Episode.020 俺の国ってなぜ軍事力も弱小なの?
幌馬車を降りると、そこは正しく式典会場だった。
小さな戦場は陣幕で遮られており、儀礼服に身を包んだ兵士たちが、獣人一行を出迎えようとしている光景が目に映り込んできた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
俺が幌馬車から降りると、一同から拍手が沸き上がった。
何か『ドッキリ』に引っかかった、タレントの気分を味わっていた。
(ドッキリ?タレント?はて、何のことやら……)
パテックが、コッソリ耳打ちした。
「ラウール陛下。ここで仕切り直せば王国の体面は保たれます」
俺はハッキリ言って激オコだったのだが、王国の二文字を出されると、冷静さを取り戻さねばという、妙な使命感が沸き上がってきた。
「犠牲者に報いられる王に、俺はなる!」
俺は自らを鼓舞しながら、壇上に上がると全員を見渡した。
すると高低差で見えなかった、先程の小さな戦場が目に入った。
「本日、覇権帝国ならびに通商連合によって、不法に拉致監禁されていた獣人の皆さんを、ロレーヌ王国で解放できることは、人間と獣人との共存を目指す我が王国にとっては、歴史的な日となりました」
俺は隣の戦場を目にして、視線を戻して更に続けた。
「獣人の皆さんも、ロレーヌ王国の兵士も、この小さな歴史的一歩のために、多くの血を流してしまいました」
俺はこんな偽善的な挨拶をしている自分が、段々許せなくなっていた。
「……もうこれ以上の犠牲はたくさんだ!皆に聞いて欲しい。自由や人権は犠牲なしに、無償で与えられるものでは無いことを。本日ここにロレーヌ王国は、『獣人の権利』を保証する法律を正式に布告する」
オオオオォォォォ――――ッ!
式典に参加している全員から、割れんばかりの歓声が上がった。
俺は静かに願いを込めて言葉にした。
「そして、本日亡くなった全ての者のために……宗教や神は各々が信仰する作法に従って、冥福を祈って欲しい。黙祷!」
二百人以上いる式典会場のはずだが、波を打ったように静まった。
もちろん一部には、小声で祈りをささげる様な声が漏れ聞こえてくるが、皆が真剣に祈ってくれているようだ。
俺自身も片膝をつき、静かに黙祷を捧げた。
一分も経っただろうか?
パテックが気を利かして、黙祷の終了を告げた。
俺は続けて、声を張りあげた。
「皆多くが家族と離れ離れとなったことだろう。ただ一部かも知れないが、獣人の少女たちを先に保護している。さぁ対面の時間だ!」
すると獣人ハウスから、少女たちが飛び出してきた。
それぞれが親元や、同じ種族の獣人たちの輪に飛び込んで行く。
(そっか、獣人たちは人間より鼻も耳も良いから、お互いに気が付いてたのかも知れないな)
最後に獣人ハウスを出てきたのは、シャラクだった。
俺は壇上から飛び降りて、シャラクのところまで駆け出していた。
シャラクは、既に冷たくなりかけている猫人の少女を抱えていた。
「敵は獣人の少女の居場所も、人質として使えることも知っていたようじゃ。儂が側に付いて居ながら、少女の命一つすら護ることが出来なんだ……」
シャラクの瞳からは止めどもなく、涙が溢れ出していた。
俺は先程まで使っていた壇に白布を敷かせて、猫人の少女をそこに横たえた。
同じ猫人族を中心に、葬祭壇を取り囲んでいた。
しかし誰一人として、シャラクを問い詰める様な者はいなかった。
俺の周りにも、獣人の少女たちが取り巻き、口々にシャラクを庇っていた。
「お爺さん、悪者、戦ったの」
「お爺さん、わたしたち、助けたの」
「お爺さん、傷、治した……」
俺はただ肯定する様に、頷いてやる事しか出来なかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
式典が終了すると、足早に城内にとって返した。
(カレンは無事か?カレンの容体は?なんで、俺の代わりに身を投げ出したんだ!)
確かカレンは、彼女の私室に担ぎ込まれているはずだ。
足早だった速度は、いつの間にか全速力になっていた。
バァ――――ン!
ノックもせずに、扉を開いた。
そこにはベットを囲む様に、サーシャ、マルゲリータ、そして教会から駆け付けてくれたクリスティーナが佇んでいた。
クリスティーナは、俺と顔を合わせると、悲し気に首をわずかに横に振った。
「う……嘘だろ……」
俺は思わず、ベットの枕元に駆け寄って跪くと、カレンの手を握りしめた。
その手には、未だ温もりが残されていた。
俺は涙で滲んで、よく見えなかった。
こんな現実を、受け止めるだけの余裕も無かった。
「カレン、さっきまで元気だったじゃないか!早く目を覚ませよ……さましてくれよ……」
俺は懇願するように、カレンに呼びかけていた。
スゥ―――――ッ、クゥ―――――ッ、スピィ―――――――ィ……
「お兄様、シィ――ッですわ。今さっき、寝付いたばかりなのですから」
サーシャが、華奢な人差し指を口元に立てて、嗜めるように言った。
「ん?えっ?ど、どぉゆぅーこと?」
俺は改めて、クリスティーナの方を向いて訊いた。
「どうもこうも聖女のわたしが、癒せない毒なんて在りませんわ。それに背中の傷だって、綺麗に蘇生できるのに……傷痕はそのままにして欲しいだなんて。淑女なのですから、もう少しご自分の容姿を、大切にすべきだと思いますわ」
どうやらクリスティーナが残念がっていたのは、傷痕に関してだけのようだった。
俺は安堵からか、一気に全身の力が脱力した。
「お兄様もやるわねぇ。『この傷痕は、二人だけの想い出の絆だから、残しておいて欲しい♡』ってことでしょ?」
俺の脇腹を、やたら肘で小突く。
俺は確認のため、再度クリスティーナに訊いた。
「じゃあ、カレンはもう大丈夫なんだな?」
クリスティーナは、優しげな微笑を湛えて、小さく頷いた。
「さすがクリスティーナは……」
シィ――ッ!
今度は三人同時に、人差し指を口元に立てていた。
皆一様に笑顔だった。
「あと近衛兵団の方々も、解毒だけなら回復していると思いますわ。今回負傷した方々の治療に、腕利きの修道女はもちろん、司祭様まで駆け付けて下さっているのですから」
クリスティーナは、近衛兵団の治療状況まで説明してくれた。
俺は本来ここで安堵するところなのだが、なにかが頭に引っかかるようだった。
今まで時間に追われ過ぎていて、冷静な思考が出来なくなっていたのだ。
(何が引っ掛かっているのだろう?犠牲者が出てしまった……確かに悔やんでも悔やみ切れないが、たぶんソコじゃない)
俺は思考の闇に、沈んでいく。
周囲の彩度が急激に色褪せていく、まるで先程の戦闘で味わった感覚そのものだ。
ピキ――ン
(あの暗殺者集団は、覇権帝国の手の者だろう。そして本来の目的の俺の暗殺に失敗した……いや、そもそも俺が式典に参加したのも偶々だ。それでは本来の目的は……!)
「サーシャは一緒に、軍務会議室に来てくれ。マルゲリータは急ぎ、シャラクと軍務大臣のパテックを呼びに行ってくれ。クリスティーナは、カレンに付き添っていて欲しい」
言い終わると、サーシャを引き連れて軍務会議室に向かった。
俺はサーシャにも、問いかけてみた。
「今回の襲撃事件をどう見る?」
「単にお兄様の暗殺を狙ったのだとしたら、杜撰この上ないわね。それとも式典を台無しに……それにしては犠牲が大きすぎるわ。あの人数の襲撃では、正規兵に取り囲まれて討伐されるのは、時間の問題だったでしょうね」
「ただ確実な戦果は得ている。それは王城を一時的に混乱に陥れることだ」
「そんな事をするだけのメリットが、覇権帝国に在るとは思えないわ……いえ、まさか?」
サーシャの双眸も、赤味を強く帯びだしている。
俺は軍務会議室の扉を開きながら、振り返って答えた。
「戦争だ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
軍務会議室には軍務大臣のパテックを始めとして、各軍団長に参謀将校、更には獣人の代表として老狼人の男も参集した。
先ずは俺から、話の口火を切った。
「今日は全員、ご苦労であった。尊い犠牲を払う事と成ったが、お陰で敵の目的は一旦は退けることに成功した」
一同を見渡すと、さすがにこれで全てが解決したと考えている者は居ないようだった。
「軍務大臣のパテックは、この先の事だがどう見ている?」
俺は先ずは、軍務大臣の意見を問うた。
「今回の襲撃犯は、どうやら覇権帝国の特殊部隊のようですな。身元が判明することを厭わずに、作戦に及んだという事は宣戦布告をしたと同義だと考えますぞ」
パテックもまた、同様の見解のようだ。
俺は皆に、向かって訊いた。
「敵の狙いは王城が混乱している内に、東のイースター砦を占拠すべく動くと思う。早急にイースター砦への増援と、敵軍の陣容確認のための斥候を出したいと思っているが、どうだ?」
すると40歳くらいの中堅参謀将校が、発言を求めたため許可した。
「今回、狼人族の者が有益な情報が有るので、是非とも陛下にお伝えしたいと申しております」
老狼人族の男が恭しく、お辞儀しながら奏上した。
「ワシは狼人族の族長を務めておった、※$%&#※と申す。人間語流に言うと『両の高き峰に吠えるもの』……ツインピークス・ハウンドとでも言うのかのう。虜囚の身に甘んじてた折は、一応は獣人全員を束ねておった」
俺は改めて、挨拶をした。
「ロレーヌ王国のラウールだ。今回の式典の際には、獣人族からも犠牲者を出してしまって、本当に済まないと思っている。ツインピークスって呼べばいいかな?早速だが有益な情報とやらを、聞かせては貰えないだろうか?」
ツインピークスは、首肯して応えた。
「ワシら獣人みんなが、貴国が犠牲を払ってまで我々を救ってくれたことは、手枷、足枷、口枷、目隠しをされておっても、手を取るように分かるものじゃ。それは覇権帝国で、虜囚として居た時も同様じゃ。各獣人が見聞きした情報をまとめると、ワシらの輸送を済ませた後に、大規模な軍事行動を起こすのは確実な情報じゃ。その兵数は約三万名を超えるものとなるじゃろう」
「さ・三万の軍勢だと?」
軍務会議場に居合わせた軍務関係者は、一様に驚愕していた。
それはそうだろう。
ロレーヌ王国の正規兵は、総勢でも五千名しか居ないのだから。
(俺の国ってなぜ軍事力も弱小なの?)