15話「しろくしろくしろ・2」
どうぞ。
いつものように人が死に、当然のように片付けられる。立ち入り禁止のトラ縞テープと裏路地の組み合わせは、もはやこの街の日常とも言えた。
スーツに腕章をつけた男女が、ブルーシートをめくる。もとはそれなりに健康的な顔色だったのだろう青年の遺骸は、蝋人形じみて白く変色している。この禍都ではよく見られるタイプの死に方であり、いまさら驚くには値しない。
禍都の怪人対策書第一章第一庫所属、城田聡一警部補は、ため息をついて吐き捨てた。
「週に二回か……そんなに腹減ってんならどんぶり飯かっ込んどきゃあいいものをよ」
「不謹慎ですよ、先輩。怪人の言うことを真に受けるなって言ったの、先輩じゃないですか」
「欠落体が人間を殺す理由はエネルギー補給だ。腹が減ったってのは、やつらにとっちゃ本音なんだろうぜ」
「それはそうですけどっ」
対策員=認定怪人である桜アルマは、男を諫めるように言う。しかし城田は、誰よりもかの怪人を理解するゆえに、少々常識から外れた認識でも受け入れる柔軟性が生まれてしまっていた。
怪人犯罪の被害者は、惨たらしい死を迎えることが多い。その中でもどちらかといえばましな方、大きな損壊なしに外見がまったく変わるのが「欠落体」による捕食被害者である。生命や魂といった概念的なエネルギーを摂取するために人間を捕食し、被害者の遺体が化学的変化を起こしにくくなるのが特徴だ。
眠るように目を閉じた青年の首元に、奇怪な傷痕が刻まれていた。
「……あったなサイン、あいつの」
「やっぱり、クイドでしたか」
Xの字を縦に二つ並べて、上部に鉤を付けたような傷痕。「フィアーサイン」と呼ばれる、特定の怪人が能力の痕跡として残すサインである。傷痕をえぐり取ってもまた別の場所に現れる、ある種の呪縛めいた印……犯行現場に必ず残る証拠であるため、サインを刻む怪人は比較的追跡がしやすい。
怪人「水青のクイド」は、今週に入って二度目の捕食殺人を行ったことになる。
「しかし、なんか今日は妙に汚れてるような……まあいいや、あとは鑑識に任せよう」
「周りにも、怪しい人はいませんね。人は多いですけど」
クイドの犯行に他の怪人が介入することはまずない。周囲で見ているものがいるとすれば、被害者が怪人で、それに関係のある組織が情報収集を行おうとしている場合くらいのものだろう。
(しかし妙だな、クイドの食った後に誰かが近付くとは。それに、サインを探すのにちっとも時間がかからなかった)
いつもあの怪人がやるような方法だと、建物がひとつ丸ごと潰れるのは当たり前で、死傷者がたった一人で済むことなどほとんどない。一帯に焼き印のようにサインが刻まれることも多く、上空から撮影しなければ見えにくいことも多々ある。
「桜、手入れは万全にしとけよ」
「もちろんですっ、先輩!」
被害者の遺体を淡々と処理し、そもそも怪人にたどり着けず後手に回るだけの事態も多い。しかし、今回はそうでなくなるという確信があった。
(野次馬が多すぎる。確実にどっか噛んでやがるな)
怪人犯罪という日常に、一般人はもはや関心を示さない。取材に来るものもほとんどおらず、テレビカメラが入ることもまずない。人だかりができることは、クイドの活動が始まる以前からほとんどなかった。
何かが動き出そうとしている――城田は、目を細めた。
「被害者は禍都に住んでたわけじゃねえみたいだな。行きずりで殺すやつではあるが、それにしたって運がなさすぎる」
「行動範囲は禍都全域ですし、この街の人なら分かりやすいんですけどね……」
大牧ゼンジ二十七歳、フリーター。特筆すべきところのない青年であった。捕食殺人という、この世の中でもっとも動機が薄いものであろう犯罪に巻き込まれるには、特別な理由も出自も関係ない。すでに幾度も怪人と対話している城田は、事実をはっきりと理解していた。
最近では出かける時間が不規則になり、収入が不安定になって友人にたかるようになったと報告されている。勤めていた仕事を時系列順に追っていっても、高収入には見えない。貯金を切り崩しながら生活をしていたが、徐々に苦しくなりつつあったというのが正解だろう。財布の中に入っていたのは四千円と少し、極貧とは言えぬまでも余裕のある生活ではない。
「顔写真とずいぶん違いますね。色より、形が」
「この証明写真、二か月前に撮ったみたいだけどな」
二か月もあれば、そのあいだに痩せ細ることはあるだろう。部屋の様子も併せて、食生活を調べればそのあたりの事実も明らかになるに違いない。
「別人ってことはないでしょうか?」
「骨格と眉毛のあたりは似てるがなあ。額のあたり、吹き出物を潰したみたいな傷も」
「そうですけど。なんだか、印象が違いすぎる気がするんです」
「具体的にどの辺がだ」
何か見落としがあるのか、それとも対策員……怪人を狩る超能力者としての勘が何かを告げているのかもしれない。個人を特定できる情報はほとんど一致しており、警察の捜査を信用するなら本人で間違いないはずである。クイドのやり口であれば、個人を特定できる情報元はほとんど何も変化しない。サインを見る限り、遺体が大牧ゼンジに偽装されている可能性は限りなく低いとみるべきだろう。
「なんだかこの、首の部分……遺体よりずいぶんたくましいと思いませんか?」
「うん? 言われてみれば、そうだな。中肉中背で特徴がねえのに、肩回りだけ微妙に太いか……」
職業柄発達しやすくなる筋肉は、どの職業にもある。直近ではスーパーマーケットで品出しなどのアルバイトをしていたと書かれているが、この筋肉とは一致しない。首筋から鎖骨にかけての一部分のみが、そこだけ鍛えたかのように妙に太くなっていた。目立って違和感があるほどではなく、タオルを一枚巻きつけた程度の膨らみ方である。
「なんだこりゃあ。筋トレって言っても、首と肩だけってことはねえだろ」
「それが、遺体だとぜんぜんでしょう? ここに何かあると思います」
「まずはそのセンで行くか。解剖が済み次第連絡をくれるよう先生に言ってあるから、もうちょっと周辺関係を洗ってみるか」
「今回は、出番が多そうですね」
すこし悲しげに言う桜から視線を外して、城田は手元の資料に目を落とした。
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