魔法使い、やーめた!
——翌朝。一週間ぶりのベッドということもあってか、私たちは昼を過ぎるまで熟睡をかましていた。本来なら『収納』にベッドを放り込んでおけば、野宿でも快適な夜を過ごせるのだが、生憎、王都を発った頃の私たちにそれほどの金銭的余裕はなかった。流石に公爵家の物を勝手に拝借するのもいかんだろうし。
というわけで、少し遅めの昼食を摂ってから、私たちは街の散策に出ることにした。昨日のうちにエミリィに支払った給金と家族手当を除いても、まだそこそこの余裕がある。
とはいえ、無駄遣いは禁物だ。冒険者として安定的に稼げるようになるまで、不要な物を安易に購入するべきではないだろう。
「あ、リリィ、すごく良い匂いがする串焼きのお店が!」
「買おう!!」
これは必要経費である。その昔名を馳せた偉人たちも、腹が減っては何とやらと言っていた。昼食後であるにも関わらず匂いに釣られて腹が減るということは、すなわち、私のこのだらしないお腹はまだ食べ物を要求しているということだ。
「う、おぉ……!」
そんなわけで必要経費と言い張って予算を削りつつ辿り着いたのは、冒険者向けの装備品の店。周りにある他の店舗よりも一回りほど大きな店の中は、店の中央を境目として武器屋と防具屋できっぱりと分断されていた。
どちらも、飾られている商品の品質は初心者向けから上級者向けまで様々で、前世ではあまり見慣れない光景に、思わず心が躍った。
「いいねいいね、こういうの冒険者っぽいね……!」
「ぼ、冒険者っぽい……?」
隣に立つエミリィが不思議そうに私を見ているが、気にしない。前世の私は何百年と生きた魔女だったが、だからこそ、こういう子供心をくすぐるものに弱いのだ。
「ところで……リリィはやっぱり、杖を使うんですか?」
「そりゃ、魔法使いだしねぇ」
武器屋側の壁に飾られてある何本もの長杖を見て、エミリィはそう言った。
魔法使いの武器は長杖。そう、相場は決まっている。前世の私も長杖を使っていた。しかし、これにはれっきとした理由がある。
魔法使いの杖の素材として用いられるのは、主に『常魔の樹』——通称、『マジックツリー』と呼ばれる木の枝だ。これは大気中に含まれる魔力濃度が高い地域に限って生えるもので、これを素材とした杖には幾つかの特性が現れる。
魔力の蓄積や、杖を通して行使した魔法の効果を向上させるなど、どれも魔法使いにとっては恩恵となる特性ばかり。故に、魔法使いはこのマジックツリーの枝で作られた杖を好んで使う。短杖よりも長杖を好む者が多いのは、巨大であればあるほど蓄えられる魔力の量が増えるからだ。
前世ではその特性を活かし、一〇メートルほどの木を丸々杖にした馬鹿がいた。当然蓄えられる魔力の量は増えたが……逆に、巨大すぎて魔法の効果が低減してしまうというデメリットがあった。おまけに、杖自体に魔法を重ね掛けしなければ持ち歩くことも困難ときた。そこまで具体的な情報を持っている時点で、察してほしい。
「決闘の時は公平性を期して武器の使用は禁じられてたけど、姉様たちも本来は長杖を使って戦う魔法使いだよ」
「でも、ユリウス様は剣を使われますよね?」
「ああ……兄様は魔法剣士だからだよ。剣術の才能と魔法の才能、その両方に恵まれないと選べない職業だね」
『ファルドマンの最高傑作』とも称されるユリウス兄様は魔法剣士だ。魔法使いでありながら、剣士でもある稀有な職業。当然、そのどちらにも天賦の才能を求められ、そうでなければ『器用貧乏』と呼ばれる悲惨な運命が待っている。
魔法剣士が使う剣の材質は、主に『ミスリル』と呼ばれる鉱石だ。ギルドの等級にもある青銀級の『青銀』というのがミスリルを指す言葉で、その名の通り青く輝く銀である。ミスリルはマジックツリーと同じく魔力濃度の高い地域で生まれるもので、銀が変質したものだと考えられている。つまり、マジックツリーで作られた杖と同等の効果を発揮するのだ。
その上鉄よりも頑強で鋭く、特性上『エンチャント』と呼ばれる魔法での強化にも向いているため、魔法剣士ではないただの剣士にとっても憧れの品だ。生成量が極めて少ないから、かなり高額になるはずだけど。
……でも、ユリウス兄様の持ってた剣、間違いなくミスリル製だったな。流石は公爵家。金を持っておる。
「まあでも、私はただの魔法使いだし、杖があれば何でも……」
壁に飾ってある杖を一本手に取る。魔法使いの杖としては少し品質は悪いが、今の時代はどうやら魔法の技術自体も低下しているようだし、このくらいで丁度良いのかもしれない。私からすれば、このランクの杖であれば、あってもなくてもさして変わらない……精々、緊急時の魔力ストック用に使うくらいだろう。まあ、ないよりまし精神か。
他にどんな杖があるのかと壁を眺めていると、質の割にはやけに高い杖の隣に、巨大な剣が飾られていた。杖のコーナーが終わり、ここからは剣士用の武器が飾ってあるらしい。
そこで、ふと、目につくものがあった。
「……でっっっか」
それは、巨大な剣。ただの鉄で作られた剣だろうが、今の私の身長と同じくらいの大きさ。こんなもん誰が振り回せるんだよと思いながらも、その剣から目が離せない。
「……ありだな?」
「えっ」
よくよく考えれば、急いで杖を用意する必要もない。この辺りの杖ならあってもなくても変わらないし、何より、杖を持たない私の魔法が、この時代では十分に脅威となり得ることは把握している。杖があってもなくても、魔法使いとしてはやっていけるくらい、私の魔法の技術は完成されているのだ。
それに、黒龍という明確かつ強大すぎる脅威があった前世と比べ、今はこれといった脅威もない。魔法使いとして最強を目指さず、多少は『趣味嗜好』に走ったとて問題はないのではないか?
「……いや、ないな」
「で、ですよね?」
こんなもん誰が振り回せるんだよというサイズの大剣だ。私なんて背負っただけで剣先が地面に触れてしまうかもしれない。不便すぎるだろう、それは。
それに、見たところこの剣の材質はただの鉄。切れ味は良いだろうが、魔力のストックもできなければ、魔法の効果を上昇させることもできない。ただただ重い鉄の塊を持つというデメリットだけを抱えることになる。
「……うん、無しだな」
「そ、そうです! 冷静になってください、こんな剣振り回せるはずありませんからっ!」
「だよね。冷静になるとそうだね」
買うにしてもロングソード辺りにしておこう。趣味嗜好に走って魔法剣士を目指すにしても、わざわざこんな誰が振り回せるんだよっていうくらい大きな剣を買う必要はない。
「よし、じゃあ手頃な杖と練習用のロングソードでも買おうか!」
「はいっ!」
元気よく返事をしたエミリィと一緒に、武器屋の店主のもとへと向かった。
そして、簡素な防具も揃えて店を出た私の背中には、あの巨大な剣の姿があった。しかも予算オーバーである。
「どうしてっ!!!」
「ごめん。こんな『ろまん』溢れる武器を前に冷静ではいられなかった」
だって大剣だよ。しかも私の身長と同じくらいの大きさ。こんなもん軽々と振り回すのを想像したら涎が止まらないだろう。一〇メートル級の杖を作った時だって、『でっっっかい杖は格好良いだろ』と思って作ったんだ。あの時は流石に巨大すぎて断念したけど、このくらいなら問題はない。
「軽い『身体強化』で普通に振れるくらい、か。ふふっ、特性エンチャントをすればもっと……」
「り、リリィ、目が怖いですけどっ!?」
おっと。これからの冒険者生活を考えて涎がこぼれてしまった。きっとこれから功績をあげれば、『魔法使いリリエル』ではなく『狂戦士リリエル』とか呼ばれるんだろうな。ここまできたら思い切り趣味嗜好に走った戦い方を極めてもいいかもしれない。
そして、いずれミスリルやその上位素材であるオリハルコンなんかを手に入れた暁には、それで大剣を使って最強の魔法大剣士に……なんて、想像するだけでもワクワクしてきた。
「よしっ、この高揚した気分を発散するために、依頼を受けようっ!!」
「ええっ!?」
若干嫌がるエミリィを連れ、足早に冒険者ギルドへ向かった。ウィルたちに会ったら驚かれるだろうなぁ。
……そんな風にハイテンションでいたのも束の間。
「おいおい……そんな身の丈に合わねえ武器背負って、冒険者舐めてんじゃねえぞ、クソガキ」
おっと、これは……噂に聞く新人いびりというやつか?




