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明日があるさ、明日がある。

作者: ヨシロウ・モリタ

「ソース会社に就職したからには、常にソースを持っておけ」


 職場の先輩にそう言われて、私は、常にソースを鞄に入れている。

 もちろん、これが役に立ったことはない。

 個人的には勤めた会社よりも、配属された部署がおかしいと思っている。それがストレスになってはいるのだが、毎朝、通勤電車に乗るあたり、勤続年数が長くなったのとあわせて、十分に社畜根性が骨身に染みついてしまったようだ。

 いつもの時間に、いつもの電車に乗る。

 が、その日は、いつもの朝ではなかった。

 いつもの駅で、いつもあうセーラー服におさげ髪の女子高生。


 そのおさげ髪が、エビフライになっていた。


 通勤の電車で出会うその子は、二年前から見かけるようになった。おそらく、高校入学とともに私と同じ通勤電車に乗るようになったらしく、朝会う確率が高い。最初はただ、何の気も無しに見ていただけであるのだが、たまたま座席の向かいに座っている彼女の姿を見かけると、意識が変わる。いかにもな女子高生らしい風体で、興味深く印象に残った。

 彼女は小説を読んでいて、私の存在には気が付いていない。私はしばらくその姿を見てから自分の降りる駅に電車がつくと降りたものだ。

 そんな通勤電車の顔見知りともいえない程度の関係性ではあるのだが、そんな関係性でも、変化には気付くというのが常というものだ。先週の金曜日は、ただのおさげ髪であったはずで、エビフライというわけではないはずだった。

 しかし、それがどういうわけか、今、私の斜め前にいる彼女の両側頭部にはエビフライがついている。

 いや……エビではないのか? もしかすると、そういう飾りなのか?

 私がそういう疑問とともに納得をしようとした時。


「ちょっと、エビフライの粉が私んところに落ちて来てるんだけど!」


 女子高生の隣に座っていた中年の女性が声を荒げた。

 やはりエビフライだったのか。


「すみません」

 

 女子高生は慌てて頭を下げて謝罪をする。しかし、それが災いした。おさげ髪、いや、エビフライも頭に合わせて上下するので粉が女性の顔へともろに跳んだのだ。


「ちょっとぉ、何してんのよぉ!」

「あぁ、すみません、すみません!」

「ちょっと、ふざけてるんじゃないわよぉ!」


 エビフライの粉塗れになった女性は、もういやー、と言いながら、席を立ち、歩き去って行く。

 見れば、周辺にエビフライのパン粉が飛び散っている。

 どう見ても女性の怒っていた理由というのは正当だ。エビフライのパン粉まみれになって怒らないはずもない。しかし、どうしてエビフライを頭につけているのか。


「どうしましたか」


 騒ぎを聞きつけたのか、車掌がやって来る。いや、違う。中年の女性が車掌を連れてやってきたのだ。最初は面倒くさそうな顔をしていた車掌が、女子高生を、正確にはエビフライを一目見て、車掌の顔に動揺が浮かぶ。


「この人、エビフライの粉をまき散らしているんです!」

「いや、これは不可抗力で」


 中年の女性の言い分にこそ正当性がある。

 が、女子高生の言い分もわからないわけでもない。エビフライの粉は落ちるものだ。


「不可抗力っていってもねぇ、お嬢ちゃん。こんな車両内をエビフライの粉まみれにされたら、これ、もう、鉄道警察に来てもらうしかないよ」

「そんな……」


 車掌の言葉に、女子高生は顔が曇る。

 うぅむ。それはそれで困る。顔馴染みではないにしても、やはり、人助けはしておきたい。何かできる事はないかと鞄の中をあさっていると、ソースが出てきた。ブルドッグの憎たらしい顔が見える。


「ちょっと待ってください」


 私はそう声をかけて、女子高生のエビフライにソースをかけた。黒々としたソースは、女子高生のエビフライを濡らし、パン粉が飛び散ることはなくなる。代わりにソースのついた髪の毛はベトついて見える。まぁいいだろう、それで周囲に迷惑はかからない。


「これで解決ですね」

「あ、ありがとうございます」


 女子高生はそういって頭を下げたが、パン粉が飛び散ることはなかった。

 それを見て、中年の女性も気を良くしたのか、表情が緩み、別の車両へと姿を消した。

 車掌もまた、トラブル解決とみて、パン粉をどう掃除するか考え始めていた。


「本当にありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか」

「いや、良かったです。ソースを持っていて良かった。あ、降りる駅なのでここで失礼しますね」


 私はそう女子高生に告げると、電車を降りた。

 いい事をすると朝から気分がいい。


「あのちょっと」


 ちょうど改札を出ようとした時、後ろから声をかけられた。

 誰だろうと振り返ると、一人の女が立っていた。

 一体何の用だろうか。と次の言葉を待つ。


「あの鉄道警察のものです。女子高生にソースをかけた不審者がいると聞いたのですが」

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