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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワンオペ精霊、旅に出る


「わしはもう、十分生きたよ」

「私はまだお前と遊び足りない」

「そうじゃな。わしもお主と昔みたいに野山を駆け回りたいよ」

「有限の命など捨てればいい。私のようになればいいだろう」

「無限の命か。わしには耐えられそうにないな」

「……」

「世界は広い。これを機に旅に出てみてはどうだ」

「そうだな」

「……」

「もう眠ったのか?」

「……」

「お前の子供はお前にそっくりだな」

「お前の番もまだ元気だ」

「お前の代わりに私が見守ってやるからな」

「だから、安心して眠るがいい――」

 


 昔々、あるところに大きな王国があった。

 戦乱の渦中にありながら堅固な防衛力で不落を誇り、戦争で疲弊し衰退した他国を吸収、王国はより大きくより強固になってゆく。

 戦乱の時代が終わると貿易が盛んになり、人々の暮らしも豊かになると王国はより栄えていった。


 数百年続く王政。

 27代目となるトルボ王は若干21才。王として歴代一の器と称された。恵まれた肉体と優れた剣の才覚、そして底無しの野心があったからだ。


 ある日のこと。

 トルボ王は家臣達を集めるとこう言った。


「隣国マルヴァンに攻め入るぞ」





 戦争を止めたい大臣は、国の軍事力を担う人材の意見を聞きに行った。


「この国の兵士は腑抜けが多すぎる! 平和ボケしたコイツらじゃ使い物にならんだろう」


 まずは、王宮直下近衛騎士団長。

 闘技大会では連戦連勝の猛者、歴代最強の剣士である。

 2メートルを超える巨躯に加え、大人五人でも持ち上がらない竜の鎧を纏う怪力の持ち主。

 大臣は彼の意見を王へと伝えた。


「やめときなさい。戦争は何も得られんぞ、失うものばかりじゃ」


 続いて、僻地に住むフリデ老。

 御年108歳を迎えた史上最高の魔術師であり、国を囲う魔術結界も彼一人の魔力で賄っているから驚きだ。

 大臣は彼の意見を王へと伝えた。


「救いを求める人が増える。私にとって、それは喜ばしいことではありません」


 あらゆる呪い傷を癒す奇跡の教祖。

 性別不詳、謎に包まれた存在だが、信仰を持って切に願えば、浮浪者や奴隷でも分け隔てなく手を差し伸べる聖人である。

 大臣は彼の意見を王へと伝えた。


「……戦は金にならねえ」


 最後に、竜殺しの伝説の冒険者。

 国外の魔物退治のエキスパートだ。

 群れない従わない、ただし腕は一流の猛者。

 大臣は彼の意見を王へと伝えた。

 

「国の最高戦力達がこう申しております、陛下。我が国は土地に困っているわけでも、金に困っているわけでもございません」


「腑抜けは貴様らだ。これほどの戦力があってなぜ尻込みする。不落の城と10万の軍隊があるのだぞ?」


「ですが陛下……」


「ええい、この無能を捕らえよ!」


 トルボ王は兵に命じ、大臣の首を刎ねた。

 大臣の首は城門に晒されることとなる。

 トルボ王はその足で庭園へと向かった。


 庭園には小さな祠があった。

 かつての王と精霊にまつわるその場所は、毎日欠かさず焼き菓子を置くことになっていた。

 トルボ王は剣を抜くと、そのまま力の限り祠を壊し、無惨に散らかるそれを見下ろすと、忌々しそうに呟いた。


「……血はとっくに絶えておるわ」


 去り行く王の背を見送る子供が一人。

 子供は何も言わず、破壊された祠を見つめる。そして眼下に広がる王国を一瞥し、最後に空を見た。


『これを機に旅に出てみてはどうだ』


「そうだな」


 精霊はそれだけ呟くと、王国から姿を消した。



 


 数百年前、まだ自然に溢れていた国に、一匹の精霊が迷い込んだ。

 火、水、風、土の神が創りしこの世界。それらの眷属たる精霊は人間が現れるはるか昔からいた存在である。


「退屈だな」


 木陰でぼーっと小川を眺める精霊。

 もう二、三年、ここでずっとこうしている。

 精霊は不滅の存在。

 永遠に続く時間を持て余していた。


「それなら俺と遊ぼうぜ!」


 木の上から現れたのは勝気な少年――後の国王トリスタンであった。

 生まれつき精霊の声が聞けたトリスタンは、相手が精霊とも知らず、一緒に野山を駆け回った。

 ある時は魔物を素手で捕まえ二人で焼いて食べ、ある時は丘の上で星空を見て語らった。

 精霊にとってそれは初めての経験で、トリスタン王子――もっといえば人間という存在を愛するようになっていた。


 呑気なトリスタン王子はさておき、王国自体は穏やかではない。隣国との戦争中であったからだ。


「王子としての勤めを果たしてくる!」


 そう言って戦場に向かったトリスタンを助けるため、精霊は不思議な守りを兵達と城にかけた。

 するとどうだ。敵軍は進軍中に土砂降りに遭い、かと思えば吹雪に遭い、不思議と食糧が頻繁に腐った。

 それだけではない。

 城へ射た矢が風によって返ってくるし、昨日深手を負わせたはずの兵士が何食わぬ顔で戻ってきているではないか。

 攻め入った国は兵だけ減らして撤退し、それが数年も続けば国力も落ちる。王国は棚ぼた的に領土を増やし、大いに繁栄することとなる。


「私が手を貸してやった、感謝しろ」


 精霊からその事実を聞いたトリスタン王子は大いに驚いたが、それ以上に精霊からの深い愛情を喜んだ。


「そうか、では褒美を取らせなければだな」

「ならリバラの焼き菓子がいいな」

「お主はそればっかりだな。他に何かないのか?」

「いやいい、アレがいいんだ」


 トリスタン王子は精霊への感謝の印として、リバラの焼き菓子を自ら焼いて毎日届けた。

 そんな二人の関係は、トリスタンが王になり、子が生まれ、王位を退き、床に伏すまで続いたのだった――。





 しばらくふらふらと歩き、流れ着いた辺境の町で、木陰で休みながら物思いに耽る精霊。

 祠を破壊されたのはキッカケに過ぎない。

 リバラの焼き菓子が無くても別に良かった。

 現王トルボにはトリスタンの面影もなく、性格も凶暴かつ自己中心的、なにより自ら戦争を望むという、トリスタンとは正反対の思想がどうしても許せなかったのだ。

 影武者を通して見てきたが、もう限界だった。


「退屈だな」


 精霊はまた一人になった。


「どうした?」


 不意にかけられた声に視線を移すと、そこには汚い格好をした――どこかトリスタンを思わせる顔付きの青年が立っていた。


「お前は……」


 驚いた様子の精霊は、何か大きな気配を察した。ほどなくして町中が騒がしくなると、一人の冒険者らしき男が、煤だらけの体で駆け込んでくるのが見えた。


「ドラゴンが出た! もうそこまで来てる!」


 絶望する町民達とは対照的に、少年の瞳には決意の色が見て取れた。


「ここにいて、大丈夫だから」


 精霊にそれだけ言い残し、駆け出す青年。

 その後ろ姿がありし日のトリスタンそのもので、精霊はゴシゴシと目を擦りながら、勇敢なその背中を見送ったのだった。





 身悶えするように飛ぶドラゴンの背に、剣を突き立てる青年の姿があった。

 町の防衛力でドラゴンを相手にするのは到底無理である。

 ましてや人の力でどうこうできる相手でもない。

 それでも青年は命を賭して剣を振るう――かつて、身分を隠してこの地に来た母と自分を快く受け入れてくれた町民達を守るために。


 ドラゴンの口内に炎が溜まる。

 眼下には町、剣は鱗に阻まれ思うように届かない。

 無情にも灼熱の炎は放たれた。


 しかし、炎は町に当たるすんでの所でかき消えた――まるで、強固な魔法結界に阻まれたかのような光景である。


 ズバババ!!


 ドラゴンの翼が何者かに切り刻まれる。

 悲痛な叫び声と共にドラゴンが落下。

 青年も同じように空へと投げ出された。


 ザンッ!


 地上にいた金色鎧の大男によって、ドラゴンは真っ二つに切り払われた。

 大男の横には、歴戦の風格漂う男と、威厳のある老人、そして布で顔を隠した人が立っていた。


「私が手を貸してやった、感謝しろ」


 青年を抱き止めながら精霊が言った。

 青年はキョトンとしながらも、何かに気付いたように目に涙を溜める。


「感謝いたします、精霊様……」

「感謝もいいが褒美をよこせ」

「褒美、ですか……?」

「そうだなぁ」


 精霊はニッと微笑みながら続ける、


「リバラの焼き菓子がいいな」





 王国は窮地に立たされていた。

 なにせ、奇襲として派遣していた3万の軍があえなく全滅し、逆に敵国連合20万の兵が一挙に押し寄せてきたからだ。


「騎士団長は何をしている!」

「どこにも見当たりません!」

「フリデ老に意見を仰げ!」

「どこにも見当たりません!」

「ギルドも派遣せよ!」

「もぬけの殻になってます!」

「裏切り者どもがああああ!!!!」


 王国は完全に包囲されていた。

 矢の雨も結界がなければ防ぐ術はない。

 負傷した兵が教会に担ぎ込まれるも、奇跡の教祖の姿もなかった。


 それもそのはず……騎士団長もフリデ老も、教祖も伝説の冒険者も全て精霊の仮の姿なのだから。


 王に忠実なだけで怠慢な家臣達を残し、有能な大臣を一時の感情で処刑し、アテにしていた実力者達も消えたことで、不落の王国は一夜にして敵の手に堕ちたのであった。


 後に、先代の王が妾に毒を盛られたこと、本妻とその子は殺されていたこと、そしてトルボ王には王族の血が流れていなかったことが判明する。

 巷では「本妻と子供はどこかで生きているのではないか?」という噂が流れたが、それはただの噂に過ぎない。


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