カラマレ
ギルドで依頼を選んでいると絡んできた中年の男。鼻に大きな傷と、ボサボサでまとまりのない髪。酒に酔っているのか、頬がやや赤い。
私を見つめる男の目には、公爵家で散々味わってきた、人を見下すような負の感情が見える。大方、まだ年齢的にも肉体的にも子供である私が、背丈と同じくらい大きな剣を持って依頼を探しているのが気に食わなかったんだろう。
「一応、鉄級下位冒険者なんだけど」
「鉄級下位だぁ? んなハリボテの大剣持ってるやつが、銅級を卒業できるわけねえだろ」
男は若干呂律の回っていないような口ぶりで私を指差した。なるほど、私みたいな小さな女の子が大剣を担いで動けていることに対して、『あの大剣はハリボテの偽物だ』という結論を出したのか。なんて短絡的な。
どう見ても歳上だし、本来なら敬意を払わなければならないんだろうが……生憎、私は私のことを嫌いな人間に敬意を払えるほど、できた人間ではない。公爵家で下手に出ていたのは、アンジェリーナたちに恥をかかせるためだ。そうでなければ、あんな連中に敬語なんて使わない。
こういう時、絡まれた人間はどう対処するのが正解なのだろう。職員で唯一の知り合いであるユーリは、休みなのか姿が見えないし、『紅月』のメンバーも見当たらない。他の職員もこちらに気づいている様子はないし……。
「……めんどくさ。エミリィ、どれか適当に選んで、行こっか」
「え、えぇ……?」
相手をするのも面倒になった。あまりギルドで問題ごとを起こしたくないし、その結果として除名処分にでもなれば、私だけでなくエミリィたちにも迷惑がかかる。こういう面倒な輩はどうせ口だけなのだから、放っておくに限るのだ。
「おいおい。先輩が忠告してやろうってのに、何だぁその態度は」
大きな掲示板から目についた依頼書を剥がし、その場を離れようとする。しかし、男は機嫌を悪くしながら、回り込むようにして立ちはだかった。
「はぁ……おじさん、まだ何か用?」
「なぁに、ちょっくら可愛がってあげようと思ってな。まだガキだし貧相な体してるが……」
男はそう言って、舐め回すような視線で私の体を眺めると、今度は隣に立つエミリィへと視線を移した。
「どれ、隣の女も上玉じゃねえか……今なら、謝りゃ許してやってもいいぜ」
吐き気がするような視線をエミリィに向けた男の手が伸びる。手の先には、エミリィの胸があった。
……あ、こいつ、ぶちのめそう。私だけならともかく、エミリィの体を狙ってやがる。
男の手がエミリィに届くよりも前に、奴の腹部に鉄拳を叩き込む。メキメキと、奴の身に付けていた鎧が軋むような音がして、奴の体が大きく後方へ吹き飛んだ。
怒りに任せて本気で殴ると殺しかねないから、不本意ながら手加減した。数メートルほど吹き飛んだ男の顔は青ざめていて、鎧はまるでハンマーで殴りつけられたように大きく凹んでいた。
呻くように声をあげながら起き上がろうとする男のもとへ歩み寄ると、男は腰に差していた剣の柄に手をかけた。起き上がりざまに私を斬りつけるつもりだろう。
「こ、このクソガキがっ……!」
剣を抜かれるその前に、私は背中の大剣の柄を握り、振り下ろす。本来なら大の大人でも容易には振り回せないであろう鉄の塊が、男のすぐ真横を通り過ぎ、木の床に突き刺さる。突き刺さる、というよりは、ぶち破る、という方が正しい表現な気もするが。
「何か、文句でも?」
痛みで青ざめていた男の顔から、さらに血の気が引いた。この顔は知っている。『逆らってはいけない相手』だということを、本能が察した時の顔だ。
そんな時だ。騒ぎになって事態に気づいたのか、一人のギルド職員が駆けつけた。
「ななっ、何事ですかっ!? 剣が床にっ!?!?」
職員は慌てふためいて、私と男との顔を交互に見合わせている。先に動いたのは奴だった。
「た、助けてくれっ! 依頼を選んでたらこのガキがいきなりっ……!」
「えぇっ!?」
職員が驚き、疑心の目を私に向けてくる。
……こいつめ。どの口がほざいているんだ。今すぐ叩き斬ってやろうか。
と、思わず最大限の呪詛がこぼれそうになったところを、エミリィが制止してくる。エミリィは地面に横たわる男を指差した。
「ち、違います! この人、いきなり暴言を吐いてきて、私を襲おうとしたんですっ!」
「えぇっ!?」
職員の疑心の目が、今度は奴に向けられた。職員は大混乱中だ。何せ、彼からすればどちらが本当のことを言っているのか、皆目見当もつかないのだから。
状況的に言えば、剣を振り下ろして男を下している私が不利……だが、私の直感が言っている。この男、絶対にやっている。酒に酔っていたとしても、あの手癖の悪さだ。きっと何かしら、過去に問題を起こしているはず。
「わ、私では判断しかねるので……上の者を呼んできます!」
再び私たちを交互に見る職員。しかし、自分では決断が下せないと判断したのか、私たちに一礼すると受付の奥へと消えていった。
「……ちっ!」
「あっ!?」
すると、何か不都合があったのか、私が職員に気を取られている隙に、男は舌打ちをしてすぐさま立ち上がり、ギルドの出口へと走り去っていった。エミリィが引き留めようと手を伸ばすものの、その頃にはもう、手が届く距離にはいなかった。
振り返りざまに、にやりと気持ちの悪い、してやったりな笑顔を浮かべる男。このまま逃げられると思っているんだろう。
残念ながら、逃がす気はない。私の大事なエミリィに手を出そうとした罰は受けてもらう。
「『強化麻痺』」
「あがっ!?」
手のひらを奴に向け、魔法を構築する。発動したのは『麻痺』の強化系である『強化麻痺』。ただ痺れさせて動きを鈍らせる『麻痺』とは違い、まるで強力な電撃を受けたかのような痛みを受けながら動きを抑制させるのが『強化麻痺』だ。その代わり、持続時間が短いのが玉に瑕だけど。
魔法を受けた男はそのまま地面に倒れ込み、口から泡を噴きながら痙攣している。その上、全身の穴という穴から、何かしらの体液が漏れ出していた。あまりの惨状と漂う悪臭に、ギルドから退散していく冒険者たちもいる。
これは中々……えぐい光景だな。前世ではあまり使ったことのない魔法だったから、はっきりとどういう効果が現れるのか忘れていたけど、こんなにえげつない魔法だったか。この男の魔力抵抗力が低かったから、特別効きが強い可能性もある。注意して使わないといけないな、これは。
「すみません、遅れ、まし……た……」
職員が現れたのは、それからすぐのことであった。既に麻痺の効果は解けているものの、悪臭を放つ体液の中で気絶する男の姿を見て、職員は少し……いや、かなり引いていたように思う。




