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Episode.029 俺の国って父王が凄かったのかな?

 覇権帝国の騎兵一万は、ゆっくりとイースター砦に近づいていた。

 その様子はイースター砦からも、ハッキリと見て取れるほどだ。

 やがて敵が陣を整えるだろうと想定していた場所に陣幕を張りだすと、仮の陣所が構築された。

 

 イースター砦の尖塔に設けられた指揮所には、俺の他にはパテックや各軍団長、シャラクにカレンが集まっていた。


「ラウール陛下、どうやら本格的な攻城戦の布陣とは思えませんなぁ。やはり先触れの使者が申す通りに、和睦交渉の来訪なのやも知れません」

 パテックは思案気に言った。


「それでは手筈通りに、帝国からの先触れの者を開放して敵陣に向かわせよう。本格的な対応は、その後の敵の動き次第だ」

 俺は敵の本陣を見据えながら、申し付けた。


 やがて敵本陣に向けて、先触れの使者が馬を駆って走り去る。

 本陣に合流して、暫らくすると敵の本陣から、鋭い眼光を垣間見たような気がして、怖気がついた。


 するとカレンが、側に寄り添うように小声で囁いた。

「いるわね……皇帝陛下自ら来ているのは間違いないわ」


 すると見る間に陣が、二つに割れるように動き出した。

 奥からは巨大な白馬に跨り、漆黒の甲冑に赤い重厚なマントを翻す偉丈夫が現れた。


(あの眼光だ!間違いない)


 俺の直感が警告を発すると、隣のカレンが耳打ちをした。

「あれが覇権帝国の皇帝、カルロス・ジークフリートよ。間違いないわ」


 すると供回りは、たったの二騎を引き連れて、コチラにゆっくりと進んで来る。

 しかもその内の一騎は、先程の先触れの兵だ。

 どうやら、案内役とするのだろう。

 背後には空馬に何やら載せているようだが、ここからは判別できない。


「こちらの人員はどうする?」

 俺は誰に問うでもなく、口に出していた。


「相手の馬は四騎。こちらもそれに合わせるのが、外交上は肝要かと存じます。ただし未だ戦時であることを考え合わせると、人選は慎重に選ぶべきでしょうな」

 パテックは適確に答えていた。


「やはりそうなるな。それでは急ぎ会談の席は四対四の同数でセッティングし直せ。出席は俺とパテックとシャラクとカレンだ」

 俺はそこまで指示を出すと、改めて交渉に向かって来る、たった四騎の交渉団に目を奪われていた。


 和睦交渉の会談の場は、急ぎ作戦会議室を模様替えすることで設えた。

 テーブルを左右に配置し、両側に椅子を三席づつ用意した。

 特に中央の席は、イースター砦でも最上級の物を準備させた。

 俺は一瞬だけ、王家伝来の『戦場の椅子』を思い浮かべたが、余りにもアウトドア・グッズの雰囲気が強すぎるため、持ち込むのを諦めた。


 事前の打ち合わせ通りに、俺が中央に座り、右にシャラク、左にカレンの順に腰掛け、背後は警護も兼ねてパテックが立つこととなった。

 最初は警護に立たせるなら、カレンだろう?と意見を述べた。

 しかし何故か三人一致の意見で、この様な席次となってしまった……解せぬ。


 やがて伝令がやって来て、これから帝国皇帝一行を案内する旨を伝えに来た。

 俺は意味もなく無性に緊張していた。


「わ、分かった、これから会談の場に案内するように」

 俺の指示に伝令は、直ぐさま会議室を後にした。


ピキ――ン

(ラウール様、余り緊張していては相手に侮られますのじゃ!ここは一発、余裕を噛まして遣らねばなりますまいのぅ)


ピキ――ン

(言われなくたって、分かっている……けど、もう怖いの嫌なんだよぉ!)


パチィ――ン!

 直ぐにシャラクから平手が飛んできて、俺の頬を叩いた。

「ぶったな、親父にも叩かれたことが無かったのに!」


「甘ったれてはなりませんぞ!叩かれずに王の座に就ける者など、どこの世界に居りますのじゃ」


 俺は尖塔から見下ろして見た際の、帝国皇帝の鋭い眼光に威圧されていたのだ。


(俺は……あの人に……勝ちたい……)


 「皇帝を超える王に、俺はなる!」

 俺は自らを鼓舞するように、そう呟いていた。


 やがて会議室の重い扉が開かれると、帝国皇帝が姿を現わした。

 俺は人が持つオーラがここまで強いのを、初めて目の当たりにしていた。

 正に英雄が持つという『覇気』を身に纏っていた。


 背丈や筋骨も鍛え上げられているものの、身体はひと回りもふた回りも大きく映った。

 そして一見はイケオジの風貌であるが、やはりその眼光は鋭く光っていた。


ピキ――ン

(相手の威圧に、屈してはなりませんぞ!)


「儂の前で念話を使っても、全て筒抜けになるぞ!そこの宮廷魔導師と若きロレーヌ王国の国王よ」

 シャラクの冷静なアドバイスも、皇帝に一蹴されてしまった。

 帝国皇帝は兜は外していたものの、黒光りする鎧は着用したまま重々しく席に着いた。

 その背に掛けられた重厚な真紅のマントも、この皇帝の覇気の下では添え物のように映った。


 左には高位の貴族と思しき、若々しい赤髪の貴公子が座り、右には……パンツ一丁に粗末な荒縄で簀巻きにされた小太りの男性が強引に座らせられていた。

 そして背後には、伝令の男が静かに佇んでいた。


「先ずは事の経緯から、話さずばなるまい。のぅ、ラインハルト・()()()()()よ」

 皇帝はこの和睦の場を完全に仕切り、赤髪の貴公子に議事の進行を委ねた。


「ハッ、御意ッ!知るものも多いやも知れませんが、私からご説明申し上げましょう」

 静かにスマートに席を立つと、爽やかに赤髪を搔き上げながら話し始めた。


「まずは会議の参加者についてご紹介いたしましょう。こちらに御座おわす方こそ、覇権帝国皇帝カルロス・ジークフリート陛下でございます。そして……隅で簀巻きになっている者が、今回の戦争の元凶にして、我が帝国にとっても極刑に値する反逆者ワルダーという()辺境伯ですね。今は家名も爵位も剝奪されております。そして私めはラインハルト・ラ・マーセラと申し、そちらに居られる《《キャサリン・ラ・マーセラ公爵》》の従兄いとこにして公爵領執行官(しっこうかん)、そして婚約者でございます。今後とも良しなに」

 ラインハルトは華麗に一礼して見せた。


(か、カレンの婚約者だって!……って言うか、キャサリン・ラ・マーセラ公爵?)


 俺はただの参加者の紹介だったはずなのに、その情報量の多さにパニクっていた。

 隣に座るカレンの横顔を盗み見たが、俯いたままで何やら独り言ちていた。

「婚約者って言ったって、父同士が勝手に決めた事よ。それにキャサリンとか……」


 そこで俺は、ここで会議の主導権を取り返さなければ!と、勇気をふり絞り声を上げた。


「俺はロレーヌ王国の国王のラウールだ。そして左に座っているのはご存知の方も多いようだが、()()専属侍女の()()()だ。右に座っているのは執事のシャラク。後ろに控えているのは軍務大臣のパテックだ。紹介って言うのは、これくらいスマートに行わないとね」

 俺はラインハルトに対して、言い返していた。


 ラインハルトは何か言い返してくると身構えていたが、何も言わずにただ一言。

「失礼致しました」

 軽く一礼すると、静かに席に着座した。


「ラウール殿の申す通りであるな。ここからは朕自らが、説明せねばなるまい」

 皇帝カルロスの声量は極々普通であったが、その声音は重厚感を以って会議室に響き渡るようであった。


「まずは此度の戦争で、貴国に多大な被害を与えてしまった事に対して、深く詫びよう。経緯に関しては至極単純じゃ。朕の監督不行き届きが原因で、帝国内に反乱分子がいることに気付けなんだ。その反乱分子の首魁が、ここに引き連れてきたワルダーじゃ。貴国を攻め滅ぼした後に、返す刀で帝国に反旗を翻す企みであった。そもそも貴国とは不戦の密約があったから、ロレーヌ王国への戦争は厳に慎むべしと命じておったのに、それに反しての暴挙であるな」


「覇権帝国とロレーヌ王国の間に、不戦の密約があったのですか?」

 俺は驚いて、つい口を挟んでしまった。


 皇帝カルロスは、大きく溜息を吐くと残念そうな声色で応えた。

「先代王は稀に見る傑物であったな。惜しい人物を突然失ってしもうた。他国との戦争が無ければ、もっと早く弔意を捧げに参っておったのじゃが……残念なことじゃ。貴殿にも、もっと早くに対面したかったのぅ」


 その眼光はいつの間にか鋭さが消えていて、穏やかな、しかしどこか寂し気な色を湛えていた。


「先代王は巧みな外交手腕のみで、王国の安全を保全してきたのじゃ。先ずは通商連合には、巨額の貿易債務を作ることによって国防としたのじゃ。下手に攻撃して借金がチャラになっては、元も子もないからのぅ。更には神聖教国からは、聖女を王太子の婚約者として自国に招いた。その上国費をつぎ込んで、教会の設立にも貢献した。これで宗教上の蟠りも無くなり、敵対する教義上の理由も払拭したのじゃ。魔法王国とも何らかの密約を結んでおることじゃろう。そして朕との密約もまた大胆な提案であったな」


「まぁ、密約は密約じゃ。ラウール殿とは、改めて会議の場を持ちたいものじゃ」

 皇帝カルロスは、愉快気な笑みを浮かべていた。


「いえ。密約などという曖昧なものではいけません。ここイースター砦には、貴国の兵一万人が治療を終えて、捕虜としております。これを直ちに貴国にお返しすることを条件に、今後永年にわたる不可侵条約を締結したい」

 俺は情熱を傾けて、訴えていた。


 皇帝カルロスは、俺の姿を繁々と見詰めると、やがて言葉を漏らした。

「やはり親子と言うべきか。貴殿も先代王に良く似て、傑物であるのやも知れぬな」


 その声色は何かを懐かしむような、そんな趣きがあった。



(俺の国って父王が凄かったのかな?)

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