Episode.009 俺の国って国際犯罪に無防備では?
作戦終了の日は、帰城したのが夜半になってからという事もあり、私室に集結していた面々も疲労の色を隠せないでいた。
サーシャは頭脳労働と初めての作戦指揮という事もあり、緊張感から解放された反動で早くも俺のベットに横たわり、スヤスヤと寝息を立てていた。
俺はサーシャの専属侍女マルゲリータを呼び付けると、起さない様に私室に運ぶように伝えた。
これにはカレンも手伝っていた。
部屋には、俺と婚約者と執事と兎人族の娘が残された。
一同は、応接用のテーブルを囲むようにソファーに腰を埋めた。
(ヤバい。気を緩めると睡魔に敗けて、眠り込んでしまいそうだ)
「いけませんぞ。国王足る者、有事の時こそ毅然とシッカリと振舞って見せるものです」
シャラクは小声で、耳打ちしていた。
俺は読心魔法を使う、シャラクを三度見した。
隣で姿勢を正して座る執事は、嘗て一度も見た事が無いほど、紳士然とした立派な老執事がそこに居た。
(俺はとっくに、夢の中に居るのかも知れないな)
すると婚約者のクリスティーナが、湯気の立った温かい紅茶が運んできた。
「今日は疲れを取るために、特産地から取り寄せた蜂蜜を混ぜておりますのよ」
紅茶の説明をしつつ、兎人族の少女の前にもティーカップを置いていた。
俺は目覚ましついでに、温かい紅茶に口を付けた。
高級茶葉で淹れられた温もりの中には、澄んだ香りと相まって、濃厚な蜂蜜の風味と甘さが絶妙に調和していた。
(こういうのロシアンティーて言うんだっけ。ん?ロシアって、何のことかな…)
俺はひと心地付いたところで、改めて奴隷だった兎人族の少女に目を遣った。
兎人族は猫舌なのか?盛んにふぅーふぅーと覚ましながら、一口一口大切そうに飲んでいた。
そんな光景を見詰めながら、クッキーが有るのを思い出して、シャラクに取ってくるように命じようと思ったら……、すでに優秀な執事はクッキーをお皿に盛り付けて、こちらに運んでくるところだった。
(この執事は只者では無いな!って言うか、本当にシャラクなのだろうか?)
今日のシャラクの執事ムーヴは、切れっきれで本格的に洗練されている。
何やら見てはいけないものを目にしている気がして、目の前の兎人族の少女に視線を移した。
そこには透き通る様な水色の髪と、その上に乗ってる長い兎耳が開放感からかピコピコ動かしていた。
俺は目の前の兎人族の少女を安心させるため、わざと執事に問い掛けて見せた。
「シャラクよ。他の獣人の娘たちは、今どうしている?」
「はい。奴隷として捕らえられていた者は、全員無事に解放致しまして、今は離れの屋敷に一時的に保護しております。今頃は温かい食事を饗しているところでしょう」
シャラクは目の前の兎人族の少女に目を移すと、付け加えるように説明した。
「他にも人間族の言葉を喋れる者も居るやも知れませぬが、今は心を開いて会話が出来るのは、この兎人族の少女だけであったため、特別に連れて参りました」
シャラクはそう言い終わると、俺に対して臣下の礼で恭しく一礼した。
(どうしちゃったんだ。シャラクよ……)
俺は一抹の不安を抱きながら、兎人族の少女に優しく訊いてみた。
「俺はこの国の王様をやってるラウールって言うんだ。お嬢ちゃんのお名前は、なんて言うのかな?」
兎人族の少女は、クッキーを前歯でポリポリと齧りながら答えた。
「わっち、名前、ウルル、ふたり生まれた、いもうと、サララ、別れた」
??????????????????????
「君の名前はウルルなんだね。ところで妹は双子ってことかな?」
ウルルは元気よく、コクコクと頷いた。
俺は満足そうに頷くと、続けて尋ねてみた。
「妹のサララは一緒に居て、今は離れの屋敷にいるのかな?」
すると先程までピンと立っていたウサ耳は、急に萎れたように垂れ下がると、心配そうに答えてくれた。
「ウルルとサララ、一緒、つかまった、だけど、別々、なった……」
そこまで語ると、緑の瞳に涙が溢れてきた。
俺は慌てて、シャラクとクリスティーナのどちらに応援を任せるか?
両者の間を交互に視線を行き交わしていた。
するとクリスティーナが、ウルルを抱き締めながら優しく尋ねていた。
「ウルルはお姉ちゃんとして、妹のサララのことが心配なのよね。ウルルが助けたいって思ってるなら、ここに居るみんなが協力してくれるわ」
「ウルル、助けたい、サララ、会いたい、だから、おねがい」
ウルルは涙を堪えながら、必死で頭を下げていた。
「じゃあ、サララが今どこに居るのか、分かる範囲で良いから、みんなに説明出来る?ゆっくりで良いから、いつ?どこで?だれに?どうして?離れ離れになちゃったのかしら?」
ウルルは考え込む様にすると、やがてゆっくりと話し始めた。
まずこの大陸にも、獣人がひっそりと住んでいる地域が有るのだそうだ。
そこに傭兵か?盗賊か?奴隷商人の一団が、獣人の里を襲って少女だけを拉致して引き上げたのだと言う。鬱蒼とした森や山道を抜けて、王都の近くで二手に分かれて、一隊はウルルと共に王都にあるエチゴーヤ商会の地下牢に入れられて、もう一隊はサララと共に、南の方に向かったのだと言う。
たぶん……。
ここまでで大分、時間が掛かったのは言うまでもない。
既に窓の外は、白々と明けつつあった。
俺はウルルも疲れているだろうと思い、シャラクに獣人の仲間がいる離れの屋敷に案内させた。
俺はクリスティーナにも、帰城後の手配などを労ったうえで、部屋に戻る様に促した。
そこで今夜は解散とした。
(これは明日にでも、エチゴーヤ商会の支店長を吐かせた方が早そうだな)
そんな風に考えていると、俺も睡魔の限界を迎えてベットにダイブすると、深い眠りに落ちていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「チュン、チュンチュン、チュン、チュチュチュチュチュ……」
朝の陽ざしがレース越しに、穏やかなモザイク柄の陰に変換されて瞼の上で優しく揺らぐ。
窓の外からだろうか?小刻みな小鳥のハミングが耳元に木霊する。
「またか……」
薄く目蓋を開きながら視線を枕元に注ぐが、そこには誰も居なかった。
首を反転すると、二羽の小鳥が戯れながら、窓の外を飛び去って行った。
「お目覚めに成られましたか、ラウール様。おはようございます」
すると扉の側に立っていた執事のシャラクが、恭しく一礼すると、薄手のガウンを手渡しながら言った
「先刻より皆様が、本会議室でお待ちになられています」
(どうしてしまったんだシャラクよ!……っていうか、お話の冒頭からこのシーンに差し替えたい……)
しかし昨晩からの、シャラクの執事ムーヴは完璧に過ぎる。
ここで茶々を入れて、せっかくの空気を台無しにしたくない。
俺は王族らしく、ゆっくりとした所作でガウンに袖を通すと、ベットから起き上がり、会議室に出席するに恥じない身支度を整えた。
深呼吸をすると、昨夜の捕り物の場面場面が、脳裏にフラッシュバックした。
応接セットには、既に簡単な朝食が用意さえており、紅茶からは未だ温かい湯気が立ち昇っていた。
「今日の朝食もシャラクが用意してくれたのか?」
応接セットのソファーに身を沈めて一息吐くと、朝食を完璧なテーブルマナーで採り始めながら訊いてみた。
「クリスティーナ様と専属侍女のカレンが、今朝の朝食を準備なさっておいででした」
今日俺は生まれて初めて、国王の立場にいることを実感していた。
「それじゃあ、クリスティーナはもう教会に出掛けた後なのかな?」
俺は思いの外、遅くまで寝込んでいたのでは?と気になり始めていた。
シャラクはゆっくりと頭を振り、朝の経緯を説明し出した。
「早朝からサーシャ様が、今回の作戦で捕縛した関係者から聴取した内容を、調書に纏められておいででした。今は司法官僚たちに、押収した証拠品の分析と、目録の作成を進ませております」
なんか俺が安眠を貪っている間に、昨夜の作戦の事後処理が着々と進んでいる様であった。
「クリスティーナ様は、今朝のミサには欠席する旨を、教会に連絡する様に専属の修道女に命じておられました。カレンも指揮下の部隊から、作戦の経緯について報告を受けて居る頃と思われます」
執事のシャラクは簡潔に、皆の行動を説明した。
(……って、俺だけ完全に出遅れてるじゃん!)
「時代に取り残されない国の王に、俺はなる!」
俺は宣言もそこそこに、急いで支度を進めた、
俺は慌てて残りの食事を平らげると、足早に本会議室へと向かうのであった。
取り敢えず、エチゴーヤ商会の違法行為を白日の下にさらすこと。
出来れば商会自体を取り潰すように通商連合に通告した上で、今回の責任の所在を通商連合に正式に求めること。
そして、獣人の少女たちの件だ。
(確かウルルの話では、妹たちは別の馬車で通商連合に送られている筈だ。そもそも彼女たちはこの大陸に隠れ住んでいたらしい。彼女たちを全員、親元まで無事に届けたい)
そうして一つ一つ会議の本旨を頭の中でまとめていく。
通商連合に正式に訴追するんだよな。
ところで……。
(俺の国って国際犯罪に無防備では?)