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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第一章 指令
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5 監視役

「どうしたの、しんちゃん」

「どうしたの、じゃないよ。それってつまり、いざとなったら七々子さんにテロリストと戦えってことだよね?」


 新はいつになく、怖い顔をしている。しかし、瞳子はあっけらかんと言い放った。


「それはそうよ。だってしんちゃん。ヴァルフィアの封印が解かれたら、規模によったらしんちゃんだって海の藻屑になっちゃうかもしれないのよ?」

「——七々子さんはまだ十七歳だ」


 新の言葉に訳が分からない様子で、瞳子は目を瞬く。


「十七歳、高校生、子どもだよ。そんな子どもが、どうして命の危険を冒さなければいけない?」

「あら、魔法界では十五歳が成人だわ。まあ、現代は非魔術師のルールに合わせているから十八歳で成人ということになっているんだったかしら」

「瞳子さん。僕は、僕たちの娘の話をしている!」


 声を荒げてからごめんと唇を噛んだ新に、瞳子は困ったように小首を傾げる。

 生粋の魔術師たる瞳子には、新の危惧が理解できないのだ。


 大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 魔術師の存在意義は、その責任を果たしていくことだ。その責任の前には、血を分けた親子であってもどこまでも非情になれるし、身内を駒として差し出せる。それが魔術師というものだ。

 七々子もこの件に限っては瞳子と同じ立場だが、新の気持ちも理解できる。

 普通、帀目で平和に暮らしている子どもは戦場に送られたりしないし、親がその死を覚悟しなければならないような状況には置かれない。


「パパ。機構だけじゃなくて、魔法界が総力を挙げて第六時の塔の介入を阻止するはず。それに当のユーリス・オズマリオンだって、きっとやられっぱなしのはずがない」


 新に言い聞かせるように言ってから、七々子は瞳子を見つめた。


「ママ、もし第六時の塔の介入を探知したときは、助けを呼んでいいんでしょ?」

「ええ。事が起こってしまったとなれば、機構が介入したところで後からいくらでもローグハインに言い訳はできるわ」


 瞳子の答えに頷いて、七々子は新に向きなおる。


「パパ。私の仕事は、あくまでもパイプ役。なにかあったらママが守ってくれる」


 七々子はそう言って、瞳子に目配せをする。

 瞳子はなにか余計なことを言いそうな顔で口をひらいたが、七々子が睨みつければさすがの彼女も空気を読んだ。


「……石板の直接の保有者はユルグだけれど、魔術遺産の管理には機構も関わってるわ。この失態の責は機構にもある。機構の威信をかけて、被害を最小限に抑え込む腹積もりよ」


 七々子と瞳子の畳みかけに、新は苦しげに眉根を寄せる。

 新もこのような小手先の口車に乗せられるほど、浅はかな人間ではない。

 けれど、七々子の意志をなにより尊重してくれようとする父親なのだ。そして新は、妻と娘が言い出したら聞かないことをよく知っている。


「……七々子さん、ひとつ約束して。絶対に無茶はしないこと。それから瞳子さん、これだけは誓って。かならず、七々子さんとあなた自身を守ると」


 七々子は新と指切りを交わし、瞳子は律儀に帀目の魔術師らしく起請文を書くとそれを火炎の魔術で焼いて、灰を麦茶に溶いて飲んでみせた。


 新はそのまなざしに翳を絡める。

 新より分かりやすく感情を露わにする日鞠もたまに見せるまなざしなので、七々子はその翳の名前を知っている。

 後ろめたさと罪悪感。魔術師と近しい非魔術師はよく、このような顔をする。

 自分だけが安全な場所でのうのうと魔術師の犠牲の上に築かれた平和を貪っている。

 どうしたって彼らからこの思いを拭い去ることは不可能だ。


 七々子にとっては、魔術師が魔術を使えない非魔術師を守るのは当たり前のことだ。

 魔術など使えなくとも日鞠や新から与えられてきた愛情やいたわりにどれほど救われてきたか分からない。だから、引け目なんかに思わないでほしいと思っているのに。


「ね、しんちゃん。突然だけど、お夕飯を一緒にいただいてもいいかしら。ワイナリーにまだヴィンテージのワインがあったでしょ。あれ、開けたいわ!」


 瞳子の弾んだ声に、はっとした様子で新は顔を上げると苦笑する。


「またべろべろに酔っ払って寝坊して、お偉いさんに怒られたりしても知らないよ」

「そんなの、しんちゃんが起こしてくれればいいじゃない」


 酒好きのくせに下戸で酒癖が最悪の瞳子は、唇を尖らせて勝手なことを言っている。酔っ払った翌朝は大量の目覚まし時計に囲まれたところでぴくりともしないのに、よく言う。ちなみに新はこれで底なしの蟒蛇だ。

 新は瞳子をたしなめつつも、結局は仕方なしに廊下を出て地下室へと続く階段を降りていく。

 新の足音が聞こえなくなってから、七々子はじっとりと瞳子を見やって声を低めた。


「……で?」


 瞳子は無邪気な笑みを引っ込めて、七々子を見つめ返す。


「七々子が警戒しなければならないのは、学校の外だけじゃないかもしれないわ」

「内通者がいるということ?」

「その可能性も視野に入れておくことね。だけど機構が懸念しているのは、もっと別のことよ」


 七々子が眉根を寄せて先を促せば、瞳子はコンパクトミラーを開いて、真紅の紅を引きなおしながら続ける。


「最悪の事態は、お姫様自身が第六時の塔の一員であること。次点で、奴らの思想に共鳴してしまうこと」


 七々子は目を見ひらいた。


 オズマリオン家は、世界有数の魔術師の家柄だ。

 ユルグ国で首都ジャイアの一等地に多くの土地を所有し、公爵の爵位までもつ大富豪で、魔法界からも非魔法界からも信頼が厚い。たしか今の当主であるユーリスの父、エイシスは魔術連盟の理事に就任している。

 魔術連盟は魔術師の権利を擁護し、魔法界の発展のために国際的に活動する組織だ。要するに魔法界における魔術抑止機構の対極にある組織といっていいが、表向きには非魔法界とも良好な関係を続けていて、第六時の塔との結びつきは一切ない。

 その嫡男たるユーリスが、魔術師による非魔術師の支配を基盤とした世界構築などという危険思想に染まったりするだろうか。


「あの鼻持ちならない一家は元々解放派筆頭。お姫様には過激な発言も目立つという報告も上がっているわ」

「つまり私をユーリス・オズマリオンの元に送り込むのには、外敵の排除だけでなく、彼自身の監視役という意味もあるということ?」


 七々子が慎重に問えば、瞳子は悪辣な笑みを閃かせた。瞳子にはこのような顔がよく似合う。


「物分かりがよくて助かるわ」


 瞳子は魔術で手紙の封を切ると、七々子に編入手続きの書類を差し出す。

 七々子は瞳子の言葉には応えず、ユルグ語で記された書類に万年筆を滑らせた。

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