Episode.003 俺の国って悪事が舞込み過ぎでは?
ここら辺でロレーヌ国についても説明したいと思う。
俺は羊皮紙を一枚取り出すと、羽ペンで丹念に虚覚えの地図を描き始めた。
政務を放ってたらかして、一日掛かりで描き上げたのが↓コレである。
【ロレーヌ王国周辺地図】
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* |魔法王国| *
*  ̄ ̄|| ̄ ̄ *
* || 林林林林*
*ΛΛΛ || 林森森森森*
*ΛΛΛΛΛ || 林森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛ || 林森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛ ||凸 林森森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ||ΛΛΛΛΛΛΛΛ林森森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ||ΛΛΛΛΛΛΛ森森森森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ||ΛΛΛΛΛΛΛ森森森____森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ||ΛΛΛΛΛΛΛ森森森|深淵の森|森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ||ΛΛΛΛΛΛΛ森森森 ̄ ̄ ̄ ̄森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛΛ 凸|| ΛΛΛΛΛ森森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛΛΛ || ΛΛΛΛΛ森森森森森森*
*ΛΛΛΛΛΛΛ || ΛΛΛΛΛ林森森森森*
* || ΛΛΛΛΛΛ 林林林林*
* Λ || ΛΛΛΛ *
* 神聖教本山 || ΛΛΛΛ *
* _____ ___||___ ΛΛΛΛ凸 _____*
* |神聖教国| =======|ロレーヌ王国|======== |覇権帝国|*
*  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄|| ̄ ̄ ̄ 凸ΛΛΛΛ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄*
* || ΛΛΛΛΛ *
* || ΛΛΛΛ *
* || ΛΛΛΛ *
* || ΛΛΛΛ*
* || ΛΛΛ*
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* |通商連合| Λ*
*  ̄ ̄|| ̄ ̄ ΛΛ*
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* || ΛΛΛ*
* _||_ ΛΛΛ*
*~~~浜~~~ |港町 | ΛΛΛ*
* ~~~浜~~~  ̄|| ̄ ΛΛ*
* ~~~浜~~~ ̄ ̄ ̄~~~~~~~~~~~~~ΛΛ*
* 港湾 *
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* 〓海〓 *
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「ほう。これは凄いですなぁ。これが噂に聞く古代アスキー文字で描かれた地図ですな」
いつの間にか、隣には執事のシャラクが、興味深げに覗き込んでいた。
「幼少の頃に古代文字の学者から教わってな。せっかく読んで頂いている貴重な読者様への、ファンサも大事だと思っているからな」
シャラクは溜息を吐くと、とても残念なお知らせをした。
「今ではなろう小説様でも、綺麗な画像がいくらでも載せられるのですぞ……」
パタパタッ……。
俺は手にしていた羽根ペンを、床に取り落とした。
羽根ペンを取ろうと立ち上がった俺だったが、あまりのショックのために膝から崩れ落ちた。
(そ・そんなぁ。俺のこの血の滲むような努力の結晶は……)
「まぁー無駄ですな。そもそも地理、地形関係も文章力で表現するのが、投稿小説の醍醐味ですぞ…ですぞ…ですぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝の陽ざしが俺の目蓋越しに白く照らし、窓からは優しく流れるような風が前髪を揺らし流れ去って行く。
目を開くと、枕元で囁き続ける執事に視線を移した。
シャラクは俺の耳元で、何やら小声で呟いていた。
「……ですぞ……ですぞ。ですぞ……」
「またお前かい!何やら悪夢に魘されていたが、俺に何の恨みがあるって言うんだ」
シャラクは俺の抗議を気にも留めずに、畏まって申し上げた。
「おはようございます。ラウール様。本日はいつもよりも二十三分三十秒ほどのお寝坊ですな。どこぞ具合が悪いのでは?」
俺はツッコミたい衝動に駆られたが、黙って渡された薄手のガウンに袖を通した。
「今日は取り立てて、急ぎの案件は無いか?」
俺はいつもの冷静さを取り戻し、政務の案件を整理することにした。
シャラクは俺の執務机から、いくつか書類を選別していたが、一通の親書を取り出した。
「これは通商連合からですな。一見したところ、サーシャ様へのお見合い写真では無さそうですな」
タイミング良く背後の扉から元気の良い、いつものノック音が響いた。
俺は額に手を遣りながら、シャラクに扉を開く様に促した。
「おはようございます。お兄様」
サーシャは新しく仕立てられた青いドレスを見せびらかすように、部屋の中央まで進み出ると、滅多に見せないカーテシーで正式な挨拶をして見せた。
「おはよう。おやっ?新しいドレスかい。サーシャの白銀の髪には、青い色とアクセントのリボンがとても似合ってるよ」
王家の安寧を願うのなら、こうした歯の浮きそうな世辞も大切なのだ。
サーシャは満面の笑みで、話を先程の親書に移した。
「また今回も通商連合からのお誘いですの?」
親書を執事から取り上げて、透き通る様な赤い瞳で表裏を繁々と見詰めた。
すると途端に興味を失ったように、親書をぞんざいにシャラクに手渡した。
「きっと、お兄様宛ですわ」
そんな様子を見て、サーシャにどうして言い切れるのか?聞いてみた。
「お兄様はご存じないのも無理在りませんけど、お見合いや恋文の親書には、高級な紙を使うのはモチの論ですけど、必ず家名が分かるように透かしを入れて居りますのよ。つまり紙一枚でもお抱えの業者を使っている…富と権威のアピールですわ」
(さすが金と権力の第一人者だなぁ)
しかし暫らく考えていると、徐に先程の内容に補足をし始めた。
「しかも何やら犯罪の匂いがしますわ」
俺は気になって、執事から件の親書を手に取った。
くんくんくん、くんくんくん……。
俺は親書から、どんな匂いがするのか確認してみたが、特に何の変哲もない手紙に感じられた。
特に毒の類が付着している様子も無かった。
(まぁ毒入りなら、シャラクが俺に手渡す訳も無いのだが)
「サーシャは何で?この親書が犯罪絡みだと思うんだい」
俺は親書の内容よりも、サーシャの慧眼の方が気になった。
「先ず女性に対する好意的な親書ならば、相手に届くまで残る様な高級な香水を数滴垂らすものですわ。また表書きも装飾をあしらった字体を使ったり、まめに羽根ペンにインクを付けるので、所々区切りの冒頭の文字がインクで滲みますわ。しかしこの親書にはそうした飾り気がないどころか、数か所に文字が掠れている個所が有ります。つまり事務的に恐らくは複数の相手宛に、同様の親書を出したと思われますわ」
そこで一息吐くと、両手を腰に掛けて言葉を紡ぎ出した。
「これが覇権帝国なら、軍事的親書を同じ内容で複数用意するのも頷けますが、こと通商連合ともなれば話が違ってきます。屋号の刻印は商会の信用と宣伝効果を狙って、大々的に使用するはずです。この親書からは、そんな意図が微塵も感じられません。逆に親書の体裁は保っていますが、極力足が付かないように念を入れています。つまりは表立って交渉できない取引を、どこかと早急に結びたいと焦っている証左。つまりは犯罪行為の共謀を誘う内容が、書かれているのですわ!」
ビシッ!っと華奢な人差し指をカメラ目線で指し示しながら、決め顔で言い放った。
(ところでカメラ目線って、どこ見て恰好付けてるんだろう)
「差出人は表では真っ当な商売をしていると見せかけて、裏では盗難品や密輸品の売買に手を染めている悪徳商会ですわ。謎はすべて解けた……爺っちゃんの名にかけて!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
俺は惜しみない賛辞と、拍手で讃えて見せた。
(最後の方は意味不明だったけどな)
早速、親書を開封することにした。
開封は執事に任せて、俺はサーシャを庇うように執務席の下に身を隠した。
「シャラク、親書を開封していいぞ。何なら内容も読み上げてくれ」
シャラクは溜息を吐きつつ、親書を開封すると手紙の中身を読み始めた。
「拝啓、一迅の春風が色取り取りの花びらを巻き上げる今日この頃ですが…」
「時候の挨拶は読み飛ばすように!」
俺の叱責に目線で文章を追いかけると、本文から改めて読み始めた。
「このたび希少な侍女を、お得意様だけに格安にてお譲りしたく存じます。付きましてはご希望の日時を下記の支店までお知らせください。尚、ご拝読後は焼却処分されることをお勧め致します。敬具」
俺はサーシャと、目を合わせて頷いた。
「やっぱり、違法な奴隷の売買みたいね」
「やっぱり、王様に侍女って必要だよね」
同時に発した言葉には、多少の齟齬が含まれていたようだった。
俺は不穏な空気を察して、切実に訴えた。
「俺って一応、王様だよ。それなのに侍従も侍女も居ないんだよ。今朝なんて執事が、耳元で囁くのを聞きながらの起床だよ。もっと……こう普通の生活が送りたいって言うか、侍従でも侍女でも良いから欲しいんだぁー!」
そんな俺の奇行を、蔑む様に見詰める二人から、同時に声が返ってきた。
「儂が毎日、執事と侍従を兼任してお仕えしておりますぞ」
「あたしが妹の立場で、侍女を兼任してあげてるじゃない」
どうやらこの場に居る二人にも、とても大きな齟齬が含まれている様だった。
俺は手元の親書に目を落として溜息を吐いた。
(俺の国って悪事が舞込み過ぎでは?)