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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第一章 指令
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3 指切り

 クリーニング店のピンクのロゴが描かれた軽バンが、車道を遠慮がちに通り過ぎていく。瞳子は悠々と車道を闊歩し、ひらりとスカートを翻してガードレールを飛び越えた。

 七々子の後ろからひょっこりと顔を出した日鞠が「おばさん、お久しぶりですね!」と声を掛けられた当人の代わりに愛想よく返事をする。


「あら、ひまちゃん、すっかりいい女になっちゃって」

「えへへ、おばさんほどじゃありませんよう」


 日鞠は呑気にやだーなどと言って、手をぱたぱたしている。

 世間話をしているふたりの横で息を荒げながら、七々子はふつふつと煮えたぎり、今にも爆発しそうな怒りを抑え込むので精いっぱいだった。

 瞳子とて百鬼の出現を知らなかったわけではあるまい。

 このタイミングでよりにもよって空間転移魔術を使って現れるというのは、些か悪趣味が過ぎる。七々子は先刻、テロリストとの殺し合いも覚悟したのだ。

 これは激怒してもいい場面ではないだろうか。そう思い直して、七々子は瞳子を睨み上げた。


「紛らわしいことしないで!」

「急用だったんだもの」


 瞳子は悪びれずに言ってから、ガードレールに手をついて肩で息をしている七々子を見下ろす。


「魔力もスタミナも人脈もないくせに、大技に頼りすぎ。私が百鬼宵だったら死んでたわよ」


 半年ぶりの再会にもかかわらずいきなり駄目出しをされ、七々子はかっと頬を赤らめる。


「うるさい。だいたい、なんで転移魔術なんて使って現れたの?」


 空間転移魔術は、帀目では基本的に使用が禁じられている魔術のひとつだ。

 七々子の癇癪に瞳子は肩を竦めて答えた。


「手続きして許可は取ったわよ。機構の魔女が魔術師法を破るわけないでしょ。面倒なことこの上なかったけど」


 七々子が言いたいのは、そういうことではない。子どものように唇を尖らせる瞳子に、苛立ちがつのっていく。


「第六時の塔が動いていて、石板まで盗まれているのに、里帰りなんてしている場合なの?」

「言ったでしょ。急用なの、あなたにね」


 訳が分からない。瞳子は家族も顧みず機構で働いているだけあって、魔法界でもちょっとした重要人物になりつつある。そんな彼女がいち魔術師見習いでしかない七々子にわざわざこの局面で逢いにくる理由が思いつかなかった。


「家で話すわ。ひまちゃんとお別れして? ひょっとすると、長いお別れになるかもしれないから」

「は?」


 瞳子が七々子にとって理解できる人物であったことなど一度もない。

 けれど、急用だの長い別れだの、七々子が飲み下せる範疇を越えたことばかり次々とまくし立てられ、いよいよ堪忍袋の緒も切れそうだ。

 しかし、これはすでに七々子自身の掌中にはない案件だろう。

 おそらくは機構の方針も絡んでいる。それに抗う手段は、七々子にはない。


「おばさん」


 七々子の代わりに声をあげたのは、またしても日鞠だった。珍しく、険しい顔をしている。


「それってどういうことですか?」

「ごめんなさいね、ひまちゃん。これは魔術師同士のお話なの」


 甘ったるい声で、しかし明確に瞳子が拒絶を告げる。

 日鞠は引き下がらなかった。


「差し出がましい真似をしているのは分かっています。でも、ななちゃんのことをななちゃんが決められないのは、おかしい。わたしはそう思います」

「日鞠、いいから」


 七々子は日鞠の腕を引く。鍛え上げられた筋肉質な腕はしかし、ちょっぴり震えていた。

 瞳子はどこか愉しげに日鞠を眺めていたが、やがて見つめ返してくる日鞠の根気に免じるといった様子で唇を吊り上げた。


「私も命令はあまり好きじゃないの。それに七々子は話を聞けば、きっと自分から私の提案を呑むと思うわ」


 日鞠はまだ納得した様子ではなかったが、瞳子の譲歩に礼を言ってから七々子に向き直った。

 眉の上で切り揃えられた前髪が、夕風に揺れる。


「ななちゃん、なにかあったらすぐ連絡してね。あと、ひとつだけ約束して」


 日鞠はそう言って右手の小指を七々子に向けた。


「わたしがななちゃんのことを大好きで、いつだってななちゃんの味方だってこと、忘れないでね」


 七々子は少し目を瞠ってから、ぎこちなく日鞠に指を絡める。

 指切りはまじないの一種で、非魔術師同士であってもちょっとした効力をもつ。

 前にそんな話を日鞠にしたことがあったから、彼女がとくべつな意図でもって指切りをせがんできたことは明らかだった。

 長い別れとやらに臨まなければならない七々子への、日鞠なりの餞のつもりなのだろう。


「ええ、……ありがとう、日鞠」


 七々子が微笑めば、周囲に亀裂が走る。瞳子はまたしても転移魔術を使うつもりらしい。

 日鞠を家の前まで送り届けると、七々子は瞬きをする間に家のリビングに突っ立っていた。

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