Episode.022 俺の国って民意を汲み取れるのか?
軍務会議室を出ると、シャラクを除くいつもの面々は執務室に向かって歩を進めた。
シャラクは会議終了後、軍務大臣のパテックに引き摺られるように会議室を後にしていた。
俺が執務室に入ると、いつもの面々はマイチェアーを持ち寄り、執務机を取り巻き車座になっている。
因みに前回、マイチェアーを持参出来なかったクリスティーナは、どこから持ち込んだのか?高位聖職者が座るような、凄く宗教色漂う装飾に彩られた椅子を持ち込んでいた。
まぁ、クリスティーナが高位聖職者であるのは間違いないのだが……。
俺はその細密な装飾が気になって、つい椅子について尋ねてみた。
「クリスティーナの椅子って……なんだか凄いね。どこから持ってきたの?」
クリスティーナは相変わらず、キョトンとした表情を浮かべたまま答えた。
「えぇ、旦那様の執務室になんだかマイチェアーを持ち込んでるみたいでしたから、教会で一番使われて無い椅子をみんなで運び込んだのですわ」
(うん。きっと使う時は格式高い式典の時だけなんだろうな。きっと国宝クラスの椅子なんだろうな……)
俺は気を取り直して、先程までの会議についてサーシャにも意見を聞いてみた。
「まぁ、お兄様が取り仕切った作戦としては、及第点ってところかしらね」
サーシャは渋い表情を見せていた。
「サーシャはあの作戦じゃあ、不十分と見てるんだね」
「そうねぇ。今回一番良かったのは、王国軍の士気を高めたことくらいかしら。だってぇ。今回の案はイースター砦を、敵の侵攻方向前面に移設したみたいな作戦よね。いくら罠や防塁や柵や塹壕を使っても、結局のところ数の暴力には敵わないわ」
サーシャは悔しそうに、俯き加減で言った。
実際のところ俺自身が、まだ何かが足りないと感じていたからこそ、ここでみんなと集まっているのだ。
そこで率直に皆の意見を聞いてみることにした。
「皆の率直な意見を聞きたいんだ。何か提案とかないかな?」
「戦いは数なんだよ!兄貴……いえっ、お兄様」
「神様にお祈りすれば、みな戦争を辞めますわ」
「アタシが間道を一往復すれば、勝てるかもね」
相変わらず三者三様の提案がなされたが、どれも現実的な提案からかけ離れ過ぎていた。
それでも一人づつ丁寧に、提案の中身を聞いてみた。
先ずはサーシャからだ。
「数的優位を保つには、どのくらいの人数が必要になるかな?もちろん国庫を空にするまで、傭兵を雇い入れたって、たかが知れてるけど」
「そうねぇ。敵も相当の覚悟を以って侵攻を仕掛けているのですから、同等の兵数でも簡単には諦めないでしょうね」
「傭兵は雇えても、これからでは百か二百名か?……焼け石に水だな」
俺も諦め気味に、応えるしかなかった。
次はクリスティーナにも、一応聞いてみた。
「クリスティーナの案は、具体的にはどういう内容なの?」
「わたしが神に祈りますわ」
「それだけ?クリスティーナが神に祈ると、何かが起きるの?この間のイッツターン商会との謁見の儀みたいに、空から光が降り注ぐとか?」
「いいえ。特別な現象は在りませんわ。ただ神様が戦争をお止めになるのですわ」
何やら俺の心の中のSAN値が、ガリガリと削られていくような、不思議な感覚に襲われた。
(SAN値?はて、何のことやら)
最後はカレンだ。
カレンは意見を聞く以前に、ヤル気を漲らせている。
俺は質問では無く、本気で説得することにした。
「カレンの提案はとても嬉しいよ。ただ君は病み上がりだ。君を前線に連れていくことすら、躊躇っている程なんだ。ただ会議で『ラ・マーセラ』の名前を出してしまった以上、俺の側にいるだけでいいんだ」
「殿下は心配性だわ。いまのアタシなら、あの時以上の戦果を挙げられそうな気分なのよっ」
そう言うと、逞しい上腕二頭筋の力瘤を作って見せた。
「カレン、本当に約束してくれ。今回の作戦だけは、俺の側を離れないでいて欲しい」
俺はカレンの双眸を見詰めながら、そう言って聞かせた。
何やらカレンは頬を赤く染めながら、俯くとゴニョゴニョ言いながら、それでも最後には首を縦に振ってくれた。
結局のところ、執務室での会議は収穫ゼロで終わりを迎えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二日後、その間は執務室と軍務会議室との往復する日々を送っていた。
今は軍務会議室で、補給路の確保や前線の進捗状況などを確認しながら、必要な人員や物資を割り振っていた。
これを怠ると、直ぐに人命に直結する仕事なので気を緩める暇もない。
改めて、後方補給路の確保や輜重部隊の重要性を認識させられた。
そんな中で、斥候部隊の第一報が飛び込んできた。
「報告致します。覇権帝国の軍はワルダー辺境伯の軍旗を掲げており、その数三万名余り。攻城用の武器や補給などの重輜重部隊を引き連れているため進軍速度は遅く、ロレーヌ王国領内に到達するのは、四日後と推察されます。兵種ごとの人数については、第二報告以降となりますが、魔法師団も確認されております。以上!」
俺は報告した斥候兵を労うと、一旦疲れを癒すように促した。
同様の報告は、前線にも半日早く伝えられたと聞く。
俺は参謀政務武官のフランコに対して、意見を求めた。
「報告から推察するに、あの狼人族のツインピークス殿の話はかなり正確であったことが伺えますな。更に此度の作戦の規模から察するに、通商連合との外交事案以前より計画な成されていたものと考えられます」
「俺は覇権帝国軍が掲げていた軍旗が、ワルダー辺境伯の旗だけだったことが気になるんだ。兵数自体であれば、ワルダー辺境伯の軍勢だけで足りるのは分かるけど、通常であれば中央から軍監の部隊が派遣されていなければおかしいんだ。もっとも第二報以降に報告が上がって来るとは思うんだが」
俺は直感的に、今回の軍事行動がワルダー辺境伯の独断で進められている気がしていた。
特に先日の特殊任務兵で王城を襲撃した件といい、未だに正式な宣戦布告が為されていない事といい、不合理な面がいくつも目立つのだ。
ピキ――ン
(ワルダー辺境伯は、覇権帝国からの独立を目論んでいるのでは?そしてその真意は?)
「フッ、まさかだな……」
俺は独り言ちていた。
暫らくすると、別の参謀政務武官が転がり込むように、入室してきた。
「なんだ!国王陛下の御前であるぞ」
参謀政務武官のフランコが嗜めるように言った。
すると参謀政務武官が息を切らしながら、報告を始めた。
「じ、実は……戒厳令の告知に王都を周っていたの……ですが、ハァーッ、ハァーッ、続々と王都民が中央広場に、ハァーッ、ハァーッ、集結しつつあるのです。ハァーッ、ハァーッ……」
「何だって!」
王都民の保護を優先とするための戒厳令だ。
それなのにまさかの内乱なのか?
俺は緊張感から、冷たい汗が一筋背筋を滴る感覚に襲われていた。
(まさか覇権帝国から、暴動を扇動する諜報員を事前に潜ませていたのでは?)
俺の脳内では、高速回転で事態の推移をシュミレーションしている。
ただし現実逃避からか、どうしても今回の集結に、合理的な理由が思い浮かばない。
しばらくすると更に、別の参謀政務武官が報告に入室してきた。
「国王陛下に報告致します。どうやら集結しつつある王都民は、我々も義勇兵として戦いたいと申しております。その数少なく見積もっても十万人に上り、益々規模が膨らんでいるようです」
「ち、ちょっと待ってくれないか。王都民は五十万人程ではなかったか?それも全年齢でだ」
俺は状況を理解できずに問い返した。
「それが……老は腰の曲がった老人から、若きに至っては子供の姿も散見されます。それも男女問わずにです」
俺は驚愕を隠せないでいた。
一体なんで?ここまでの事態に発展しているんだ。
戒厳令を発令して、未だ一日も経っていないはずだ。
「民衆の幸せを第一に考える王に、俺はなる!」
この軍務会議室に、俺の声が響き渡るのを実感した。
俺は参謀政務武官に命じた。
「取り敢えず、王都民の気持ちは伝わったが、敵は戦争のプロフェッショナルだ。それに魔法師団も抱えていると聞く。無駄に犠牲者を増やすだけだ。各自一旦自宅に戻るように通達せよ!」
その言葉に、参謀政務武官は情けない声色で訴えてきた。
「む、無理です。初動で陛下の申されるように誘導したのですが、一向に効果が無く。いまや十万人の民衆が集結しているのです」
この無能な武官を即刻、解雇したかったが、今は王都に平穏を取り戻すことが先決だ。
俺は一拍、思考の深淵に飲み込まれた後に、声を上げていた。
「俺が直接、中央広場に乗り込もう!」
(俺の国って民意を汲み取れるのか?)