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いざ、冒険の始まり

「うーん……」

「どれも高い、ですね……」


 とある看板の前で、エミリィと二人、頭を悩ませる。悩みの種となっているのは、『王都』を離れる手段だ。

 元々、私の目的はファルドマン公爵家から離れ、自由を手にすることだった。独り立ちした今、その目的はほとんど達せられていると言っても過言ではない。だが、今後も王都で暮らしていくとなると、アンジェリーナたちに復讐される可能性がある。私だけなら返り討ちにもできるが……エミリィが狙われると厄介だ。


 というわけで、王都を脱するべく、別の街へ行く移動手段を探していたわけだが、これがまた高い。


 私たちが、仮の目的地として設定したのは、港町アクアレア。貿易港兼商業都市としても有名で、リディア王国では三番目に大きな都市だ。

 ここを目的地とした理由だが……まず、ご飯が美味しい。新鮮な魚介が手に入る他、貿易港ならではの珍しい物品も手に入るから、食の楽しみが増える。

 次に、物価が王都ほど高くない。商業都市である故に、価格競争が激しく意外にも物価が抑えられている。


 最後に、これが最も重要な理由だが……エミリィの祖父母たちが暮らしているのが、このアクアレアなのだ。今後も仕送りを続けるとなると、いっそのこと私たちが移住してしまった方が手間がかからない。


「第一候補はアクアレアだけど、移動手段がないとなると……かなり長い旅路になるね」


 アクアレアまでは、王都から馬車で一週間。私一人なら歩いても構わないが、エミリィの体力ではついてこられないだろう。


 だが、今の手持ちの金額では、二人で馬車に乗ることはできない。アクアレアまではそれほど過酷な道のりでもないし、本来ならもっと安く済むはずだけど……それが数十倍の金額に跳ね上がっているということは、その道中で何か問題が発生しているということだ。


「おじょ……リリィさえ良ければ、乗合の馬車を探してみますか? タイミングさえ合えば、商人のバスに相乗りさせてもらえるかもしれません」

「そうだね。ひとまず、『商業ギルド』の方に顔を出してみようか」


 商人なら、利益を出すために、ある程度問題があっても強行するはずだ。多少吹っかけられはするだろうが、客車よりはマシだろう。

 こういった場合、一番手っ取り早いのは『商業ギルド』を訪ねることである。所謂商人組合のようなもので、商人に用があるならここを訪ねればまず問題ない。


……が、商業ギルドの場所なんて覚えちゃいない。


 『収納(ストレージ)』から王都の地図を取り出して拡げる。エミリィも覗き込むように顔を横から出してきた。





——そこに、思わぬ来客があった。



「あーーー!!!」


 突然近くで大声を出され、思わず変な顔になる。どたどたと、背後から大きな足音が聞こえてきた。

 何事かと振り返ると……振り返ってすぐの私の手を、一人の男が握る。



「おい、あんた、俺たちと来ないかっ!?」







……それから数十分後、王都レリウムを旅立った私たちは、アクアレアへ向かう商人の馬車に相乗りをしていた。護衛の冒険者——の、荷物運搬係として。


「さっきは悪かったな。いきなり詰め寄っちまって」

「いいのいいの。私たちもアクアレア行きの移動手段を探してたし」


 赤髪の若い男が、申し訳なさそうに頭を下げる。まだ十五がそこいらに見える。先ほど王都で手を掴んできたのは、彼だ。


 何でも、拠点であるアクアレアに戻るために商人の護衛を引き受けたものの、馬車に彼らの荷物を詰め込む余裕がなく、『収納』が使える魔法使いを探していたんだそうだ。何という偶然だろう。

 幸い、目的地は同じアクアレアで、私とエミリィが乗るくらいの余裕はあったから、二つ返事で答えた。私たちにとっても、荷物の運搬という名目で、タダで移動手段を確保できたのだから断る理由がない。


「名乗るのが遅れたな。俺は冒険者パーティー、『紅月(こうげつ)』のウィリアンだ。気軽にウィルって呼んでくれ」


 ウィルことウィリアンは、胸をドンと叩き名乗りをあげた。そういえば、ここまで自己紹介もせずに来てしまっていたな。

 ウィルの役職は剣士。腰に携えた片手直剣と、左手に装着した盾を見る限り、変則的な手を使わない正統派の剣士のようだ。仲間の扱いを見るに……彼がリーダーだろう。


「私はヴィアーネ。よろしくね」

「さ、サリアです。よろしくお願いします」


 続けて、緑髪のヴィアーネと、金髪のサリアが名乗りをあげた。どちらも女性だ。これで全員かは分からないが、随分と男女比に偏りのあるハーレムパーティーだ。


 ヴィアーネは尖った耳と背中の弓、矢筒からして、エルフの弓使いだろう。前世ではエルフは閉鎖的な種族で、あまり表には出てこなかったが、今は違うのか。

 対するサリアは私と同じ、魔法使いだ。大きな木の杖を背負っている。昔ながらの魔法使いスタイルだな。


「私はリリエル。よろしくね、皆」

「エミリィです。短い間ですが、お世話になります」


 順番が回ってきて、私たちも順に名乗る。街に出てすぐに、衣服を取り扱う店で簡素な服装に着替えたから、今の私たちはどこからどう見ても、ただの街人に見えるだろう。元貴族だと……それも、ファルドマン公爵家の人間だったと知られると、色々と面倒になりそうだから。


「……いやしかし、リリエルたちがいて助かったよ。俺たちの荷物を積む場所が無くてさ。一か八か、『収納(ストレージ)』の魔法が使える奴か、マジックバッグを持ってる奴を探してたんだ」


 自己紹介が終わると、ウィルが言う。マジックバッグというのは魔法道具の一種で、見た目以上に容量のある袋、もしくは鞄のことを指す。『収納(ストレージ)』の魔法を道具にしたようなものだ。かなり高価なので、基本的に一般人が手にすることは少ない。


「サリアは? 魔法使いでしょ?」

「く、空間系統の魔法は苦手で……」

「ああ、なるほど。確かに、ちょっと癖が強いもんね」


 申し訳なさそうに、指を絡ませながら答えるサリア。彼女の言う通り、『収納』を始めとしたいくつかの『空間系統魔法』と呼ばれるものは、他の魔法とは違って癖が強く、習得するのが難しい。公爵家でも、『収納』が使えたのは公爵とユリウス兄様だけだ。

 公爵家でそれなのだから、そうでないサリアにはさらに難しい話だろう。見たところ、ウィルと同じで十五歳前後……使えないのも無理はない。


「ともあれ……アクアレアまでの道中、よろしく頼むよ、リリエル」

「うん。頼まれた」


 突き出されたウィルの拳に、私も拳をぶつける。悪い奴らじゃなさそうだ。旅の出だしとしては上々、かな。




——その日の晩。旅を始めて最初の。そして、リリエルとして生を受けてからは初めての野営に、私はほんの少し心が躍っていた。

 前世では何度も経験したものの、この体になってからは初めてだ。『誰かと一緒に野営をする』という意味で言えば、前世を含めてもこれが初めての経験になる。


 もっとも、繰り広げられている会話は、心踊るような内容ではなかったが。


「魔物?」


 『収納』にしまっていた食糧を各自に配っている最中、話の流れで、ウィルが何やら不穏な話を始めたのだ。


「ああ。この辺りの街道は、いつもは魔物なんて出ないくらい平和なんだけどな。最近魔物が頻出するっていって、物騒なんだよ」

「ほら、馬車の値段、異常に高かったでしょう? 魔物騒ぎが原因なのよ」

「なるほど、それで」


 あまりにも値段設定が馬鹿げていると思っていたら、そんな事情があったのか。護衛を雇うにもお金がいるし、そりゃあ、いくら商売だからって命には代えられないものな。代えてる商人に同行していて言うのもなんだけど。


「おう。だから、商人でもなけりゃ今は街の移動はしないんだが……リリエルたちはアクアレアに何しにいくんだ?」

「冒険者になろうと思ってね。ほら、ギルドの大きさなら、アクアレアは王都の次に大きいでしょ?」

「へえ、冒険者か」


 感心したように、ウィルが呟く。


 そう。私はアクアレアに行って、ウィルたちの職業でもある『何でも屋集団』……冒険者になろうと思っている。生きていくためにはお金が必要だし、エミリィには給金を支払う必要もある。それなら、手っ取り早く稼げる冒険者になろうと考えたのだ。


「でも、冒険者になるなら、王都でなればよかったんじゃない? 王都のギルドより規模が大きい場所なんてないんだから」


 ヴィアーネが、そんな質問を投げかけてくる。もっともな意見だ。


「家族と喧嘩して出てきちゃってね。王都じゃ活動しづらいの、色々と」

「あはは。ま、そんな時期もあるわな」


 それほど珍しいことでもないのか、三人はその説明で納得してくれた。まあ、嘘は吐いてないし……家族と喧嘩したのも真実だし、王都で活動しづらいってのも真実だし。

 隣に立つエミリィが、『よくもまあそんなスラスラと嘘を吐けますね』みたいな顔で見つめてきているが、多分、気のせいだろう。


「う、ウィルたちのパーティー……『紅月』だっけ。アクアレアが拠点なんだよね?」


 痛々しい視線に気づかない振りをしながら、話を逸らす。ウィルは受け取った肉を齧りながら、頷いていた。


「もがっ……そうだぜ。行きは別の商人の護衛で、今から帰るところだ」

「どう? アクアレアって良い街?」

「おう。飯も美味いしな」

「良い人も、多いです」


 サリアも、ウィルの言葉に同意していた。二人がそう言うのなら、きっと良い街なのだろう。

 それに……まず真っ先に『飯が美味い』という意見が出る辺り、ウィルにはどこか親近感のようなものを覚えてしまう。


「それはよかった。実際に住んでる人の意見は貴重だからね」

「へへ、どうせだ。『紅月』ってのがどんなパーティーなのか、冒険者志望のリリエルに聞かせて——」




——そんな時だった。警戒のために、王都を離れてからずっと使用していた『広域探知(エリアサーチ)』の魔法に、妙な気配が引っかかった。かなり離れたところにある、五つの生命体。それが、物凄い速度でこちらに向かっているのだ。



「——どうした、リリエル。せっかく話してるってのに」

「いや、何かいるなと思ってね。五匹かな」


 三人はまだ気づいていないだろう。サリアも空間系統の魔法は苦手だと言っていたから、ワンランク範囲の狭い『探知サーチ』の魔法しか使っていないだろう。今はまだ、それよりも外の範囲にいる。


 私が告げると同時に、三人は武器を手に取った。今日初めて会ったばかりの私の言葉を疑わず、警戒態勢に入れる辺り、この三人は本当に信頼できる冒険者だ。他の連中ならこうはいかない。


「……まさか、魔物か? いやでも、何の気配もしないが……」

「まだかなり遠くにいるよ。凄い速度でこっちに向かってきてるけど」

「おっと……その規模の群れで速度が出る魔物っていったら、ウルフ系統の魔物かね。ヴィアーネ、サリア、やるぞ」

「了解!」

「は、はい!」


 三人は馬車と私たちを守るように展開した。私も私で、出していた食糧を一度『収納』に戻し、エミリィを後ろに退げる。


「エミリィ、何があっても私から離れちゃ駄目だよ」

「分かりました!」


 気配は速度を維持したままこちらに向かっている。もうそろそろ、サリアの『探知』の魔法にも引っかかる頃合いだろう。


 本当にただのウルフ系統生物なら、それほど苦戦もしないだろうけど……何でだろう。少し、面倒臭そうな予感がするのは。

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