ご挨拶
「はい、どうぞ。粗茶しかありませんが……」
「いえいえ、お構いなく」
カトレアさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、自身に向けられる好奇の目から顔を逸らす。見られている。超見られている。主にエミリィの三人の弟たちから。
一人は私より少し歳下くらい。もう二人はまだ六歳か七歳かそこらだろう。エミリィが私の三つ上の十五歳だったはずだから、かなり歳が離れているように見える。まだ幼いから、突然の来客に興味を隠せないのだろう。
「それで……貴族のお方が、どうしてこのような場所に?」
エミリィの祖父、ジェレフさんは震える手でカップを握っていた。私が公爵家から独り立ちし、平民となったことを彼らは知らない。まずはその誤解から解かなければ。
「そのことなんですが……私は公爵家から独立し、今は平民の身です。ですので、あくまでも『エミリィの雇い主』という立場として接してください」
「貴族を……?」
「はい。今はリリエル・ファルドマンではなく、ただのリリエルです」
にこりと微笑むと、ジェレフさんの手の震えが、ほんの少し収まった。今すぐに慣れろと言うつもりもない。これから先、徐々に慣れてもらえればそれでいいだろう。
「わ、分かりました。エミリィの雇い主として、挨拶に来られたということですね。では、リリエルさんは何故エミリィを?」
「話すと長くなりますが、端的に言うと、エミリィのことを友人だと思っているからです」
「友人?」
ジェレフさんの言葉に、私は頷いた。
「はい。エミリィは私の専属侍女でしたが、私が公爵家を離れた場合、彼女一人だと職を失う危険性がありました。なので、先手を打って、私個人としてエミリィを雇ったわけです」
「ほう……」
「ただ、王都だと私の活動が制限されるので……この街に移住して、冒険者をすることに」
そこまで話をすると、近くで退屈そうにだらけていた男の子のうちの一人が、勢いよく駆け寄ってきた。一番小さな子だから、確か……末っ子のリオンだ。
「じゃあ、これからは毎日姉ちゃんに会えるってこと!?」
「こ、こらっ、リオン! お話の邪魔をするんじゃありませんっ!」
「構いませんよ」
微笑んでリオンの頭を撫でてやると、彼は満足げに表情を崩し、再び戻っていった。この子はまだ幼い。エミリィの『五年ぶりに帰ってきた』という言葉通りなら、彼は殆ど姉の優しさを知らずに育ったということになる。実の父母もとうに亡くなり、きっと、寂しい思いをしてきただろう。子供の願いなら、叶えてやらねばならない。
「……私はエミリィの雇い主ではありますが、冒険者という職種柄、家事に時間を割く余裕がありません。なので、業務内容は家事代行を依頼するつもりです。必要最低限の仕事さえこなしてくれれば、リオンくんの言う通り、家族との時間に充ててもらっても問題ありません」
「……しかし」
「お二人の不安は分かります。お金の問題でしょう?」
私の言葉に、二人は気まずそうに目を逸らした。
見たところ、この家で暮らす五人のうち、最も不健康な痩せ方をしているのは祖父母の二人。恐らく、子供たちに食べ物を与え、自分たちは満足のいく食事もとっていないのだろう。目覚めた時のエミリィの状況を知っている私からすれば、血は争えないもんだという感想を抱かざるを得ない。
侍女とはいえ、貴族の、それも公爵家の従者として安定した給与を得ていたエミリィ。それが今は、不安定な職である冒険者の家事代行だ。二人の不安はまさしく、子供たちを育てていけるのか、という点だろう。
「……お恥ずかしながら、私と妻だけでは、子供たちを養えるほど稼ぐことができません。不甲斐ないことは重々承知の上で、エミリィの仕送りに頼るしかなかったのです」
「おじいちゃん……」
隣に座るエミリィの拳に、力がこもっていた。悔しげな表情だ。満足に食べさせてあげられなくてごめん、だとか、そういう感情だろうか。
嫌だな、こんな顔をさせるのは。特にこの数ヶ月は、従者の横領事件のせいで、エミリィも満足に食事をとれなかったんだ。エミリィだって育ち盛りの女の子なのに。これまでと同じやり方では、また皆が不幸になるだけだろう。
……そうだな。じゃあ、こうしよう。
「ご心配なく。私はこれでも魔法使いですので、冒険者として稼ぎをあげることは可能です。それから……家族手当として、皆さんが暮らしていけるだけの金額を、私から支払います」
私はそう言って、『収納』の中から魔物の素材を売って得た報酬の一部を取り出した。こうすれば、彼らの不安も解消されるだろう。
「そうですか、家族手当を……うえぇっ!?」
「どうしたの、エミリィ」
突然変な叫び声をあげるものだから、思わずのけ反ってしまった。エミリィは机の上のお金と私の顔とを交互に見合わせ、顔を青くする。
「わ、私そんなこと聞いてませんよっ!? 今まで通り仕送りをするつもりで……」
「別に、エミリィ個人が仕送りすること自体は止めないよ。でも、そうするとエミリィが自由に使えるお金も減っちゃうでしょ? だから、エミリィへの給金とは別に、家族への手当ても私が支払うの」
「そんな制度聞いたことありませんけどっ!?」
「そう? なら、私が発案者だ」
無償の施しを授けるのではなく、あくまで被雇用者の家族に対する手当金とすれば、万が一新しく人を雇ったとしても文句は出ないだろう。前世では国仕えの騎士や魔法使いたちに適用されていた制度だ。この時代では、そういう考え方自体がないんだろうか。
エミリィと同じように、ジェレフさんたちも遠慮がちに顔を青くしていた。どうにもこの一家は、他人から優しくしてもらうことに慣れていないらしい。
「そ、そんな……そこまでしていただくなんて……」
「そこまで、じゃないですよ。勿論、無制限な支援が可能なわけではありませんけど、最低限、皆さんが暮らしていけるだけの金額は払います。人を雇うというのは、そういうことじゃないですか?」
そんな私の言葉が響いたのかどうなのか……ジェレフさんたちは私の手を取って、何度も頭を下げ、涙を流し始めた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……! これで、この子たちに苦しい思いをさせずに済みますっ……!」
「そうですね。子供は宝と言いますし……でも、お二人もしっかりご飯を食べてください。でないと、この子たちはまた家族を失うことになりますから」
「はい、はいっ……!!」
まるで、神を崇めるかのような……そんな状況だ。ここまで感謝されると、嬉しいを通り越して何だか申し訳ない気持ちにもなってなる。やましいことなんてしてないのに。
「ただ……すみませんが荷解きもありますので、今日のところはエミリィを預かっていきます。詳しい内容は彼女と詰めておきますので、明日以降、彼女と相談してください」
お金を渡して、二人を落ち着かせる。二人が冷静さを取り戻した頃には、辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。あまり遅くなりすぎると、明日の行動に支障が出る。この辺りでお暇するとしよう。
別れを惜しむ子供たちに別れを告げ、家を出る。見送りに来たジェレフさんたちは、深々と頭を下げた。
「リリエルさん……いえ、リリエル様。どうか……エミリィをよろしくお願いします……」
「……はい。大事な友人ですから」
……そうして、私たちは帰路についた。大口を叩いた手前、明日から冒険者として立派に稼いでいかなければ。今は宿暮らしだけど、ゆくゆくは家も買おう。ペットを飼って、休みの日にはのんびりと過ごすんだ。




