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冬の花火  作者: 田中浩一
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*この投稿はフィクションです。


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「彼は、チェリーよ。間違いないわ」

楠本美奈子は、朝の、おはようございますの、言葉尻、ます、に被せる勢いで、断言した。

「朝から、なんですか?」大迫夕凪(おおさこゆうな)は、また始まったと、諦め顔。

夏のあの日から、緑川太郎が入社して、早3ヶ月。

よくある、年下男性社員の、年上女性上司に対する、舐めた口を聞くこともなく、また、甘えてくることもない緑川太郎は、楠本美奈子、大迫夕凪にとって、コントロールしやすい、社員だった。真面目で、はい、はい、と返事もよく、とにかく、尻が軽かった。よく動く。

フローリスト検定を合格して、資格も持っているのだから、今年の新人賞、総なめ状態だった。

「あたしが、こう、うつ向いて鉢植えを、ズルズル移動してたらさ、視線を、感じたわけよ。なんだろって、目をあげたら、ディーン太郎が、首もとから、あたしの胸元を見てたのよ~。あらって言ったら、彼、顔を真っ赤にしてさ~、かぁわいったら、ありゃしない」いつから、ディーン太郎になったんだろ?大迫夕凪は、一人で喋っては興奮する店長に、バシッバシッ叩かれながら、苦笑していた。


花屋の仕事は、端から見るより、つらい。もちろん、もっと、大変な仕事はあるけれど、イメージしている華やかで、花たちに囲まれた幸せなイメージで入ってくると、二、三日で、現実にぶつかり、さっさとやめてしまう人も、少なくない。

よしんば、続いたとしても、お盆、特に、12月に休みはなく、それは、お正月まで続くこともあるから、そこで、やめていく人もいる。要らぬ筋肉もつくし、手は荒れ放題、汚れ放題だ。

若い女の子のなかには、彼氏ができても、手を繋ぐことを、ためらう子も、いる。

そして、給料が安くて、一向に、上がらないのも、よくある話だ。

とは、いそがしい花屋さんの話。

楠本花屋は、ボチボチ、です。


お昼になった。

「じゃあ、夕凪ちゃん、お昼に上がって」店長にそう言われて、花屋らしい緑色の前掛けを外すと、落ちないだろうけど、石鹸とタワシで、ごしごしと、手を洗う。

裏口から、お店の横の壁づたいの階段を、二階に上がる。

11時から休憩している、緑川太郎に、交代を告げるかのように、カンカンと、軽快な音をたてて、上がりきると、一応、ノックする。

返事がないので、ハハーンと思わず、ニヤリとしながら、大迫夕凪は、ドアを開けた。

六畳の畳じきの部屋で、ドアを開けると、右に、小さな流し台があって、横の腰高のテーブルには、電気ポットと、電子レンジが、置いてある。

畳の部屋の、左側からは、南からの陽射しを、遮るカーテンもレースもなく、素通しのガラス窓から、白い光の束が、差し込んでいた。

大迫夕凪の睨んだとおり、緑川太郎は、ちゃぶ台の向こうで、寝ているみたいだ。

「よく、あるある、なんだよね」あたしもよくやったよと、ひとりごちた。

上がり口に、靴を脱いで、上がろうとして、あることに気づいた。

緑川太郎は、どうやら緑色の前掛けをしたまま、眠っているみたいだ。

「お店に外してくればいいのに」大迫夕凪は、一人っ子だからか、緑川太郎が入ってきてから、弟がいたら、こんなんだろうなと、思う日が、多かった。

その日も、姉さんかぶりで、揺り起こそうとして、近づいて、立ち止まった。

「えっ、なにこれ?」

そこには、前掛けを付けた、緑川太郎ではなくて、海の中の、緑の藻が集まる中を、泳いできたような、全身に、緑色の痣をつけた、緑川太郎が、仰向けに寝て、いた。

大迫夕凪は、目を擦り、首を、右に左に二回ずつ回して、再確認する。

すると、光を浴びた、緑川太郎は、普通に色白の、身体をしていた。

見間違いか、光の加減で、そう見えたのかな、と思っていて、さらに気づいた。

緑川太郎は、一糸まとわぬ、素っ裸だった。

悲鳴をあげそうになるも、すんでで堪えて、とりあえず、息をしてるか、顔に手のひらを当てる。

「生きてる」少し、安心。

独身の、女性であるし、相手は寝ているわけだら、どこを見ていても、怒らないで欲しい。

「Oh my God!」大迫夕凪は、その一点をみて、アメリカ人になった。

「んぅ、うぅ」緑川太郎が、起きた。

大迫夕凪は、直ちにスッと立って、スタスタっと、入り口まで、移動する。ドアを右に、立つと、目の前に、化粧直し用の、鏡が、貼ってある。そこに、緑川太郎が映っていたけれど、少し残念なのは、ちゃぶ台に、肝心要が、隠れていた。

得意技の、高速チラ見で、鏡の中の、緑川太郎を見る。動画と、毎秒六コマくらいの静止画を、脳裏に、焼き付けた。キヤノンも、ニコンも、ビックリだ。

「おはよう、よく寝てたね。なんか、寝言、言ってたよ」大迫夕凪は、自分の「おこない」が、バレないように、見透かされないように、嘘をつく。

「えっ、そうですか、ひょっとして、大迫先輩のこと、呼んでましたか?」

あたしの夢を見てたのかい?大迫夕凪は、伏し目がちに、ちょっと口角が、上がった。

何で裸なの?って、聞きたかったけれど、聞けば、見たことがバレてしまうし、でも、この状態の説明を求められたら、何て言おうか?

「交代ですね。ごめんなさい。いますぐ行きます。て言うか、先輩、何でそこに立ってんですか?」聞くかな、裸の男が。大迫夕凪は、そう思って、思いきって、

「な、何で、ディーン太郎君は、裸なの?」と、普段は、呼ばない店長のつけたあだ名で、聞いてみた。

「あっ、これは、光合成です」

きっと、日光浴の、言い間違いだろうと、一人で合点した。

「あははっ、ウケる~」

大迫夕凪は、後ろを通ってドアをあけて出ていこうとする、緑川太郎の体温を感じて、自分でもなぜだかわからず、ドキドキして、いた。


つづく

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