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*この投稿はフィクションです。
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忙しい12月も、大晦日の今日で、一段落。年を越して、3日には、デパートのディスプレイが待っている。
夕方、さすがにお客さんも少なくて、合間に、大掃除のための、小掃除を済ませて、早めに、閉店ガラガラ、とシャッターを降ろす。
それぞれの家に帰り、着替えて、11時過ぎには、お店の二階に集まる。
階段の下で、大迫夕凪と、緑川太郎が合流して、軽快な足音で、駆け上がる。
「こんばんは。店長」
「お疲れ様です。店長」鍵のかかってないドアをあけて、入ると、スマートフォンのテレビで、紅白を観ていた店長に、あいさつ。
「おっ疲れっ」楠本美奈子は、酔っているようだ。
「店長、呑んでるんですか?重冨海岸の新年花火大会に、行くのに」大迫夕凪は、部屋に充満した、アルコールの匂いに、眉をしかめた。
「こりゃ、ダメですよ」緑川太郎が、大迫夕凪の耳元で、囁く。
「あたしは~、留守番してるから~、二人で~、イットイレ~」ろれつが回ってなくて、視点もさ迷っていた。
二人でって。車は?
大迫夕凪は、チラチラと、緑川太郎の方をみていたが、
「じゃあ、私も、帰って、うちで年、越そうかなぁっと」と、言うと、緑川太郎が、
「行きましょうよ、僕、初めてなんですよ、冬の花火。一人じゃ寂しいですよ」行って下さい、一緒に!と、だめ押しされて、大迫夕凪も、
「は、はい」と、答えていた。
紅白が終わる、少し前に、出掛けることにした。
「はい。ヘルメット」緑川太郎が、渡す半帽タイプの白のヘルメットを、かぶる。緑川太郎は、黒の同型ヘルメットだ。ベスパもどきのバイクに、股がる。
「これって、二人乗り、いいの?」大迫夕凪が、心細い知識で、訊ねると、
「大丈夫っす」親指を立てて、笑顔で答える。
そんな笑顔で言われたら、黒いカラスも、ピンクになるわ、と思った。
ニヤつきそうになるのを、堪えながら、後ろに座る。
なるほど、座れる座れる。
かなり、重いエンジン音で、ベスパもどきは、走るというか、歩き出した。
こんなにノロノロでも、前の人にしがみつかなきゃね。と、腰に手を回す。なんて、合法的なんだ。バイクっていいな。大迫夕凪は、見られないことをいいことに、にやけ顔全開だった。
「楽しんでらっしゃい。もうすぐ、お別れなんだからね。なんでこんな早くに、ね」階段の下で、二人を見送る、楠本美奈子が、そう、寂しげに呟いた。
国道10号線を走る。姶良町で、旧道に入り、10分も走ると、左側の、道に入る。
まだ、若い子たち、カップルなんかがいるくらいで、空いていた。
バイクを止めて、ヘルメットを脱ぐ。バックミラーで、髪を直す、大迫夕凪。緑川太郎は、抜いで、手ぐしで一回で、七三分けは、微動だにしない。
一枚石の、ベンチに、腰を降ろす。ひんやりした、石の冷たさが染みてくる。
やがて、紅白が終わったのか、近所の家族連れも、ぞろぞろと、やって来た。
除夜の鐘が、冷たい空気を、振動させて、遠くから、細々と、聞こえてきた。108つの真ん中辺りで、年越しかな。
大迫夕凪は、自慢の高速チラ見で、右隣の、緑川太郎を、見るけれど、ずっと、夜空を見ているばかりだ。
前のカップルが、互いの体を揺らして、ぶつかり合っていた。
あぁ、あーすれば暖まるのかな?大迫夕凪は、漠然と思った。スポーツ刈りの男の子と、肩までの、ストレートヘアの彼女。
高校生かよ。内心で舌打ちする。生意気な。
彼女の頭には、雲に見え隠れする、月明かりにも、天使の輪ができていた。
「いいなぁ」自分の、パーマと染色で、痛みきった髪を、触る元気もなかった。
12月に入って休みもなくて、ケアもしてなかった。緑川君は、どんな風に、私をみてんだろ?
気になった。
前のカップルの、彼氏の左腕が、ゆっくりと、下から上に、弧を描いて上がり、彼女の左肩の位置に停止した。しばらく、動かなかったが、やがて、小指から順に、肩に、着地、した。
「あぁ、あ」思わず、声が出た。
隣はと見れば、その両手は、寒さからか、股の間に挟まったまんまだ。顔を見上げて、ふと、気づいた。細い首が寒そうだな。
「これ、使って。むっちゃ寒そう」大迫夕凪は、自分のしていた、マフラーを、緑川太郎の首に、巻き付けた。
「あっ、いいんすか?」
「大丈夫。襟をたてるし、手袋してるし。緑川君、無防備過ぎ。風邪引くよ」そう言って、笑った。
「前のカップル、いいっすね」緑川太郎が、言いながら、マフラーをはずし始めた。それを、大迫夕凪の首に巻き始める。
「いいよ、私は大丈夫だから・・・」
緑川太郎の首に、一巻きのマフラーが残り、大迫夕凪にも、マフラーが巻かれた。二人はマフラーで、繋がった。
およよ~っ。大迫夕凪は、トロトロ溶けそうだった。こんなのって何年ぶりだろう?しかし待てよ。そこで大迫夕凪はずっと思っていたことを、思い出した。
彼と私は、六歳違い。彼が、小学校に入学したときに、私は六年生で、登下校では、彼の手を引いて歩いていたわけで、給食の時は、私が彼の世話をしてたわけだ。
これは、犯罪か?
前の高校生の彼女が、頭を彼氏にもたせかけたんで、大迫夕凪も、真似してみた。緑川太郎は、なにも言わなかった。
すると、頭に、緑川太郎の、おそらく、頬がのってきた。
この重さは、いい。そう思った、大迫夕凪、だった。
花火が上がり始めた。松の木の上で、開く大輪の華を、見るには、大迫夕凪の頭の位置では、角度が足りなかった。
「冬の花火もいいいですね。こうして、くっついていても、夏みたいに暑苦しくないし。綺麗だな。冷たい空気に、上がる、花火」緑川太郎の、左手はいつのまにか、大迫夕凪の肩に置かれ、右手は、大迫夕凪の右手にソッと、当てていた。
「そうだね。綺麗かも」見えない花火を、見てなくて、神経は、緑川太郎と、触れてるとこに、集中していたし。
幸せな時間は、早い。
みんなが、ぞろぞろと帰り始める。チラチラとこちらを見る人もいたり、おませなチビッ子は、両手で口をおおう仕草をしては、通りすぎる。
いつしか、疲れから、緑川太郎の肩で、大迫夕凪は眠ってしまっていた。
幸せな夢を、見ていた、最後の夜。