう。

 中高大とすべて女子校に通い、社会に出てからも女性ばかりの職場に就職した。とにかく父親以外の男性を避けまくった生活を送っていたのだ。

 だが、そんな私も人並みに『恋愛』というものには憧れていまして……。

 マンガや小説を読むたびに胸をときめかせていたし、何よりも乙女ゲーが大好きだった。たくさんの魅力的な男性たちと恋愛のできる夢のようなゲーム。その中でも一番の推しゲー『魔法使いと七人の王子様』略してナナプリと呼ばれる作品を狂おしいほどに愛していた。


 どの王子様たちも素晴らしく、夢中でゲームを楽しませてもらっていた。そう、あるキャラクタールートに入るまでは。


――第二王子、リオネルド・ハーヴェルシュタイン。


 高評価であるこのゲームの唯一の汚点。トゥルーエンド、ノーマルエンド、バッドエンド、全てのエンディングが酷すぎて炎上した最悪のキャラクター。

 レヴューでは『このキャラだけは無い』『マジ無理』『圧倒的クズ』『なんでこんなキャラ作ったの?』『顔以外に良いところが何一つない』などと散々であった。

 実際、リオネルド様はどのルートでも遊びまくり浮気しまくり妊娠させまくりの最低最悪のキャラで、私も思わず本当に乙女ゲーだったのだろうかとパッケージを見返したくらいだ。


 そして、私はどうやらその『ナナプリ』の世界に転生してしまったらしい。 

 けれど、残念ながら私はこの世界でその他大勢(モブ)でしかない。

 主人公(ヒロイン)やライバル令嬢、王子様方とはほとんど縁のないモブオブモブだ。

 一つ嬉しいことがあるとすれば、ナナプリはモブの女の子たちも凄く可愛いと言われていたゲームで、そのお陰か私も愛らしい容姿をしていた。勿論これは他の女の子たちもいえることなので周りは美男美女ばかりで毎日が目の保養である。

 まあ主人公(ヒロイン)や王子様たちはその中でも抜きん出た容姿をしているので見掛ける度に目が焼けそうになるのですが。


「お待たせ、オブライアンさん。起きられるかしら?」

「――先生。はい、ありがとうございます」

 

 そんなことを思い出していると、先生がゼリーと温かいスープを持って来てくださった。有り難くそれをいただき、お礼を言うと教室へと戻ることにした。


 ◇


 ――深夜。

 私は、ひっそりと学園の寮を抜け出す。

 向かうのは今は使われていない旧校舎の医務室だ。あの方にいただいた鍵を使って中へ入ると真っ直ぐに目的の場所を目指す。

 医務室の扉を開けると彼は先に来ていたようで月明かりの中、美しく微笑みかけてくださる。


「お待たせいたしました、リオネルド様」

「うん。待っていたよ、コレット」


 私の方へと近付いて来ると、そのまま長い腕の中へと閉じ込められる。


「来てくれて嬉しい」

「お、恐れ入ります……」


 もう何度も抱きしめられているのに未だに慣れない。いつも緊張して固まってしまう。リオネルド様はそんな私の様子を見てただ微笑むだけだった。


「コレットは今日も可愛いね」

「そう、でしょうか……?」


 確かに愛らしい容姿をしているが、この世界では極々(ごくごく)一般的な見目でしかない。

 特にリオネルド様のような微笑み一つで国を傾けることのできそうな人には普通すぎてつまらないはずだ。


「うん。空色の髪も大きな蜂蜜色の目も可憐な爪先も全てが可愛いよ」

「――っ、ありがとうございます」


 真っ直ぐに目を見つめながら甘い言葉を囁くリオネルド様に顔が熱を持つ。

 こんな、お美しい方にこのようなことを言われてときめかない女子がこの世界に存在するのだろうか?

 小さく呻きながら胸を抑えているとリオネルド様が目を細めてこっちと私の手を取りベッドへと誘われる。

 

 旧校舎とはいえ、医務室ここは埃一つなく手入れが行き届いていた。

 清潔なベッドの上に優しく倒されるとゆっくりと目を閉じる。それを合図にリオネルド様が私の上に覆いかぶさってきた。


 ――リオネルド様と私はいわゆる身体だけの関係である。

 異性への免疫がゼロだった私が誰かとこのような関係になる日が来るとは……。前世の私は夢にも思うまいと苦笑する。しかも相手はクズと名高い第二王子だ。

 ――きっかけは何だったか。

 そう、あれは……確か先生に頼まれて大きな荷物を運んでいた時にガラの良くない男子生徒にぶつかって絡まれてしまい、誰もが遠巻きに見ている中でリオネルド様お一人だけが私のことを助けてくれたのだった。

 そのお姿のあまりの王子様っぷりにときめきすぎて、その場で胸を押さえて蹲っていたら心配してくれたリオネルド様が近くのベンチに座らせてくれて、お茶までご馳走していただいたのだった。おまけに、心配だからと連絡先まで交換してくださって。

 しかも、連絡先を交換したからといって何かが起こるわけなどないと思っていたのに、すぐにご連絡をくださいました。

 最初は距離を置いていましたが、リオネルド様はお会いする度に私のことを真っ直ぐに褒めてくれたり優しくエスコートしてくださったりして。何度もお会いしているうちに気付けばこのような関係に。

 いや、自分でもチョロすぎたとわかっています! わかってはいるのですが、事あるごとにあの美貌で甘く優しい言葉を囁かれてしまっては抗うことなどできず……。


「なにか考えごとかい?」

「え?」


 リオネルド様は甘い笑みを浮かべているが少し機嫌が悪いことが感じ取れた。


「上の空なコレットも可愛いけれど今は俺に集中して?」

「も、申し訳ございません……」


 言葉通り私はこの甘い時間に集中することにした。


 事が終わると私はリオネルド様より先に起きて身なりと自分の寝ていた場所を整えると彼を起こさないようにそっと旧校舎を出て行く。

 自分の立場くらいわきまえているつもりだ。私は彼にとって都合の良い女でしかない。なのに朝まで一緒など言語道断である。


 そんなことを考えていたら突然の目眩に立っていられなくなる。


「……あ、れ?」


 視界が歪みその場にゆっくりと倒れ込んでしまった。


 ◇


 気付くと何故か私は学園寮ではなく実家のベッドの上で眠っていた。


「お目覚めですか? コレット嬢」

「え? は、はい」


 部屋にはオブライアン家の主治医がいて、その後ろでは両親が複雑な表情で私を見ている。


「あの……?」

「ご自身が倒れてしまったことは覚えていますか? 今朝方あなたが倒れていたところを通りがかりの方が助けてくださったのですよ」

「そ、そうだったんですね。その方にご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ないです」

「倒れた理由はお分かりですか?」

「いえ。ただの目眩だと思うのですが……」


 そういえば、ここ最近なんだかずっと調子が良くないことを思い出す。

 ――もしかして何か良くない病気だったりするのだろうか。そんなことを考えてしまって心がざわついてしまう。


「ご懐妊ですよ」

「…………は?」

「あなたのお腹の中に新しい命が宿っているのです。おめでとうございます、コレット嬢」


 思いも寄らない主治医の言葉に、これまでのリオネルド様との情事が脳内を駆け巡る。

 間違いなく避妊をしていたはずだ。でも本当にちゃんとしていた? 緊張でふわふわクラクラしていて最後の方なんか毎回記憶が朧げで……あれ? 私、もしかして本当に?……こんなことって……。


 ぐらりと頭が揺れたあと、私は再び気を失った。

 

 



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