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冬の花火  作者: 田中浩一
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*この投稿はフィクションです。


5


夏が来た。

大迫夕凪(おおさこゆうな)の、父の、心臓移植の手術も、無事にすんで、退院。しばらくすると、トラックの運転手として、元の職場で働き出した。奇跡的な回復力と、そのときは、もてはやされた。

その日も、暑かった。

シャワーを浴びて、浴室から出てきた父と、大迫夕凪が、出くわした。

「おぉ、帰ったか?早かったな」絞ったタオルを、パンっパンっと、腹に背中に、打ち付ける。

「暇な時期だからね。それより、パンツくらい、はいてよね。年頃の娘がここにいます」大迫夕凪は、元気になった父に、母を真似て、言った。

おぅっと言いながら、向こう向きでパンツをはきだした父の背中を、見るとはなしにみた、大迫夕凪は、ハッとした。

父の背中の、心臓のあるでだろう場所に、緑色の(あざ)が浮かび上がっていた。


大晦日の夜、正確には、元日の深夜。緑川太郎と大迫夕凪は、緑川太郎のアパートの二階の部屋にいた。

花火会場で、不覚にも、寝てしまった大迫夕凪は、お詫びに、帰りのコンビニで、ホットコーヒーを、緑川太郎に奢って、そのとき、

「うちに、寄ってきませんか?」と、言う申し出を、お詫びのしるしにと、承諾した。倍返しかよと、思った。

初めての、緑川太郎の部屋は、なにもなく、ただ、六畳一間のまんまんなかに、万年床と思われる布団が、敷いてあった。

これではまるで、時代劇の、殿様の生け贄に捧げられた、町娘の、シチュエーションに、似ていると、思った。

大迫夕凪は、靴を脱いで、上がり口に、突っ立っていた。緑川太郎は、さっさと、キッチンに、行って、冷蔵庫から、ビールを持ってきた。

「あっ、ごめんなさい、気が効かなくて。どうぞ、どこでも座ってください」

畳みと、流し台の間の、板の間に、座ってみる。ストーブも、エアコンもない。どうやって、暖をとってるんだろう?

「そうだ、寒いでしょ?ここに、座ってください」そういって、緑川太郎は、掛け布団をめくった。

一瞬、のけ反ったが、電気毛布があって、その上なら、暖かかった。いっそ、くるまりたいけれど、年上の女が誘ってるみたいで、みっともなく思えて、やめた。

そんなこんなを、大迫夕凪が、考えてるうちに、緑川太郎は、瓶ビールをコップに注いで、片方のコップに、ラップに包まれた、まっ黄色な角砂糖みたいなものを、入れた。シュッと小さな音を立てて、あっという間に、溶け込んでいった。

「お待たせしました。どうぞ」四角いお盆に、ビールと、皿に柿の種とピーナツを出して、畳みにおいた。

「カンパーイ」楠本美奈子の真似をしてみる。

「今日は、お疲れさま、バイク、楽しいね」大迫夕凪は、まともに、花火を観れていないので、その話をした。

「こちらこそ、付き合ってくれて、ありがとうございます。最高の花火でした」

私といたから。と、勝手に頭の中で、付け足す。

「マフラーも、何て言うか、良かったです」

その言葉には、付けたし不用だった。

「今夜、こうやって、来てもらったのは、実は、大事な話があって」そこで、ビールを、一息にあおった。

大迫夕凪も、間が持たず、グビグビと、ビールを流し込む。

「実は、」

「待って。確認だけど、私は、六歳年上です。太郎くんが、一年生の時、私は六年生でしたよ」もう、酔いが回ったのか、少し、ろれつが怪しい。

緑川太郎は、クスッと笑って、

「わかってます。その上で、夕凪先輩が、好きですよ」

初めて、名前で呼ばれて、嬉しかった。けど、「先輩」は、いらないな、とも、思う。

「落ち着いて、聞いてください」

まさか、まさかの、まさかりかついだ金太郎。結婚の申し込みですか~?

「実は、僕は、クローンなんです。クローンナンバー、千、とんでとんで、二号。コードネーム、『緑川太郎』と言います」爽やかな、高校球児のような笑顔で、さらっと言った。もう少しで、「ご破算で願いましては」と、言うところだった。

大迫夕凪は、「・・・・・」。

そうだと思う。言葉にならない。

「以前、夕凪先輩がみた、僕の緑色の体は、皮膚のしたに、藻の成分が、入ってるからです」

知ってたのか、見てたのか、と、大迫夕凪は、ペコリと頭を下げた。一杯のビールが、効いているようだ。

「僕は、国家プロジェクト、『来るべき食料危機に対する人間改革』の中の、プロトタイプのクローンとして、生まれました。日本では、人口は減少してますが、世界的には、増加しています。国々によって、不均衡な、人口増大。その食料危機に対応すべく、食料を取らなくても、または、少量摂取で、生きられる人間作り。それが、『人間改革』。そして、その、試験的な役割をもって生まれたのが、僕ら、クローンです」

「ふ~ん」大迫夕凪は眠いのと、荒唐無稽な話に、ついていけなかった。

「僕ら、クローンは、食べなくても、生きられるように、藻の成分を体の表層面に、張り巡らせています。本物の人間よりも、皮膚呼吸が、多くできるように、なっています」

「ウンウン」カクカクと、前後に首を振る、夕凪先輩。本物の人間って表現が、ウケる。

内心、クスクス笑っていた。

「体からCO2を吐き出すことで、藻が、太陽光と、光合成して、栄養分を体に、供給してくれる仕組みです」

「な、なるほろね」なんでこんなに酔ってんだろ?大迫夕凪は、不思議に思ったが、疲れからだと、疑わなかった。

「よって、食料を摂取しなくても、生きられます。この事を、フィードバックして、本物の人間改造に活かすのです。そして、僕にはもうひとつ、課せられたミッションがあります」

「それは~、なんですか~?」大迫夕凪は、体を前後に揺らしながら、虚ろな目で、聴いた。

「臓器移植のための、臓器の生成です。因みに、僕は、夕凪先輩の、お父さんの、髪の毛から、生まれ、お父さんの心臓を、体内で、育成しています」

一瞬、大迫夕凪の目が見開いたが、襲い来る睡魔に、呆気なく狭められる。

「もう今年ですけど、お父さんが、1月12日に、心移植の手術をされますよね?その、心臓は、今、ここにあります」

緑川太郎は、自分の左胸を、軽く叩いた。

「その、心臓を~、お父さんにあげたら~、太郎くんは~、どうなるの~?」わかりきったことだけど、聞かずには、いられなかった。

「もちろん、僕は、心臓を、渡した時点で、任務を全うし、次のミッションのために、新たな体になると、思われます」

クスリとも笑わずに、緑川太郎は、言い切った。

目の前の、愛しい人が、あとわずかで、いなくなる。こんなに元気なのに、国の、なんちゃらプロジェクトで、いなくなるんだ。

「いやだ。嫌ですよ、いなくなったら」完全に、酔っぱらっていた。いや、それと、似た状態だったのか。

それには、答えずに、緑川太郎は、続けた。

「この、加治木町は選ばれた町なんです。人口二万人の一割の、二千人が、クローンです。それぞれに、役割を持ち、やがては、日本全国の臓器移植を待つ、レシピエントに、臓器を供給します。あらかじめ、個人のDNAから作られているので、間違いは、ありません。必ず、適合するのです。また」緑川太郎は、先の質問に、答えた。

「僕らクローンは、必要であろうとなかろうと、3ヶ月で、活動限界になります。嫌が負うにも、新しく生まれ変わらねばなりません」

一呼吸おいて、緑川太郎は、大迫夕凪の隣に、座り直した。

あの花火会場と、同じように、肩を抱いて、引き寄せた。そして、囁くように、呟いた。

「全ての、クローンでは、ありませんが、本物の人間と交尾して、受粉し、赤児ができるのかの、ミッションもあります」

肩から、胸に、しだれかかる、大迫夕凪に、緑川太郎は、言った。

「僕は、そのミッションを全うしなければなりません。それには、僕らクローンに、欠けているものを、本物の人間から、与えてもらわなければ、なりません」

もう、大迫夕凪は、意識が、なかった。あの、黄色い、角砂糖みたいなものには、睡眠薬の作用も、あるらしい。

「それは、愛です。僕と、夕凪先輩との間に、愛がなければ、この、ミッションは、成功しません。どうぞ、よろしくお願いします」

緑川太郎は、大迫夕凪を布団に横たえると、必要な箇所だけ、肌を露出した。

遠のく、意識のなかで、大迫夕凪は、思っていた。

「理科の実験、かよ」


夏の日。

鉢植えを、抱えて、大迫夕凪は、裏口の、戸の前にいた。

「閉まってる」鉢植えを、下ろして、戸を開ければいいのだけれど、持ち上げるときの、重さが、脳裏をよぎる。

大迫夕凪は、長靴を、脱いで、その右足を前掛けの横から出して、戸の取っ手に、伸ばす。

スッと、開ける。

「ふっ」と、思わず、笑いが、出る。長靴を、はいて、前をみると、そこには、緑川太郎が、立っていた。

「器用ですね、夕凪先輩」

「あっ、笑ったでしょ?」

「今夜は、加治木の港で、花火大会ですよ。一緒に行きますよね?」

「私の質問は、スルーかよ」

二人は同時に、笑った。


大迫夕凪が、二階で昼休みをとってる間に、緑川太郎は、店の前の、国道10号線を渡った先の、路肩に駐車中の車に近寄った。

左の後部座席から、乗り込む。しばらくして、右の後部座席から、出てきた。

緑川太郎は、ドアのなかに、「御苦労様」と、声をかける。車内にいたのは、もう一人の緑川太郎だった。

車内の、緑川太郎は、臓器を待つ、レシピエントのいる、病院へと、向かった。降りた、緑川太郎は、なに食わぬ顔で、お店に戻る。

楠本美奈子と、目配せして、二階の大迫夕凪と、交代をするべく、歩き出すと、楠本美奈子が、背後から声を掛けた。

「ねぇ、夕凪ちゃんは、気付いてないのね?」

「安心してください。薬で、あの日の記憶は、白紙になっています」

「ならば、よし」楠本美奈子の目の奥に、緑色の痣が、かいま見えた。


「夕凪先輩、交代っす」何人目かの緑川太郎が、交代を告げた。

「はい。あのさ、あのね、あれ、来ないんだよね。検査薬にも、陽性反応出てるし」

「じゃあ、今週の日曜日、夕凪先輩んちに、ごあいさつだね。と、その前に」

緑川太郎は、大迫夕凪の肩に、両手を置いて、

「僕と、結婚してください」と、言った。

大迫夕凪は、頷いて、抱きついて、緑川太郎の、耳元に、

「よろしくお願いします」と、はっきりと、言った。

クローンナンバー、千、とんでとんで、何番目かの、試験体、コードネーム「緑川太郎」は、その、ミッションに、成功した。


おわり

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