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3話 二人の不可侵領域

「アンタのお世話っていうのは、『こういうこと』も込みって考えていいんだよな?」


 航太にソファへ押し倒され、目を白黒させる葵。

 青年の浮かべる不敵な笑みと、まだしっとりと濡れた鍛えられた体が視界いっぱいになって、思考回路は爆発寸前だった。


 ──『こういうこと』っていうのはつまり、迷惑料は体で払え的なこと!? 体で払えというのはつまり……でも……!!


「そんなのダメ! こんな年下の子に手出したなんて知れたら社会的に抹殺されかねない!」

「何言って……うがっ!?」


 両腕を封じられた葵が力の限り抵抗すると、ジタバタさせた足が航太の股間へクリーンヒットしたらしい。

 航太がうずくまった隙に、手の中から抜け出して転がるようにソファから離れる。


「ご、ごめんなさい……大丈夫?」

「ぐっ……アンタなぁ、一日に二度も人をこんな目に合わせやがって……」


 航太は顔を上げて葵を睨むが、急所が痛むらしくその視線には覇気がない。

 その隙に、葵は航太との間に一定の距離を取って、野生動物を制するように両手を前に出した。


「と……とにかく! お世話するとは言ったけど、お互いに妙齢の男女としての節度を守って! それ以外なら、頼まれれば大抵のことは手伝うから」

「ちっ、分かったよ。ちょっとからかっただけだろうが」

「お、大人をからかうもんじゃありません!」

「さっきまで男女がどうとか言ってたくせに、今度はガキ扱いかよ。分かんねーオバサンだな」

「おば……!?」


 翻弄される葵をよそに、航太は一人でどうにかTシャツに袖を通し、どかっとソファに座る。

 これ以上言っても仕方がないと判断した葵は、航太との間にテーブルを挟んでクッションに座った。


「そういえば、ご実家に連絡はしたの?」

「それは……」


 航太が分かりやすく口ごもった。どうやらろくに連絡していないらしい。

 オバサン呼ばわりされたついでに、葵はおせっかい心を出して続ける。


「事情なら私から話すから。もちろん、同居のこととかはうまく伏せるし……」

「やめてくれ、そういうの。迷惑だ」


 航太がぴしゃっと言い放ち、葵は少しひるんだ。


「節度を守れって言ったのはアンタだろ。とにかく、アンタは家と食事を提供してくれればそれでいい。余計な口出すな」


 口が悪いだけのさっきまでとは違う、他人を寄せつけない気配。葵は航太からそれを感じ取ったが、何も言葉を返すことはできなかった。


 その日はそのまま休むことになった。航太にはリビングに敷いた客用布団を提供し、葵はいつも通り自室のベッドに入った。


 *


「大学生と同棲!?」

「ちょっと美沙、声が大きい」


 とある休日のランチタイム。

 葵は美沙と約束を取りつけ、ここ最近の出来事を話して聞かせた。ただし、ソファに押し倒されたことは除いて。


 葵が航太との同居生活を始めて、一週間ほどが経った。

 葵は家にいる時間がほとんどで、以前までと大して変わりない生活を送っている。

 変わったことといえば、炊事洗濯が二人分になったことくらいか。


 料理は、朝昼夜と三食航太と席を共にしている。今までなら作り過ぎた、と思ったときでも、航太がペロリと平らげてしまう。好き嫌いなくなんでも食べてくれるので、ありがたい限りだ。


 洗濯も葵の担当だが、一人分も二人分も大して変わらない。初めのうち、航太は自分の下着だけ別に洗っていたが、今では気にせずぽんぽんと洗濯かごに放り込んでいる。


 航太は何をしているかと言えば、宅配をはじめとした肉体労働のアルバイトを休まざるを得なくなってからすぐに、在宅でもできるアルバイトを見つけてきたらしい。

 自宅から持ち出してきたというノートパソコンで、朝から晩まで試験の採点やデータ入力を行っている。

 友人と遊びたい盛りだった自分の大学時代を思い出すと、葵は感心しきりだ。


 それから朝食前と夕食後、航太は三十分ほどランニングに出かける。休んでいる間も体力を落とさないようにということらしい。

 そのおかげであの体が出来上がっているのか、と葵は思い出そうとしてやめた。初日に押し倒されたことを思い出すと、今でも頬が熱く火照る。


「でも、本当に色っぽいことの一つもないの? 大学生のオトコノコなんか、手近に女がいればくらっときちゃうんじゃない」


 美沙に言われ、葵はギクッと肩を強張らせた。


「そ……れは、間違いがないように気をつけてるし! 恋愛マンガみたいなことはそうそう起こらないんだからっ」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ! ……それに」


 葵の胸の内で、じくり、と、深い傷がまだ癒えていないことを主張する。


「オバサン呼ばわりされたんだよ? ……私のことなんか、女として見てないって」

「……葵」


 名前を呼ばれて顔を上げると、美沙が真っ直ぐに葵の目を覗き込んでいた。


「恋愛や結婚がゴールだなんて言わない。私だって仕事に生きてて幸せだし……その上で勝手なんだけど、葵にはまだ諦めないでほしいの。素敵な人と出会って、幸せになることを」

「……うん。ありがとう」


 親友の言葉に、葵の気持ちは少し軽くなった。


「だけど、今の子とは本当になんにも、美沙が期待するようなことはないからね。残念だけど」

「そっかあ。ま、誰かれ構わず襲ってくるような野郎よりはマシかもね」


 そんなことを話しながら、ランチタイムは楽しく過ぎていった。

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