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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第四章 変わりゆくもの
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2 七〇四号室の新しい友だち

 授業のない土曜日。

 いつものようにユーリスが男子寮に帰るのを見送ってから、シャワーを浴びて女子寮のコモンルームを通りがかる。コモンルームは寮生が集まって談笑するリビングスペースで、今日も何人かの女子生徒がソファに座って、とりとめもない話に花を咲かせていた。

 テーブルの上には、ニケがよく使っているのと同じ魔法のかかったコスメや文具だったり、パステルカラーのお菓子だったり、ティーンの魔女御用達のファッション誌が積まれている。いつきてもこの部屋は、砂糖菓子や花々の香りのする魔術がかかっていて華やかだ。


 今まで気づかなかったが、よくよく見てみるとユルグで人気の水棲馬馬術や魔術決闘のアスリートたちの官能的な写し画集もある。今は下級生の女の子たちがちょうどいないからか、それらがあけっぴろげにされていた。半裸の成人男性のアスリートを見ていられず目を逸らす。目を逸らした先には、ユーリスやサルヴァン、エルリー、バンノンなどの校内で人気のある男子生徒の写し画がいくつも散らばっていた。

 こんなものまであるのかと七々子は目を瞬く。

 ユーリスの写し画は、ここから見えるだけでもいちばん枚数が多く、タイを緩めている姿を捉えたものや図書館で頬杖をついてうたた寝をしている姿、魔術決闘の模擬試合中なのか髪をみだしている姿などがおさめられていた。普段隙のない姿しか見せない分、なんとかしてそれを突き崩してやろうという女の子たちの執念を感じさせる。だが、それだけだ。なにかユーリスの隠された情報につながるものはないかと目を皿のようにして盗み見ていた七々子は、とくに目ぼしいものが見つからなかったことにがっかりする。

 ついでなので別の生徒のものにも目を向けてみれば、サルヴァンは毛色がちがうものが多く、なぜか赤面していたり涙目になっているものが何枚かあった。エルリーはいかつい顔のわりにどこか幼い満面の笑みを映したものばかりだったが、監督生のバンノンは群を抜いて意味が分からないことに、全部カメラ目線のサービスショットだった。渋いところでは、リリ先生や魔法史のズノア・カロー先生の写し画もある。マニアックなファンというのはどこにでもいるらしい。

 写し画は術者の眸に瞬間を切りとって紙片に投射する非魔法界で言うところのカメラのようなものなのだが、一部を除いてどれもこれもあからさまに盗撮だった。

 ユーリスは裏表が激しいので裏の顔を知らない女の子に人気が出るのはまあ分からなくもない。だが、サルヴァンもそこそこ人気なのははなはだ疑問だ。たぶんみんな、財力と家柄と高身長なところ以外どうでもいいのだろう。


 女の子たちは友だち同士で明日開かれる水棲馬馬術の校内対抗戦の話や、新作の魔女衣の話で盛り上がっている。七々子は友だちがいないので、一度もこの部屋を使ったことがない。どうせユーリスの追っかけの女の子たちに嫌がらせをされたり陰口を叩かれるに決まっているので、べつに使いたいと思ったこともなかったが。

 足早に通り過ぎようとしたところで案の定、ひとつふたつと後ろから嫌味が飛んでくる。内容は言うまでもなくユーリスに関することだった。この部屋に陣取っている女子生徒はどちらかというと解放派が多い。それを右から左に受け流して、自分の部屋である七〇四号室に向かった。


 七〇四号室にはすでに、ルームメイトのハヴィがベッドの上でごろごろとくつろいでいた。ポテトチップスの袋が開いていて、ほんのりと食欲をそそる油のにおいがする。その横を黙って通り過ぎてソファに腰掛けると、杖を構えて乾かし呪文を唱えた。髪の毛を乾かすときは、最大出力で一気に魔術を発動すると髪が爆発するので、じっくりじわじわと杖の先に力を込める。毎日のこととはいえ、意外と繊細な作業だ。

 そうこうしているうちに、目の前に翳がかかった。


「ナ、ナナコちゃん」


 声の主を認識して、七々子は耳を疑った。テナだ。

 彼女もシャワーを浴びてきたところなのか、いつも編まれているおさげは梳かれて、胸の辺りまで垂れた髪はしっとりと濡れていた。


「も、もうあれから一週間も経っちゃったけど、こ、骨火の間でのこと、お礼を言いたくて。……ありがとう」


 そう言って、テナは可愛らしいクリームイエローの包みでラッピングされたなにかを差し出す。

 同じ部屋で寝起きするようになってしばらく経つが、必要に駆られた事務的な会話以外でテナが話しかけてきたのははじめてだった。

 驚きすぎて、声も出ない。

 こうして親切をよそおって油断させて魔術を仕掛けてくるような輩を帀目で撃退したことがあるが、どうもテナにはそんな様子はない。そんな様子はないから、逆にどうしていいか分からなかった。

 戸惑いつつも受けとると、思ったよりも重量がある。液体かなにかのようだ。

 日鞠ならここで満面の笑みでなにか気の利いたひと言でも言うのだろうが、七々子にはそういった対人スキルはない。

 テナはテナで七々子以上に人見知りが激しいうえに引っ込み思案なので、もじもじと俯いている。なんともかゆい沈黙が続くのに耐えられなくなって、七々子はソファから勢いよく立ち上がった。


「あ、開けていいっ?」


 なんだか必要以上に大声が出たうえに声がひっくり返ってしまった。顔から火が出そうだ。早くも誰かに忘却魔術のひとつでも掛けてもらいたくなる。

 テナは七々子に怯えているので、大きな声にびっくりしたかもしれない。

 けれども、テナはかちこちになってこそいたが、逃げ出しはしなかった。


「う、うんっ!」


 七々子と同じくらいの大きな声が返ってきたのにほっとする。

 テナが耳まで朱く染めているので、なぜだか七々子までどきどきしてきた。

 ミモザのドライフラワーが白と茶の二色のリボンでくくられたラッピングをとけば、フラスコ型の瓶が顔を出した。

 洒落た筆記体で、『魔女シヤ・クーの特効薬草茶』と書いてある。魔法界で売れ切れが続出している売れ筋のシリーズだ。肩凝りや眼精疲労にはじまり、骨折や臓器損傷の快復を早める効果があるものまで効能は様々で、学生が買うには少々値が張る。


「こんな高価なもの、もらえないわ」


 七々子が突っ返そうとすれば、向かいのベッドから苦笑いが聴こえてきた。

 ハヴィだ。潔い亜麻色のショートカットからは、ぽたりぽたりと水滴が垂れている。おしゃれだが面倒くさがりの彼女は、髪がずぶ濡れのままベッドに潜り込んで、朝にテナに怒られていることもしばしばだった。


「ごめん。口挟まないつもりだったんだけど、あんたたちだけじゃ夜が明けちゃいそうだから。ナナコ、もらってあげなって。その子、三日もうんうん悩んで考えたんだからさ」

「ハヴィちゃん!」


 ハヴィのフォローに、テナは顔を真っ赤にする。

 さっぱりとして細かいことを気にしないハヴィは、七々子とも比較的普通に話す。取り立てて親しくもなかったが、こうして日常的な会話くらいは交わすようになって久しい。七々子がユーリスのことで事あるごとに探りを入れていた編入当初は警戒されていたが、この頃は態度も軟化してきていた。


「でも……」


 身を挺してサルヴァンからテナを庇ったならまだしも、たかだかちょっとハンカチを差し出した程度の対価としては、高すぎる。


「もらえるものはもらっときなって。ナナコって不器用っていうか、四角四面っていうか」


 たしかにハヴィの言うとおり、人が善意でくれた贈り物を固辞するのは礼儀にもとる行いだ。

 もう一度瓶に目をやれば、効能の欄に睡眠改善と記されていた。驚いてテナを見つめる。彼女はちょっと言いづらそうに七々子に目を合わせた。


「ナ、ナナコちゃん、よく魘されているから」


 寝言を言ったり、呻き声は上げていないつもりだったが、よく見ている。

 七々子はもうずっと、寝つきがよくない。四年も前からのことなので、自分では諦めていた。


「シヤ・クーの薬草茶、とっても効くんだよ。身体にもやさしいし……わ、わたしの憧れの魔女なの」


 大切な秘密を打ち明けるように声が落ちて、それからテナは恥じ入るように目を伏せる。たしかテナは薬草学と魔法薬学の科目については、ユーリスと並んで学年で一位だという話だった。テストの結果で量れない薬草に関する知識の深さでは、ユーリスを寄せつけないほどだとも。

 将来はその道に進むつもりなのかもしれない。

 テナが七々子のことを考えて、いちばんいいと思うものを贈ってくれたにちがいなかった。


「…………ありがとう」

「う、ううん。今までひどい態度を取って、ごめんね」

「……いいえ、私のほうこそごめんなさい」


 七々子ははじめの頃、テナを情報源として利用する気満々だった。

 機構のスパイだということを表向きに認めることはできないので、具体的に何が、とは言葉にできないが、テナはそれらを飲み込んで微笑んでくれる。


「よし、いい感じにまとまったところでお誘いなんだけど、明日ナナコも柊のサロンにこない?」


 きもかわいいゴーレムの抱き枕の上に頬杖をついて、ハヴィが提案する。


「柊のサロン?」

「非魔術師出の子とか、混血で非魔術師寄りの子の集まり。俗にいう規制派ってやつだね。べつに解放派をぶっつぶせ、みたいな過激なやばい集会じゃなくて、仲いいみんなで集まってお菓子食べたりするだけだから、構えなくていいよ。明日はちょうど人も少ないし」


 学内にそういう集まりがあるのは七々子も小耳に挟んでいた。

 逆に解放派の集まりには、ユーリスも顔を出している。さすがに中の様子までは盗み聞きできたことはなかったが。


「このあいだナナコちゃんがわたしを庇ってくれたことを話したらね、みんな友だちになりたいから連れてきてって。わ、悪いことにはならないから、よかったらどうかな」


 ふたりに畳みかけるように誘いを持ち掛けられ、七々子は目を白黒させる。

 帀目で友だちといえば日鞠だけだったのに、まさかスパイのために潜入した先でこんな扱いを受けるとは思ってもみなかった。

 しかし七々子には、ユーリスの監視という任務がある。


「ありがたいけど……」

「でも明日って水棲馬馬術チームの校内対抗戦の日でしょ」


 間髪入れず、訳知り顔でハヴィが言う。

 ハヴィの言うとおり、明日は水棲馬馬術のクラブに入っている生徒たちの祭典だった。帀目で言うところの、部活の大会みたいなものである。七々子はローグハインでもなんのクラブにもソサエティにも所属していなかった。


「ユーリスはエースだし、試合に出ずっぱりで余計なことなんかしてられないから、監視の必要はないって。終わったあとだって、打ち上げとか祝勝会とかで、どうせ女の子たちに追いかけ回されてるに決まってるんだから」


 ハヴィの指摘に、七々子は硬直する。

 七々子がユーリスを監視していることは勿論誰でも知っているのだが、面と向かってそのことを指摘されるとなんとも答えづらいことこの上ない。

 七々子の任務は公然の秘密と化していたが、だからといってそれを認めるわけにはいかなかった。七々子の行為はローグハインの校則にある禁止行為のうち、『暴力行為、およびそれに準ずる他者を侵害する行為』に該当する可能性がある。先生方の前で機構の回し者であることを認めたら、よくて停学処分、悪ければ退学処分となるだろう。


「ごめんごめん。でも、自分の部屋でまで気を張ってるの、疲れちゃうでしょ。あたしたちは中立に近いけど、ナナコと同じ規制派だから、この部屋では戦闘モードにならなくていいよ。告げ口とかしないし。気になるなら、魔法契約してあげよっか」


 ハヴィは魔法のペンと羊皮紙まで取りだす。

 魔法契約違反のペナルティはたいてい重く、火で炙られたり鼻や口から血が溢れ出して止まらなくなったりと、残酷なものが多かった。

 七々子は慌てて首を振る。


「べつにそんなのいらないわ。……その、ありがとう」

「いいっていいって。で、どうする?」


 七々子は逡巡する。

 たしかにこれまでも水棲馬馬術チームの練習時間はひたすら待ちぼうけを喰らっているだけで、毎回大した収穫はなかった。せいぜいユーリスの交友関係に詳しくなったのと、彼を慕う数々の女子生徒の顔と名前を覚える気もなかったのに覚える羽目になったくらいだ。

 先日ユーリスが新聞の下に忍ばせていた手紙のことが気にかかったが、さすがに校内対抗戦のさなかに第六時の塔に接触するということはないだろう。対抗戦は先生たちの一部にも熱狂的なサポーターがいると聞く。その目をかいくぐるのは至難の業だ。


「じゃあ……お言葉に甘えるわ」


 七々子の返答に、ハヴィとテナはやった、と手を叩く。

 明日は、編入してはじめて迎える任務のない休日となりそうだった。

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