Episode.023 俺の国って作戦なら万全だけどね?
※本話のみ、横組みでお読み頂ければ幸いです。
俺は王家の紋章を付けた、黒塗りの四頭立ての馬車に乗り込んだ。
騒ぎを聞きつけて、婚約者と妹と専属侍女も一緒に駆け付けてくれた。
馬車内に腰を降ろすと、隣のクリスティーナが穏やかな笑みを湛えながら、祝福の聖印を切ると、こう言ってくれた。
「きっと旦那様が、心配されているようなことにはなりませんわ」
俺はその声に僅かながらも、安心感を取り戻していた。
王城から中央広場まで、なだらかな坂道を下っていく。
すると中央広場に向かって、王都民が次々と向かう姿が見え始めたかと思うと、やがてそこは群衆の坩堝と化していた。
王都民は王家の馬車と見ると、進路を開けてくれている。
次々と馬車の進路から人波が消えゆく様は、まるでモーゼの奇跡のようである。
(モーゼ?はて、何のことやら……)
馬車はやがて、中央広場の噴水近くに停められた。
窓から見ても、中央広場が王都民で溢れかえっているさまが見て取れる。
(このまま馬車を降りても、誰にも目に留まらないし、言葉も届かないな……)
俺は馬車の扉を開けると、御者席を踏み台にして、馬車の屋根に飛び乗った。
十万名の民衆といっても、なかなかピンとこないだろうが、東京ドームのコンサートが約五万人なので、二回公演分の人数がこの中央広場を中心に集まっている事になる。
(東京ドーム?はて、何のことやら……)
これだけの聴衆を前に演説するのは、さすがに緊張する。
ザワザワと喧騒めいた広場は、俺の登壇に水を打ったように静まり返っている。
よく大勢の前に立つと、一人一人の顔が分からなくなるって聞いたことがあるが、そんなの嘘っぱちだ。
目の前のお爺さんから、広場の片隅に佇む少年の表情まで手に取るように見て取れる。
そんな中に、原稿一つ持たずに飛び出してしまったのだ。
俺は緊張に打ち震えながらも、静かに語りかけた。
「王都に住まうみんなが、覇権帝国の侵攻に共に戦いたいと申し出てくれたと聞いて、俺は今ここに立っている。覇権帝国はみなが知っての通り強大だ。知らせによると王国軍の実に六倍以上の兵力を以って、ここ王都に向かってきている。そのため王都民の安全を確保するために、昨日戒厳令を布告した。これは王都民の生活を抑制するものでは無く、みんなの尊い命を護るためだ」
聴衆は皆真剣な面持ちで、俺の言葉を聞き取ってくれている。
俺は更に声を振り絞って、話を続けた。
「みなの傍らには大切な人は居ないだろうか?その人を護りたいと思わないか?俺にとっては、王都民……いや、王国民の全てが大切な人だ。だから俺は戦うんだ!……だからと言って、いまは全く勝算がない。王国軍が敗退したとしたら、次に狙われるのはこの王都だ。みんなはその際には潔く王都を捨てて、大切な人を護るためだけに戦って欲しい。義勇兵への参加は、子供からお年寄りの方まで、男女の区別無しに申し出てくれていると聞いている。しかし傍らに大切な人がいるなら、勇気をもって辞退して欲しい。子供も駄目だ。若者は国の宝だ。王国の未来のために辞退して欲しい。60歳以上のお年寄りの方も駄目だ。先人の知恵や知識は貴重だ。是非平和な世になった時に、後進の育成のために辞退して欲しい。あと女性も辞退して欲しい。女性の逞しさを俺は知っている。しかし、その逞しさはみんなが生き残るために使って欲しい……」
俺はそこまで言い終わると、聴衆を見渡した。
そこかしこで、むせび泣く人の姿が見受けられた。
「義勇兵と言っても、命の保証をしてあげることが俺には出来ない。義勇兵に参加する者は、護るべきものがない人、寄る辺の無い人、命を戦場で散らす覚悟のある者だけに限る。以上に該当して、それでも義勇兵に参加したい者だけ、馬車に続いて王城まで付いて来て欲しい。それ以外の者は家に帰って、大切な人を護って欲しい」
「この国を護る王に、俺はなる!」
俺は演説を、この言葉で締め括った。
演説を終えると屋根から飛び降り、馬車の中に戻った。
「何でだろうな……義勇兵が大勢集まってくれたら、サーシャの提案だって生かせたはずなんだ。だけどみんなの一人一人の顔を見ていたら、あんな演説になっちゃった。俺ってヤッパリ王様には、向いてないかも知れないな」
俺は誰に言うでもなく、一人呟いていた。
「わたしは旦那様の言葉に、心を打たれましたわ」
「お兄様らしい演説だったから、良いんじゃない」
「特に扇動するような輩は見当たらなかったわね」
相変わらず三者三様の反応であったが、概ね慰めるような響きが感じられた。
すると不意に、御者席から声が掛けられた。
「ラウール陛下、後方の窓から覗いて見てくだされ。中央広場を発った後、後に続く人の列が途切れることがありませんぞ」
俺が後方の窓を開くと、御者の言う通りに人の列は、中央広場から途切れることなく人の列が行進していた。
やがて中央広場からは、シュプレヒコールが沸き上がっていた。
「ラウール国王陛下、万歳!我らロレーヌ王国に栄光あれ!オォ――ッ……」
俺はその光景を目にしながら、視界が滲むようにボヤけていくのを感じた。
隣に座るクリスティーナが、優しく俺の髪を撫でつけてくれている。
そして黒塗りの四頭立ての馬車は、城門を潜り抜けるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王城の軍務会議室に戻ると、参謀政務武官のフランコから報告が上がった。
「国王陛下、城内に参集した義勇兵は六万人以上になると報告が上がっております」
「いいか!義勇兵には全員に、正式な王国軍支給の剣と鎧を用意するんだぞ」
俺は参集してくれた王都民の気持ちに応えることは、出来るだけしてやりたい思いで一杯だった、
「しかし……六万名以上の武具の在庫はさすがに……」
参謀政務武官のフランコが慌てるように言うのを遮って、厳しく命じた。
「出来ないんじゃなく、ヤルんだ。それが出来ずに義勇兵なんて、恥ずかしくて受け入れられないだろ。必ず全員に支給するんだ。いいな!」
俺の一喝に、フランコは慌てるように会議室を飛び出して行った。
この王都にも武器・防具を扱う店はたくさんある。
細部を整えてやるだけで、一応正式な装備になるだろう。
俺が応えてあげられるのは、これ位のことだ。
それでも命を懸けて志願してくれた、王都民の覚悟と気持ちに応えられているかは分からなかった。
(俺はつくづく王として、分からない事ばかりだよな。ハッキリしてるのは、これでまた赤字王国に逆戻りすることだけか……)
それでも俺の決断には、微塵の後悔も無かった。
軍務会議室では、参謀政務武官たちが作戦の詳細を詰めていく。
なかには、戦術レベルの検討も行われている。
そんな軍議の中で、俺の率いる軍勢は百名から千名に引き上げられた。
なにも俺が自ら本陣を率いているからと言う訳では無さそうだ。
「たった百名で本陣を構えても、敵は偽装の本陣と見て囮の役割も果たせません」
参謀政務武官たち一同の見解であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かつて戦国武将は、各々一番扱いやすい兵数というものが在ると言っていた。
有名なところで言うと、上杉謙信の兵八千名や立花宗茂の兵二千名と言ったところか。
特に同じ戦場を戦った小早川隆景は、立花宗茂が率いる兵三千名は他家の兵一万に匹敵すると賞したそうだ。
要は将器により、最適な軍勢が居るってことだ。
俺にはいつもの執務室の四人でも、手に余るって言うのにだ。
(上杉謙信?立花宗茂?小早川隆景?はて、何のことやら?)
そうして立案されたのが、下記の作戦図の通りだ。
【ロレーヌ王国軍 ー作戦計画伊号ー 略地図】 ※■=湿地帯
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* 至・魔法王国 ΛΛΛΛΛΛ *
* || 第1・2王国軍ΛΛΛΛΛΛ *
* ロレーヌ王国領 || 兵2000 ΛΛΛΛΛ敵砦 *
* || 本陣(囮) ↓ 獣人(伏兵)ΛΛ ↓ *
* _____ || 兵1000 ○ ↓ΛΛΛΛΛ 凸 *
* |王城.広場| || ↓ 冊■■冊Λ◦ΛΛΛΛΛ 覇権帝国 *
*= | 凸 □ | ===||===〇◎冊■■==∥=∥=∥=●=ワルダー *
* | 王 都 | || ↑ 冊■■冊Λ◦ΛΛΛΛ ↑ 辺境伯領 *
*  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ || 義勇兵 ○Λ↑ΛΛΛ 帝国軍兵30000 *
* || 兵67000 ↑ 獣人(伏兵)ΛΛΛΛ *
* || 第3・4王国軍ΛΛΛΛΛΛ *
* || 兵2000 ΛΛΛΛΛΛΛ *
* || 凸 ΛΛΛΛΛΛΛ *
* 至・通商連合 イースター砦ΛΛΛΛΛΛ *
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これで一応、戦争の準備は整ったようだ。
急遽、軍事物資も整い始めている。
明日にでも、俺も出陣しなくてはならない。
(俺の国って作戦なら万全だけどね?)