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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第四章 変わりゆくもの
19/61

3 柊のサロン

 テナとハヴィに連れられてやってきたのは、火曜一限に非魔術師学の授業で世話になっているホルヤーン・ツォヘク先生のドームだった。

 ツォヘク先生の姿はなかったが、規制派学生たちの集会に部屋を自由に使わせてやっているらしい。


「このローグハインは、ほんの少し前まで純血主義の連中の巣窟だったからな。混血や非魔術師出の生徒のためのシェルターが必要だろって、代々有志の先生が部屋を貸してくださってるんだ」


 どこか誇らしげにそんな謂れを説明してくれたのは、エルリーだ。一級上の混血の男子学生で、非魔術師出の監督生、バンノンに次いで規制派学生の代表格と言える存在のようだった。


「ようこそ柊のサロンへ、ナナコ。歓迎するよ」


 エルリーが差しだした手に七々子はこわごわ手を重ねる。異性との握手という状況から、ユーリスとのことが頭を過ぎったのだ。エルリーは両手でぶんぶんと手を振って少し激しめな握手をしたものの、ハヴィにガンをつけられるとすぐに手を放してくれる。

 室内には、十人あまりの生徒が思い思いの時間を過ごしていた。

 近くのテーブルでは、それぞれが持ち寄ったらしいお菓子の山ができていて、いくつも空の小袋が散乱しているなかで何人かが魔法のかかったボードゲームをしている。かと思えばちがうテーブルには教科書やノートが積み上げられていて、バンノンが下級生に課題の手ほどきをしてやっているところだった。


「今日は水棲馬馬術の試合観戦でいつもの半分もいないんだ。好きなだけくつろいでいってくれ」

「ありがとう。あの、よかったらこれ」


 七々子は金平糖の包みと抹茶クリームの挟まれた焼き菓子を差し出す。新が友だちと食べるんだよ、とついこの間送ってくれたものだ。そんな機会は一生こないと思っていたけれど、意外とさっそくきてしまった。

 エルリーはぱっと顔を輝かせる。


「やった。ソウマのお菓子、俺、好きなんだ」


 筋肉質なスポーツマン体型かつ少々野性味のある顔立ちは威圧感を覚えるのに十分だったが、そうして笑うと人懐っこい大型犬そのものだ。

 エルリーはさっそくうきうきと焼き菓子の包みを破っている。


「エ、エルリーくん、お行儀悪いよ」


 立ったまま焼き菓子にぱくついているエルリーにテナが苦言を呈する。

 その横でハヴィも金平糖を栗鼠のように頬に詰め込んで幸せそうな顔をしていた。こちらはこちらで行儀が悪いが、ふたりとも愛嬌があるのでなんだか怒るに怒れないところがある。


「ナナコ、よかったらこっちに来てくれる? たしか召喚魔術得意だったよね?」


 呼び声を振り向けば、バンノンが手招きをしていた。

 濃い色の膚に、はっきりとした目鼻立ちをしたにこやかな生徒だ。監督生だけが身につけることのできるウエストコートに身を包んでいる。

 中等課程では監督生は五人しか選ばれない。今年の監督生で非魔術師出はバンノンただひとりだ。学長がザネハイト先生の代になってから非魔術師出の学生が監督生に選出される割合は増加したらしいが、それでもまだ非魔術師出の監督生というのは珍しい。

 それにたしか、今年の中等課程の監督生は五人中三人が解放派で、そのうち二人がユーリスのような貴族出身だ。ローグハインのような伝統的な魔法学校は、まだ古い時代の因習とも言うべき名残が残っている。残りのひとりは中立を保っているが、学内の派閥争いは解放派に分があった。

 下級生たちがバンノンにそそぐ視線には、男女を問わず熱がある。とりわけ非魔術師出の学生にとっては、憧れの的なのだろう。


「ここなんだけど、きみの解釈が聞きたくて」

「わ、私の?」


 バンノンが後輩たちを教えるかたわら目を通しているのは、高等課程の召喚魔術の学術書だ。監督生ともなると、見えている次元がまるでちがうらしい。


「ごめんなさい。私には高等課程の召喚魔術なんてとても手も足も出ないわ」

「そう? それじゃ、貸してあげるよ。きみなら余裕で読めると思うけどな。ヴァネット先生も、悪態をつきながらきみのこと、褒めてたよ」


 七々子は内心疑わしい気持ちでバンノンを見つめた。

 召喚魔術のエスカ・ヴァネット先生の授業は式神召喚術を専門とする七々子にとって非常にためになる代物だ。ヴァネット先生の授業を受けるようになって、七々子の式神召喚術は一段上のステージに進んだ感がある。この授業ひとつだけをとってもローグハインに編入してよかったと思えるほどだったが、彼女にたった一度でも褒められたためしはなかった。


「ヴァネット先生は気にいった生徒ほど、物言いがきつくなるからね。面倒な愛すべき人なんだ。うちの先生たちって変な人が多いけど、あれでいい先生たちばかりだからさ。嫌わないでやってくれる?」


 秘密めかして、バンノンが微笑む。

 その笑顔の圧に押し負けて、七々子は思わず学術書を受けとってしまう。

 なんだかバンノンの後ろに、きらきらした後光めいたものが見える気がする。

 なにか既視感があると思えば、ユーリスだ。もちろん、七々子以外の人間に接しているときの、である。ユーリスはユーリスで華やかで潔癖な王者の風格をもつ青年だが、バンノンは年上のせいかもっと泰然とした余裕と色香が薫っている。

 これがリーダーのカリスマというやつだろうか。


「きみみたいな才ある魔術師がこのサロンにきてくれて光栄だな」


 バンノンはテーブルの上に組んだ手に顎を乗せて、上目遣いに七々子を見上げる。直球の賞讃を恥も外聞もなく告げられ、頬に熱があつまった。

 バンノンはなおも七々子から視線を逸らさない。けぶるような漆黒の睫毛から覗いた視線は甘やかだ。


「きみが今、ある意味ユーリスしか眼中にないことは知ってるけど、よかったら他にも目を向けてみて?」


 七々子は目を瞬く。

 ちがう。これは、リーダーのカリスマというよりは——。


「ちょっと、バンノン。いきなり口説かない。ほんとあんたって、品行方正に見せかけて、どうしようもないたらしなんだから。ってほら、ナナコ固まっちゃったじゃん。だから言ったでしょ。あんたみたいな性質の悪いのが、ナナコみたいな初心な子に絡んじゃだめだって」


 ハヴィが盛大な溜め息をつく。

 七々子の与り知らぬところでとんでもない会話が繰り広げられていたようだ。

 大勢に悪意を向けられるのは慣れっこだが、その逆はほとんど経験がない。それに加えて男女の心の機微まで持ち込まれたらキャパオーバーで頭が煮えてしまいそうだ。

 テナが正気づけるように七々子の腕を取って、ハヴィが慌てた様子で振りかえる。


「いきなりごめんね、ナナコ。バンノンってこういう悪癖もちなの。でも、女の子が嫌がることはしないってあたしが保証するから、安心して。生理的に無理ならそう言えばいいから」

「生理的にって、ハヴィ。もう少しお手柔らかに頼めるかな」

「柊のサロンが変な出逢い系ソサエティだと思われちゃったら、あんたのせいだからね。ナナコ、バンノンのせいで締まらなくなっちゃったけど、あたしたちがなにを伝えたかったかっていうとね、」


 そう言ってハヴィは指を鳴らす。

 途端にパァン、と大きな音が弾けた。魔法の祝砲だ。

 遅れて、暖かな光が視界いっぱいに溢れた。色とりどりの流れ星が七々子の上に降ってくる。


「遅くなっちゃったけど、ようこそ、ローグハインへ。歓迎するよ!」


 拍手の音がドームいっぱいに鳴り響き、いくつもの声が口々に七々子の名を呼ぶ。それからひゅいと風を切る音がした。テナが魔術で花束を呼び寄せたのだ。彼女は照れくさそうにはにかんで、腕に抱えきれないほど大きな花束を七々子に手渡してくれる。

 ぽかん、と口がひらいていたことに気づいて、七々子は口元を押さえる。

 テナとハヴィのことを疑うわけではないけれど、本当に歓迎されるとは今の今まで信じきれていなかった。いくら同じ規制派とはいえ、オズマリオン家の御曹司と騒動を起こしている七々子は懐に入れるには厄介な荷物にちがいないのに。

 どういう顔をしていいか分からなくて、唇を引き結ぶ。でも、七々子にも今なにを言うべきかは分かった。


「……ありがとう」


 やっとのことで返した消え入りそうな下手くそなひと言にも、柊のサロンの面々は思い思いの顔で頷き返してくれる。

 いつの間にか張りつめるのが癖になっていた息がしやすい。

 七々子は花束を抱えなおすと、バンノンの芝居がかったエスコートに導かれてきらびやかな飾りつけのほどこされた椅子に腰を下ろす。

 テナが手ずから淹れてくれたハーブティーは、まろやかでとびきりやさしい味がした。


 *


「ユーリスのことは、俺たちも正直どう捉えるべきか迷っていたところはあるんだ」


 どんちゃん騒ぎの歓迎会が落ちついた頃に、七々子を海底に連れだしたのはエルリーだった。

 海の底で時間感覚がなくなりがちだが、すでにもう宵の口に差しかかっているようで、昼間は押しよせていたであろう水棲馬馬術対抗戦の観客の姿は影も形もない。ドームから漏れるいくつもの明かりが、深海に星のように灯っているだけだ。時折通り過ぎる魚影が、影絵のように目を楽しませてくれる。ちなみに対抗戦の優勝杯を手にしたのは、鼻につくことにユーリスのチームらしい。

 七々子はエルリーの騎乗した水棲馬に便乗させてもらっていた。

 今回はチームメンバーの故障で出場を辞退したらしいがエルリーも水棲馬馬術チームに入っているらしく、馬術の腕は七々子よりもよほど確かだった。


「あいつあれで俺たち規制派にもフラットだし、一級上ってこともあるのか丁寧に接してくるし、それで嫌味がないしな。サルヴァンのやつは論外だけど、純血の貴族連中にもいいやつはいるんだなって思ってたんだ。でもがっかりだよ。いくらナナコと立場がちがうって言ったって、やっていいこと、言っていいことと悪いことがある」


 どうしてエルリーがユーリスのことをこれほど饒舌に語りだしたのか、そもそもなぜ彼とふたりで水棲馬に跨っているのかというと、話は一時間ほど前に遡る。

 歓迎会の盛り上がりが最高潮に達したころ、ルーレットを回して謎の液体の入ったドリンクを飲むゲームをしていたら、七々子の飲んだ飲み物に愚痴が止まらなくなる魔法薬が入っていたのだ。

 七々子ははじめてやったが、どうやらこの魔法薬ルーレットなる遊びは魔法界の学生の間ではメジャーな遊びらしい。過激な学生たちは面白がって危険な魔法薬を投入することもあるらしいが、そこは規制派。危険すぎる魔法薬はもちろん入っていなかった。

 しかし、七々子はその『翌朝すっきり! ブツブツぼやき薬』のせいで、これまで不満を溜め込んできたユーリスにされたあれこれを洗いざらい白状することになった。

 テナなどは涙もろくなる魔法薬を飲んでいたこともあったが、「ユーリスくん、最低だよ!」と泣きじゃくる始末だったし、比較的ユーリスとの仲が良好らしいハヴィも空骸発言のくだりでドン引きしていた。それ以前に最初の握手の場面で七々子の手を無理やり掴んだ時点で盛大な舌打ちをしていたが。ハヴィは男子の行いに非常にシビアなところがある。バンノンはにこやかな表情を崩しこそしなかったが「先輩として教育的指導が必要かな」と凍えるような声で言っていたし、エルリーは気分がふにゃふにゃとリラックスする薬を飲んでいたにもかかわらず、今すぐにでもユーリスに殴り込みを掛けに行きそうな勢いだった。

 そんなこんなで慣れないお喋りをし倒してぼうっとしている七々子を見かねて、バンノンが気分転換に海中散歩に連れだしてくれようとしたのだが、ハヴィがあんたじゃ余計にナナコが気を遣っちゃってだめ、とエルリーを指名したのだ。


「もう十分だわ。気分の悪い話を聞かせてごめんなさい。怒ってくれてありがとう」


 心を込めて言ったが、エルリーは七々子の後ろでなおも首を振る。


「七々子も俺と同じ混血だったよな。規制派か解放派かで迷ったことはある?」

「……ええ、それはまあ……」


 歯切れの悪い七々子の返答にも、エルリーは気分を悪くした様子もなく続ける。


「俺はあんまり悩まなかったな。俺の家は父さんが魔術師で、母さんが非魔術師なんだ。だから、単純な腕力も魔力も父さんの方が上でさ。今だから言えるけど、昔、父さんがアル中になって酷く荒れた時期があったんだ。手が出るだけじゃなくて魔術まで使ったこともあって、喧嘩になるといつも俺は母さんの側に立ってた。力をもつっていうのは、怖いことだなっていつも思っていたよ」


 力をもつということが怖い。

 その感覚は七々子にも理解できた。

 力ある者が分別をもたなければ、力のない者は蹂躙され尽くされるしかない。ちょうど四年前に百鬼が起こした魔術テロ事件のように。


「魔術師の責任、ね」

「うん。だから俺はルールとか、ルールを守ることとか面倒なようで大事だと思う。ユーリスは、それを踏み越えた。空骸発言もそうだし、男のくせに力で女の子に無理やり言うことを聞かせようとするなんて最悪だ。あいつは力ある魔術師だからこそ、力の使い方には人一倍に慎重にならなきゃいけない」


 七々子はユーリスの言動についてそこまで深く考えていたわけではなかったけれど、エルリーの言葉は納得できる部分が多くあった。たった一級上なだけなのに、エルリーは考えがしっかりしている。

 だからか、無意識のうちに言葉が口を衝いて出た。


「エルリー。あなたは、なにもかも思いどおりにできる力があったとして、それを使わずにいられる? たとえ使わずにいられるとして、どうやったらそれを使う相手に――」


 そこまで言ってから、七々子ははっとする。


「ごめんなさい、なんでもないわ」


 さすがのエルリーも、面喰らった様子で水棲馬の足を止める。


「なんでもないってことは――」

「なんでもないの。あ、そういえば私、この後用があるんだったわ」


 無理やりすぎる話題転換だと自覚しながら、七々子は強引にエルリーの水棲馬から降りる。


「ナナコ、また今度話してくれるな?」


 人柄の滲み出たエルリーのまっすぐな問いに答えられずに、なんとか今日はありがとうという言葉だけ捻り出して七々子は踵を返す。

 エルリーには申し訳ないが、これ以上あの話題を続けて取り乱さずにいられる自信がなかった。今度エルリーには誠心誠意謝ろう。帀目のお菓子を持参することを忘れずに。

 こういうときは余計なことは考えずに仕事をするにかぎる。用があるというのも実はあながち真っ赤な嘘でもなくて、元々対抗戦のあとは念のためユーリスの様子を探ろうと考えていた。

 深く息を吸う。七々子はささめくように気にいりの水棲馬の名を口にした。

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