決闘宣言
「ひ、独り立ちですって!? あなた、口を慎みなさい!」
発狂したように異論を唱えたのは、公爵夫人だった。不思議な話だ。私の記憶通りなら、『落ちこぼれ』など家に必要ないと言い出したのは公爵夫人だったはず。独り立ちするのは、彼女にとっても好都合だろうに。
「アンドレア……私は、お前に発言を許可した覚えはない」
「し、しかしっ……」
「二度も言わせるな、アンドレア」
公爵に凄まれて、夫人は私を睨みつけながら引き下がった。夫人は確か……子爵家の生まれだ。魔法の才能に恵まれていたというだけの理由で公爵と結婚したから、公爵に強く出られると逆らえないのだろう。
夫人が引き下がると、公爵は私を見た。わざわざ食事の手を止め、私の話に耳を傾けた。
「リリエル。お前はまだ十二だ。独り立ちは十八になってからだと知っているな?」
公爵の言葉に、私は頷いた。
独り立ち、というのは、ファルドマン公爵家を出て、ファルドマンの名を捨て生きていく、という意味だ。基本的に、嫡子である第一子と、嫡子に万が一の事態が起きた時のための第二子……それから、所謂エリートと呼ばれる要職に就いた者以外は、十八になると独り立ちしなければならないという掟がある。
ファルドマン公爵家でいえば、嫡子であるユリウス兄様と、第二子であり、宮廷魔導士団というリディア王国一の魔法使い集団への推薦がされているアンジェリーナは、ファルドマンの名を持ったままになるだろう。
しかし、第三子以降のエドマン、私、ロニーは、要職にでも就かなければいずれは家を出ることになる。それが、公爵家における独り立ち。
「はい。ですが、公爵家の援助がなくとも生きていける実力があれば、年齢に問わず独り立ちができると聞きました」
「……確かに、歳が十二であろうと私が認めればそれでよい。よく学んでいる」
私の希望は、少しでも早くこの家を出ること。夫人たちの願いは、私を追い出すこと。利害としては一致しているはず。あとは、私が実力を示せばいいだけの話だ。
「それに、私は第四子。次期当主はユリウス兄様ですから、要職に就かなければ、いずれは家を出なければなりません。早いか遅いか、それだけの違いです」
「うむ。その認識に誤りはない」
公爵は無表情ながら、どこか感心したように頷く。想像していたよりも好感触だ。
それも束の間。グラスに注がれた水を口に含んだ公爵は、次の瞬間、鋭い眼光で私を睨みつける。
「——しかし、どうやってそれを証明するつもりだ」
あまりの威圧感に、思わず息を呑んだ。魔法の実力がどうとかいう話ではなく、シンプルに顔が怖すぎる。
……だが、策は既に練っている。私がこの家を出るために……そして同時に、三馬鹿兄弟に恥をかかせることができる策を。
「決闘です、お父様」
「決闘だと?」
訝しむような様子で、公爵は目を細めた。
「アンジェリーナ姉様は宮廷魔導士団に推薦されるほどの魔法使い。エドマン兄様もロニーも、既に十分、魔法の才覚を発揮しています」
突然名を呼ばれた三人は、それぞれぽかんと呆けながら、食事の手を止めた。
「ですので、三人と決闘をして私が勝利すれば、独り立ちを認めていただけませんか?」
私がそう告げると、アンジェリーナはナイフとフォークを手にしたまま、勢いよく机を叩いた。
「あ、あんたっ……宮廷魔導士団にも推薦されてる私を馬鹿にしてるわけっ!?」
「そ、そうだ! 第一、魔法が使えない落ちこぼれが、俺たちに勝てるはずないだろ!」
「あら、負けるのが怖いんですか? そうですよね、落ちこぼれに負けたとあっては……家門の恥ですものね」
わざとらしく口元に手を添えて、わざとらしく笑ってみせると、二人は手にしたナイフで襲いかかってくるのではないかと思うほどに激昂し、顔を赤くした。
そう。私がわざわざ、ここまで派手な魔法を使ってこなかったのは、この決闘でアンジェリーナたちを引き摺り出すためだ。強力な魔法で萎縮させてしまっては、ここで挑発することもできないから。
それに、私はまだ『落ちこぼれリリィ』であった方が都合が良い。凄まじい才能に恵まれた私に負けるよりも、つい先日まで落ちこぼれであった、魔法が使えないはずの私に負けた方が、奴らの屈辱も大きいだろうから。
(ふふっ……暴力で仕返ししたって面白くないからね。あんたたちには、公爵の前で大恥をかいてもらう)
アンジェリーナに関しては、それで宮廷魔導士団への推薦が取り消しにでもなれば、最高の復讐になるだろう。今から胸が躍って仕方ない。
「だ、第一……私たちにそれを受ける理由がないわっ! なんであんたのために協力しないといけないのよ!」
……おっと、そうきたか。確かに、現状ではまだ、アンジェリーナたちに決闘を受けるメリットがない。
「あら……それもそうですね。では、私が負ければ……例の件は水に流してあげます。本来なら、然るべき場所で、証拠も揃えて公表しようかとも思っていたのですが」
私の言葉に……特に、エドマンは顔を青くした。
「れ、例の件……?」
「半年前のスープの件、ですよ」
先ほどまで激昂していた三人は、その言葉を聞いた途端に大人しくなった。なるほど、これは効果抜群だ。
私は半年間、原因不明の昏睡状態にあった。医師も手を投げたというその原因だが……そんなものは既に突き止めている。ずばり、『毒』だ。
半年前、私をいじめていた三馬鹿は、夕食に振舞われたスープに遅効性の毒を混ぜたのだ。もちろん、私のスープにだけ。その毒が原因で、私は半年間目覚めることがなかった。
しかし、そうなると不思議なのは、それが『原因不明』だと判断した医師だ。毒であることすら見抜けなかったのは、彼の診断が甘かったから……と、いうわけでもない。
見れば、夫人も顔を青くしている。やはりか。彼女も『グル』なのだ。そして、診断をした医師も。この屋敷に私の味方はいない。恐らく、他にも共犯者は沢山いたはずだ。
そして、その証拠はある程度掴んでいる。毒を混ぜるように指示をしたメモや、実際に毒を混ぜた料理人など……いくら公爵家内で起きたことだとはいえ、それが世間的に明るみになれば、公爵家への世間の目は変わってしまうだろう。
私はそれでも構わないが、公爵本人がどう思うか。良くは思わないだろう。
ここにきて誰も口を開かなくなってしまったことで、同意を得られたのだと思ったのだろう。公爵は私たちの顔を見回すと、宣言した。
「……よいだろう。もし三人を相手に勝利を納めれば、お前の独り立ちを認めよう」
「ありがとうございます、お父様」
略式の礼をして、にこりと微笑む。毒殺を企んでいた四人は、笑顔なんて作れるはずもなく、ただただ頬を引き攣らせていた。
「決闘は三日後。朝食会の後に行う。よいな?」
「はい、構いません。ですよね、姉様方」
引き攣った笑顔を見せ、頷くアンジェリーナたち。公爵命令だ。流石に断れまい。
……舞台は整った。このために苦労して霊薬を作り、魔力に耐え得る肉体を作ってきたのだ。私に手を出したこと、後悔させてやる。