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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第五章 姉妹校文化交流祭
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5 襲来

 サルヴァンの傷の手当てをしているユーリスを横目にしていると、おずおずと響く声があった。


「ナナコちゃん、ユーリスちゃん、ヒマリちゃん」


 振りかえれば、ニケが罰の悪そうな顔をしている。

 その手には律儀にも、七々子が所望した寿司の皿があった。


「ごめん、おれ。見てるだけしかできなくて」

「……気にするな。みんなそうだ」


 歯切れ悪く、ユーリスが返事をする。

 七々子もようやく周囲の状況を冷静に観察する余裕を取り戻した。ユーリスが古代魔法を発動しかけたときもそうだったが、彼の言うとおり、みんながみんな遠巻きにしている。今になってそのことに違和感を抱いた。


「なんで、先生たちも連盟や機構の護衛も誰も来なかったのかしら」


 七々子の指摘に、ユーリスも弾かれたように辺りを見渡した。ここから確認できるのは、三校の学生たちとヴァートンと瑞原の教師ばかりだ。

 生徒同士の諍いといえど、少々事態が大きくなりすぎた。いくら結界の外に戦力を固めているとはいえ、ローグハインの教師か、連盟や機構の魔術師が介入してきてもよさそうなところだが。


「わ、やっぱり気づいてなかったんだ」


 ニケが納得したように言って、頭上を指差す。

 結界魔術を視認できない日鞠は不思議そうに首を傾げたが、七々子とユーリスはすぐに気がついた。

 結界魔術が歪んでいる。おそらく外から攻撃を受けているのだ。


「襲撃者は第六時の塔か?」

「たぶんね。そのちょっと前に外の魔術師の誰かがやられたみたいで、リリ先生も応援に行ったよ」

「それで大人の魔術師の姿が見えないのね」

「結界は——ぎりぎりもちそうか」


 ユーリスが険しい顔で呟く。

 ユーリスの見解に、七々子も異論はなかった。歪んでこそいるが、魔力は偏ることなく安定している。

 結界魔術は今回の作戦の要となる魔術だ。どうやら相当の使い手が選ばれたらしい。


「ええ。術者も結界のなかにいるはずだから、襲われる心配もない。結界魔術を解かないかぎりは、襲撃者は入ってこれないから大丈夫——」

「って、あれ? リリ先生、戻ってきた」


 ニケが指差した方向を見やれば、リリ先生がいつもの優雅さを打ち棄てて、テールコートの裾を振り乱して走ってくる。その必死の形相に、七々子とユーリスは目を見合わせた。

 もう一度頭上を見上げれば、魔力を帯びた膜が消え去っている。結界魔術が破られたのだ。

 どうして、と考える間もなかった。

 七々子たちの周囲に柔らかな光が走り、小さな幕が落ちてくる。小規模だが、結界魔術だ。リリ先生がなにかをぶつぶつ唱えているところを見るに、咄嗟に張ったものらしい。


 直後、無数の星のように虚空になにか黒いものが溢れた。帀目文字だ。

 『レツ』という文字が七々子たちの周囲に数百ほど舞い踊り、鎌鼬へと変化する。ほとんど刃のような烈風が斬りつけてくる。凄まじい猛攻に、リリ先生の魔術が破れかかる。

 七々子は立ち竦んだが、縋るように夜魚の名を呼んだ。


「《泉門よみどむちもうす 石走いわばしる垂水とえよ》」


 七々子の声に応えるように夜魚が宙を跳び、激しい滝となった影水が周囲に降りそそぐ。異界より大神の加護を願い奉る強力な守りの術だが、この文字魔術の使い手を相手にそう長くはもたない。

 だが七々子の術が切れるよりも早く、鎌鼬が止んだ。


 黒い滝の切れ間に、人影を見とめる。

 絹糸のような長い髪を無造作にひとつにくくった、長身の和装の男だ。

 闇色の切れ長の眸は赫を孕んで鈍く輝き、大きめの唇は戦場に相応しくない愉悦を湛えている。

 この男こそ、国際指名手配犯にして、七々子が帀目を飛び出してユーリスを追い回しにやってきた理由そのもの。かつて非魔術師出の魔術師であった日鞠の兄・光理ひかりと無辜の民間人を手に掛け、日鞠の身体に癒えぬ傷を刻みつけた張本人。

 そして七々子の——。


「久しいな、婚約者殿」


 ユーリスが息を呑んで七々子を見やる。

 七々子は縫いとめられたように微動だにせずに、その男の名を声にする。その声は擦れてほとんど音にはならない。

 かつて七々子の婚約者でもあったその男、百鬼宵は酷薄な顔をして笑った。

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